【プロフィール】
■竹下耕介さん
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有限会社 竹下牧場 代表取締役 北海道中標津町にある牧場の2代目。24歳で後を継ぎ、酪農の機械化やブラウンスイス牛の導入を進める。牧場経営のほか、2018年にチーズ工房を新設。「ゲストハウスushiyado」をオープンし、宿泊者向けの牧場体験ツアーなども実施。一棟貸しのヴィラ「FARM VILLA taku」の運営も行っている。 |
■岩佐大輝さん
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株式会社GRA代表取締役CEO 1977年、宮城県山元町生まれ。大学在学中に起業し、日本及び海外で複数の法人のトップを務める。2011年の東日本大震災後に、大きな被害を受けた故郷山元町の復興を目的にGRAを設立。著書は『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)ほか。 |
■横山拓哉
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株式会社マイナビ 地域活性CSV事業部 事業部長 北海道出身。国内外大手300社以上への採用支援、地域創生事業部門などで企画・サービスの立ち上げを経験。2023年4月より同事業部長就任。「農家をもっと豊かに」をテーマに、全国の農家の声に耳を傾け、奔走中。 |
一日1組限定。自然一体型のヴィラを運営

FARM VILLA taku
岩佐:今日は北海道は道東の中標津町にある竹下牧場にやって来ました。竹下牧場は、ヴィラ(一棟貸しの宿泊施設)「FARM VILLA taku」も運営しています。
横山:今日は最先端の酪農家が、牧場の他にもどのような経営をしているかという観点で見ていけるといいですね。
岩佐:そうですね。非常に厳しい状況にある酪農の現状と、その中で竹下さんはどう経営をしているか。その神髄に迫ってみたいと思います。竹下さんよろしくお願いいたします。今、竹下牧場は、どういうビジネスを行っていますか。
竹下:現在は酪農と、チーズと冷凍スープを作る乳製品加工部門、そして宿泊部門があります。宿泊部門では街中の「ゲストハウスushiyado」と大自然の中で一棟貸しの宿として「FARM VILLA taku」を展開しています。
岩佐:ちなみにスタートは酪農でしょうか。
竹下:そうです。もともとは私の両親が1956年に宮崎から中標津町にやって来て、開拓をしながら牧場を大きくしていきました。私で2代目になります。
酪農の現状と価格高騰の理由
岩佐:昨今のエネルギーや資材の価格高騰で酪農家さんが大変だと各所から聞きます。酪農の現状について教えていただけますか。
竹下:穀物や牛の餌、農機具などは輸入で成り立っている部分もあります。最初はウクライナ戦争による資材、運賃の高騰。それが落ち着き始めたら今度は円安。どんどん輸入品が高騰して生産費が上がりました。燃料代も高いですし、餌代がとにかく高くて。うちの餌だと大体4割ぐらいは輸入しているものが入っています。
岩佐:牛乳の販売価格はどうでしょうか。
竹下:年々上がっています。燃料代や餌代が値上がりした後に、牛乳の販売価格が上がるので、タイムラグがあるんですよね。「牛乳の価格を上げれば良いじゃないか?」という議論がされることがあります。ただ、消費者あっての価格。値上げすれば購入されづらくなりますし、売れ残ります。すると取り扱いを減らすという話にもなりかねないじゃないですか。市場の流れはあらゆるものとリンクしていますから価格決定は非常にテクニカルな問題だと思います。また日本全体の乳製品のうち、おおよそ3分の1は輸入品です。
岩佐:チーズとか全部入れて3分の1?! そんなに海外のものなんだ。
竹下:「もっと国産を増やそう」という話もありますけれど、消費者は味と価格から、国産品と輸入品のどちらが良いかを決めますよね。また需要にはムラがあって、例えばクリスマスシーズンには、菓子用などに使われるため、バターの需要が増えます。けれども生乳は保存できる期間が短いですし、そこに合わせて国産を増やすということも難しい。一方で市場に出回る商品を切らさないようにしなければならない。
岩佐:結果として、いい塩梅になっていると。「乳価を上げれば解決する」と考える人も居るかもしれませんが、市場を見れば単純にそういう話ではないということですね。乳価はどう決められるんですか。
竹下:「一元集荷・多元販売」という考え方で、指定団体が地域の牛乳を集めて各メーカーと交渉します。値段を上げると在庫が余ってしまうのでギリギリの状況です。大きく他の産業と違うのはリードタイム。人工受精をして約10カ月後に子牛が生まれて、12カ月の育成期間。母牛になって出産するまでに更に約10カ月かかるなど、合計でおおよそ1000日かかります 。今日起こっていることは3年前に仕込んでいたことなんです。それぐらいタイムラグがあるので、需要の変化になかなか対応しきれない。
岩佐:人間の手でコントロールしないとうまくいかないし、コントロールしようとしても完璧にはいかない。なかなか難しい。
循環型の仕組み作りとその工夫
岩佐:新しい技術や新しい種苗、テクノロジーの進化などはどんな状況でしょうか。
