就農を念頭に信金に就職
中里さんは52歳。2.4ヘクタールの畑で、枝豆やトウモロコシ、ニンジン、ブルーベリーなどを育てている。売り上げの3~4割を自ら運営している直売所が占め、他にスーパーなどでも販売している。
いま研修中の1人を含めると、これまで合わせて11人が中里さんのもとで研修した。そのうち8人が独立して農業を続けている。
実家は代々の農家で、父親は酪農を手がけている。野菜の栽培は中里さんが就農してから本格的にスタートした。中里さんの営農に対する考え方は、研修生への指導方針にもつながっているので、まずはその歩みから紹介しよう。
中里さんは大学を卒業すると、就農せずに就職した。子どものころ、農業に対してあまりいいイメージを抱いていなかったからだ。ただし、いずれ実家を継ぐことを意識して、就職先には地元の多摩信用金庫を選んだ。
信金に入った背景には、もう一つ別の大事な理由もある。「金融機関ならいろんな職業を見ることができるので、勉強になる」と考えたのだ。これも、いずれ就農することを念頭に置いてのことだった。
信金では取引先の事業改善をサポートする仕事などを担当した。取引先の経営が悪化すれば、新規の融資ができなくなったり、融資を回収できなくなったりする。取引先に助言して、それを防ぐのが目的だ。
中里さんは「いい会社も、そうでない会社もたくさん見てきた」とふり返る。残念ながら、中には事業を続けるのが難しくなった会社もある。このときの経験は、農園を運営するうえで役に立っているという。
顧客を絞って品目を選定
39歳のとき信金をやめ、実家で就農した。信金時代に他産業を観察し、「農業は遅れている分、伸びしろがある」と感じていた。きちんと事業計画を立て、情報発信をすれば経営を伸ばせると考えたのだ。
その可能性を追求するため、事実上、ゼロから野菜づくりに挑戦することにした。当時、父親が飼料用のトウモロコシなどを作るのをやめ、購入飼料に切り替えたことで畑が余っていた。そこを使い、野菜の栽培を始めた。
栽培技術を覚えるため、就農後に農業の専門学校に体験入学したり、他の農家に教えてもらいに行ったりした。それでも「ベテラン農家に技術ではいまも勝てないし、正直勝とうとも思っていない」と話す。
技術を軽視しているわけではないが、より重視しているのは、戦略を明確にすることだ。その一環として、「最初のころは若い人から年配の人まで“全方位”の人を顧客にしようとした」(中里さん)。