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畑作で土を育てる。ライ麦が土を育てる。十勝の畑作農家が実践する環境再生型農法

深江 園子

ライター:

畑作で土を育てる。ライ麦が土を育てる。十勝の畑作農家が実践する環境再生型農法

「伊場ファーム」(北海道浦幌町)は、35ヘクタールを作付する十勝地方の畑作農家です。ユニークなのは、2010年に畑の一角で始めた「深く耕さない畑」を少しずつ増やしていること。10年以上にわたって土壌改良に取り組んできた伊場満広(いば・みちひろ)さんに、「土を育てる畑作経営」の実体験を聞きました。

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伊場満広さんプロフィール

1977年生まれ。浦幌町上浦幌地区の開拓4代目。酪農学園大学を卒業後、2001年4月から父の農場で働き始める。2014年に事業を承継。専従者は自身とパート従業員4名。圃場(ほうじょう)規模は35ヘクタール(有機JAS認証圃場6ヘクタール含む)で、主な品目は小麦、てんさい、ばれいしょ、大豆、菜豆類、白花豆。小麦、大豆、スイートコーン、ライ麦の有機栽培も手掛ける。

2024年のライ麦の開花は6月末。草丈は170-180cmになる

経営的にも環境的にも持続可能な土作り

北海道浦幌町の「伊場ファーム」には、有機栽培のライ麦畑があります。根が深く張るライ麦はパンの原料になる他、土壌改善に役立つという性質も。同農場ではコストを抑えながら土を良くする方法の一つとして、輪作体系にライ麦を組み込みはじめたと言います。自分の畑に合った、経営的にも環境的にも持続可能な土作りを目指すオーナー、伊場満広さんに話を聞きました。

9月にまいたライ麦の50日後。春の雑草の勢いに負けない秋まきを選択した

堆肥がこなれていない土に衝撃

―深耕をやめ、緑肥を使い、麦殻を畑に返す。こうした農法にシフトしていったきっかけは?
うちは川沿いの粘土質の畑が多く、僕が働き始めた当時は、収穫後に堆肥をまきプラウで漉き込むのが一般的でした。ところがある秋、トラクターで土を起こすと前年の秋に入れた堆肥がそのまま出てきたんです。当時使っていた機械は小型で、プラウは時間の掛かる仕事でした。寒い中、夜通し作業した結果がこれか……とがっかりしました。何かがおかしい、そもそものアプローチが違うんじゃないか。そう考えて、2010年にてんさいの後のプラウ耕をやめてみました。

―それで、すぐに効果が表れましたか。
土の排水性が明らかに改善され、後作物の収穫量が3割ほど増えました。詳しく言うと、最初はサブソイラ(心土破砕機)とプラウ耕の2行程を行なっていましたが、今は簡易耕(東洋農機ダブルソイラ)だけで秋の作業を終えています。その後数年間掛けて段々と豆や小麦に応用していき、今は全ての圃場(ほじょう)でプラウ耕はやらなくなりました。やめてみると作業時間も短縮され体も楽になり、更に土の排水性も良くなって良い事づくめです。

―プラウ耕をやめる少し前、一部を有機転換したんですね。
こちらは化学肥料や輸入資材の高騰が直接のきっかけです。経費削減を目指して余分な肥料を減らしたところ、病害虫が減って農薬も減らすことができました。おそらく窒素過多ぎみだったのでしょう、結果が良かったので、2014年から大豆1.2ヘクタールの転換を始め、2016年に有機JAS認証を取得しました。現在は6ヘクタールで、需要を見ながら更に増やす予定です。

―まるで実証実験のようです。始める時、誰かにアドバイスは受けましたか。
豆類の取引があった雑穀流通・製粉業のアグリシステム社(帯広)に不耕起や環境再生型の考え方を紹介されて、興味を持ちました。十勝では中川農場(音更町)さんをはじめ多くの農家さんが土の力を生かした農法を実践されていますから、訪ねてはお話を聞き、実際に畑を見せていただいて、「やればできるんだ、自分もやってみよう」と思うようになりました。

―とはいえ、人によってさまざまなやり方がありそうですね。
同じやり方をしても畑が変われば結果も変わるので、皆さんオリジナルを編み出しているように思います。難しいけれど、そこが面白い。例えば、有機スイートコーンでは有機大豆と同じく除草用カルチベータを使うのですが、苗が大豆よりデリケートなので、セッティングを成長段階や圃場ごとに工夫します。また、土壌微生物にたくさん働いてもらうために、大型トラクターの畑に入る回数を少なくする工夫をしています。本来、植物や微生物が行なっている活動をトラクター作業で台無しにしているケースもあるので。毎年、土の状態を見ながら工夫を続けています。