竹下:もう20年前から取り組みはしています。牛の健康管理の仕組みも、今はクラウド化していたり。ゲノム情報などを活用することで牛1頭の生産性を高める技術は昔より飛躍的に上がっています。やっぱり北海道酪農の強みは粗飼料を持っていることです。15年ぐらい前から飼料用トウモロコシの栽培にもチャレンジしています。温暖化の影響で中標津町でも作れるようになりました。
岩佐:だいぶ変わってきましたね。
竹下:本来、酪農って畑作ができない山間地帯とか、寒くて土が痩せているようなところで行われていた。「食料を作る知恵」として、酪農はいわば最終手段だったんですね。それがどんどん気候が変わってきて、今やトウモロコシも小麦もできる地域になってきた。
岩佐:そういう意味ではこの中標津町の農業のポテンシャルはまだまだあると。高く売るっていう仕組みも大事だと思うんですけど、竹下さんは6次産業化にもかなり取り組んでいますよね。
竹下:現在はモッツァレラチーズと、3カ月熟成したマリボーチーズを中心に作っています。あとは北海道の食材を使ったポタージュもECサイトで販売しています。
岩佐:こういったものを作ることで生乳の付加価値を上げていくってことですか。
竹下:はい。地域の酪農家の牛乳をまとめ、責任持って販売してくれるのは良い話です。ただそれだと生産者と、興味を持ってくれているお客さんとの接点が少ない。なので最初に「酪農教育ファーム 」という認定を受けて牧場を案内したんですよね。次に乳製品を作ろうってなった時に、自分で責任が負える範囲で大手ができない全く反対のことをやろうと決めました。あくまで地元で食べてもらうチーズとして。リピーターも多いですし、何かで知って来てくれたり、ギフト用の購入も増えています。
岩佐:自分たちで生産をして、できるだけ直接消費者にストーリーも伝えることでファンが増えていく。そういう好循環ができそう。竹下ファームのブランドブックには先代が入植してからの経緯が書かれていますが、なんとなく輸入されたチーズを食べるよりも、この開拓の歴史を見ていくと100倍ぐらいおいしく感じるんですよね。

読めば魅力が伝わる竹下ファームのブランドブック
時代の変化に対応しながら市場を作る
竹下:今、乳価に対して生産原価でマイナスが出る際に、例えば子牛を売るなどして副産物的な経営手段を取り入れてチャレンジしている酪農家さんも多いです。うちも6次化や宿泊がそう見られるかもしれません。今はそういう知恵を出す時期だと思っています。それにもっと「私のところはこういう牛乳です」って酪農家さんが発信していいんじゃないかなと。地域でグループを組めば「うちの牛乳は違うんだよね」「こうやって販売タッグを組んでやりましょう」って知恵が増えていくと思っています。大体「過去にやったけど売れなかった」って言われますが「もう1回チャレンジしましょうよ」って。「市場は作るもの」なんです。
岩佐:かっこいいですね。外部環境に四の五の言ってるだけじゃなくて、やっぱり開拓精神ですよね。僕らも新しい風を吹かせなきゃ。経営が苦しい農家さんを竹下さんのような方が引き受けるって動きはあるんですか。
竹下:実は4年間で社員の離職率がゼロでした。そこまで行き着くのにいろんなやり方があって、外部の改善チームからレクチャーを受けたりしました。作業の工数管理とか、ノウハウだとかそういう部分でできることがあるんだったらお伝えしたいです。今もまさにDXを推進しています。
岩佐:竹下さんがビジョンマップを作ったのが2011年ですよね。当時から目指したい取り組みや基本的な考え方、具体的な構想がものすごく具体的に書いてあって、かなりの部分が現実になっている。私たちは農業者である前に一人の経営者。地域や従業員にビジョンを示すことが本当に大事だなって改めて思いました。
岩佐:2025年。かなり酪農業界としては厳しい状況になってきている中で、竹下さんのこれまでの取り組み、そしてここから何をやりますか。
竹下:消費者との良い関係を保ちながら、業界として今後もいろんな努力は必要だと思います。正直、ここ5年間で起こったことは誰も予測してこなかったと思います。それぞれの地域にいろんな歴史があると思います。その中でうまくバトンをつなげて、食料を作ることは重要だと思っています。それにみんなが知恵を出し合う。先代は「日本を食で豊かにしたい」というビジョナリーな目標があった。縁があって北海道の中標津町を実際訪れたら、原野で何も無いことにロマンを感じて開拓に入ったんですね。相当過酷だったと思うんです。そのバトンを時代と共に変化させながら、自分は開拓の大地を守っていきたいと思っています。
まとめ
岩佐:竹下牧場の学びのポイントをまとめます。
竹下牧場の農業戦略のポイント | ||
① | ピンチをチャンスに変えていく開拓精神 | 苦境の中でも冷静に市場を分析し、アイデアを出し続けることで成長していく。 |
② | ストーリーを伝えて付加価値を生み出す | 開拓から現在までのストーリーをお客さんに伝えることでリピートにつながる。 |
③ | 具体的なビジョンマップの作成 | 細かく目標設定をすることでビジョンを実現可能にしていく。 |
岩佐:地域への思いと、ビジョンを描き続ける経営者の姿を見せていただきました。ありがとうございました。
(編集協力:三坂輝プロダクション)