苗こそ、反収が一番高い農産物
春は農繁期ですが、同時に野菜の端境期でもあります。我が菜園生活 風来(ふうらい)でも初期の頃は野菜セットの販売を一時中断していました。そうすると、野菜セットと一緒に注文してもらうことが多かった加工品の販売も少なくなり、売り上げ減に。何か、端境期を乗り切る手立てはないかと、方法を模索していました。
そんな時、姉の嫁ぎ先から仕事を手伝ってほしいと要望が。姉の夫は隣町で苗屋を経営しており、ゼロから農業をはじめるにあたって強い味方になってくれた人物でした。実際に手伝いに行ったところ、苗がすごい勢いで売れていました。
ここの苗は県内のホームセンターでも販売しているのですが、遠方からわざわざ苗を買い求めに来る人が多くいました。苗屋で直接買う安心感と、分からないことがあれば気軽に聞けるからというのがその理由でした。
それを見た時、農家だからこそ苗を売る価値があるのではとひらめきました。農家には「反収」という言葉があり、1反(10アール)あたりどのくらいの収穫があるか、どれだけの稼ぎがあるかを考えるのですが、そうした意味では苗は超密植栽培。面積あたりの収入という意味では何より高いかもしれません。また栽培期間も短く4、5月の端境期に販売するにはもってこいだと思いました。
風来が苗販売を始めたのはそんな経営的判断もありますが、もう一つはどんなにいい野菜を育てても作り手のこだわりを分かってもらえなければ、これからの時代は売れないと感じていたからです。家庭菜園が広まると農産物が売れなくなるという農家もいますが、私は逆だと思います。昔とは違い、特に都市部では土との距離が遠く、地方であっても実際に土に触れる機会が少なくなっている現代。実際に育ててもらうことで農家の苦労や育てる楽しみも知ってもらえる、またとない機会だと感じました。
食育の大本に農育がある。それを農家がサポートできれば農業への理解にもつながるはずですから。
苗と知恵を販売する方法
今の時代、野菜の苗は身近なホームセンターなどでとても安く売られています。そんな中、風来では北海道から1800円の送料をかけて、ホームセンターの倍以上する価格の苗を毎年買ってくれる人が少なからずいます。分からないことがあれば気軽に聞けるというのがその理由。苗だけの販売でなく、農家としての知恵ごと買ってもらう。農家の苗販売にはそんな仕掛けが必要になってきます。
実際にどう販売しているかですが、風来ではハーブ苗、サラダ野菜苗の販売を中心にしています。なぜか。一つは義兄がハーブ苗をやっておらず、競合が少なかったこと。もう一つはキッチン菜園、ベランダ菜園をはじめるキッカケになればと思ったことです。ハーブやリーフレタスなどサラダ野菜は比較的育てるのが簡単で、初心者にも向いています。
インターネットで販売する時は苗の写真、育った写真などの見栄えや、利用方法の記載も必要ですが、何より大切なのがアフターフォローしてもらえると感じてもらうこと。そういった意味において農家が苗を売る時に大事なのは、つながりが持てるコミュニティーです。
植え方など農家にとっては当たり前のことでも、初めての人には分からないことばかり。動画で植え方などを伝えるページを用意しておくのもいいでしょう。また、苗が届いた後でも気軽に相談できる投稿フォームも用意しておくと親切です。食を育てる楽しさを共有するということで、フェイスブックでグループページを作るのもいいですし、今なら公式LINEアカウントやLINEグループをつかうのもオススメです。
農繁期に問い合わせに答えるのも大変ですが、おおよそ分からないことは同じですので、何度かやりとりするうちに短時間で答えられるようになります。そんなやりとりも楽しめる人が苗販売には向いているのかもしれません。
このように、農家の知恵やコミュニティーは販売するうえで強みになります。とはいえ、前述のように野菜苗はホームセンターなどで安く売られていますので、さらに魅力のある特徴を出すのはなかなか大変です。以前はイタリアントマト苗など珍しい野菜は売れたのですが、今は少し大きなホームセンターでも販売する時代なので特別感が薄れてきました。輸送時に茎が折れたり、土がこぼれるなどトラブルが多く、代替品の再送コストなども考え、現在ではネットでの野菜苗の販売は少し消極的になっています。
ただ、店に買いに来てくれる人も多くなったので、今は主にお店での直売用として野菜苗を育てています。いい苗なら遠くからでも買いに来てくれますし、一緒に堆肥(たいひ)なども売れます。それこそ堆肥は容量、重量があり発送に向かないので、その点でも店売りに向いています。
ホームセンターで珍しい野菜の苗を売っていることはあっても、さすがに在来品種、固定品種の苗は販売していませんので、特徴を出すためにもそういった野菜を育てるのもいいでしょう。
苗の販売で面白いのは、買ってくれた人との育つ段階でのやりとりはもちろん、育ったあとの報告もあるということ。上手に育ったら人に伝えたくなりますよね。そういった意味で、苗は販売して終わりではなく、相手と長く関係性が保てるものとも言えます。また、苗を買ってくれた人の中にはそのあと野菜セットや漬物、お中元、お歳暮などの優良な顧客になってくれる人も多くいます。苗販売は農家にとって最高のコミュニケーションツールになると実感しています。
種苗法改正による注意点
農家による苗の販売はとてもおすすめですが、気を付けなければいけないのは2021年4月1日に施行された種苗法の改正です。種苗法の改正自体は大きなニュースになっていたので知っていたのですが、苗の販売についても影響が出ることが分かり、昨年の苗販売直前に、農林水産省のホームページを確認したあと、農林水産省、農林事務所、県の農政課に直接尋ねました。
基本的に個人へ販売する場合は免許は必要ないのですが、農薬使用などを表示することに加えて新たに気をつけなければいけないのが、登録品種(枝豆で言えば「湯あがり娘」など)についての取り扱いです。
販売する苗においては、このようにつくる必要があります。
これに加え、登録品種の場合は登録品種であることが分かるように苗ごとに表示しなければなりません。譲渡においても同様です。
食の安全という意味においても、苗も加工品と同じように表示するのが当たり前だなと、いろいろと調べて思うようになりました。また、日本で開発された品種が海外に無断で持ち出されないという点においても必要だと思います。
このように苗の販売においては以前より少し注意が必要となりましたが、それでも農家が苗を販売することのメリットは大きいと思います。苗と一緒に知恵も販売してみませんか。