―輪作に転換したステップを、もう少し具体的に教えてください。
転換中は、実績がない中で販路や価格の見通しを立てるのが課題です。まずは確実な販売先を考えて、1作目は有機の需要が高い大豆、2作目もやはり販売先が見込めた小麦にしました。そして輪作体系を組む上で3作目が考えどころですが、僕は慣行で経験のあったスイートコーンを試してみました。万一、収穫できなくても緑肥にすれば良いと覚悟していましたが、予想以上に収量があって味も良く、今も続けています。そして今は小麦をライ麦に転換しました。

―なじみのなかったライ麦を実際に作ってみて、どう感じていますか。
小麦の取引先でもあるアグリシステム(前出)からライ麦が土壌改良に良いと聞いて、同社からアメリカ産の食用品種ハンコックの種子を購入し、2019年から秋まきしています。有機小麦と同様、同社が買い取ってくれる点が決め手です。実際に根の張りがとても良い作物で、一作ごとに土壌を改善してくれる実感があります。収穫後はカバークロップのクローバーをロータリーで漉き込んでいます。

ライ麦の株元にカバークロップのクローバーはじめさまざまな植物が土を覆っている

余計なことをやめてみたら、良いことづくめだった

―農法の見直しは、経営的にもプラスになりましたか。
一般に有機転換すると慣行より収量が減るイメージですが、価格が違うため反収(売上)はアップしました。今やっているものを有機にするだけで価値が上がり、土作りと経営面の両方に良いと考えれば、有機転換は魅力的です。有機JAS認証圃場は現在6ヘクタールですが、販路に応じて今後も増やしていく予定です。

―直販も収益性に大いに貢献していそうですね。
有機栽培のスイートコーンを例にとると、ふるさと納税、自社ホームページ、楽天市場店や地元直売所で概ね1本300円で販売しています。業務用では都内のパン屋さんや、回転寿司チェーン「根室花まる」のコーンスープに採用されています。コーンについては、実は販売先を考えずに輪作体系維持のため作付けしているので収量の約4割を畑に戻していますが、それでも十分な収入になっています。収益性も大切ですが、何よりも、自分で価格を決められることに大きなやりがいを感じます。

実需者との交流のため畑を案内。「農業を知ってもらいたい。僕が農場にいる限り予約を受け付けています」

見学で農場や作物を伝える

―改善をたゆまず続けられるモチベーションは。
畑ではいつも土を見て、作物を見て、作物には何が必要か自問自答しています。そして、自分の畑に対して経験値が上がるほど無駄な作業が減ります。最近ようやく、気持ちも体も楽にシーズンを終えられるようになりました。

農家は皆さんそれぞれ違う条件の下で、日々考えながら作業をしているんじゃないでしょうか。一枚一枚の畑に適した作業も、考え方も、歴史や家族の思いも違う。そこが僕には面白いんです。

―伊場さんのライ麦は、リジェネラティブ農業の一つの形だと言われていますね。
農業品種はあまたの植物から選抜された優秀なDNAを持った、ものすごい能力の持ち主です。人間は余計なことをせず作物の能力を生かして、収穫物の価値を高める方を頑張る。そんなイメージです。これがリジェネラティブかはまだ分かりませんが、土地に合わせて健康で元気な土を保つ工夫を続けています。

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リジェネラティブ農業という言葉をご存知でしょうか。日本では「環境再生型農業」とも呼ばれ、注目され始めています。その意味や考え方、根幹をなす「不耕起栽培」、「カバークロップ」などの技術的意味と併せて解説します。

―圃場見学も積極的に受け入れていますね。
ホームページや十勝うらほろ樂舎(DMO)を通じて予約を受けています。その一つがアグリシステム社(前出)が主催するパン屋さんの産地ツアーです。畑で農家とパン職人がじっくり語り合うといった主旨で、もう10年以上続いているんですよ。

―実際に来た人たちの反応はいかがですか。
他府県のパン屋さんは小麦やライ麦の畑を初めて見る人も多いのですが、熱心な人ばかりで、僕にとっても「つながり」を実感する機会になっています。このライ麦を選んで使うパン屋さんの中には、土を育てる農業に賛同してくれる人も多いようです。土を育てるには継続が大切ですから、ライ麦商品が売れてパン屋さんに利益が出て、僕たち農家もライ麦が作り続けられるよう、お互いに有益な形になっていくと良いなと思います。こうした取り組みも含めて、少しでも農業を知ってもらうために受け入れは続けたいですね。

【記者の眼】

伊場さんのお話には「余計なことをしない」という言葉が繰り返し出てきます。畑の環境を妨げない農法で資材コストと作業量を減らし、更に緑肥と作物残渣の活用で外から持ち込む肥料も減らしています。そして、継続を支えるのが販路開拓です。例えばライ麦粉のほとんどは輸入品ですから、国産品には一定のニーズがあります。有機JAS認証と、リジェネラティブ的であるという2つの特徴が、農産物の価値をいっそう確かなものにしています。

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