【プロフィール】
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中島紀昌さん 育種開発グループブリーダーチーフ |
ブリーダーに求められる資質はコミュニケーション力
──トキタ種苗でブリーダーチーフを務める中島さんの仕事に対するモットーや指針を教えてください。
大前提として「人の役に立つ品種を作る」ということが、私の根幹にあります。育種する技術があっても、世の中が求めているものは、現場を見たり農家さんや消費者の方々と話をしたりしなければ分かりません。
ブリーダーは植物と向き合う時間が長い分、意識しないと殻に閉じこもり、独りよがりな開発に陥りがちです。だからこそ喜んでもらえる品種を作るには、自ら産地へ足を運び、意見や要望を引き出して聞く姿勢が大切だと考えています。
──現場の意見を自ら取り入れることが、結果として品種開発にブレイクスルーをもたらす要素でもありますよね。仮にブリーダーもしくは種苗メーカーで働く際に、プラスとなる資質についてもお聞きしたいです。
農業や植物に関する知識も必要ですが、それ以上に、誰とでも打ち解けられるコミュニケーション力を備えている人が伸びていきやすいですね。農業界は良くも悪くも、自分から積極的にアプローチしてくる人が少ない傾向にあります。なので初対面の方にも臆せず声をかけ、楽しく会話できる人は、種苗メーカーでは重宝されます。もちろん植物への興味・関心があることが前提ですが。私は根っからの植物好きなので、農場にテントを張って泊まりながら野菜たちの変化を見ていたいと思うほどです(笑)。
トキタ種苗の看板品種「春のセンバツ」誕生までの裏側
──中島さんがこれまで手がけられた品種の中で、特に思い入れの強い品種はありますか。
私の名刺にも載っている、小松菜の「春のセンバツ」という品種です。

春のセンバツは、第66回全日本野菜品種審査会で農林水産大臣賞をいただき、私にとっても大きな自信となった品種です。
開発のきっかけは、当時の小松菜に求められていたニーズとのズレを感じていたことでした。これまでの小松菜は、色の濃さが重要視される傾向にあったんですが、ブリーダーとして「それは本当なのか」と、常に疑問を抱いていたんです。
そこで実際に小松菜を作る農家さんの声を聞いて回ると、色味よりも安定して育ちやすく、たくさん穫れる品種を求めていることが分かりました。大きく育ち、たくさん収穫できるおいしい小松菜を目指して誕生したのが、春のセンバツです。ある意味、業界に蔓延していた虚像を、覆した品種と言えるかもしれません。3〜6月にかけて栽培される小松菜として、今では多くの農家さんに愛用されています。
──春のセンバツは現場の本音を反映したことでヒットした品種なんですね。開発・改良を重ねる過程で、親身に協力してくれる農家さんもいたりするのでしょうか。
春のセンバツを世に出せたのも、埼玉県草加市にある横山農園の先代・横山勲(よこやま・いさお)さんの協力があってこそです。横山さんは職人気質な農家さんで、大型トラクターなどの重機を使わなかったり、有機物が豊富で微生物が生息できる土作りを重視していたりと、己の感覚で植物にとって良い環境を築き上げてしまうほど。試しに横山さんの畑の土に棒を刺してみると、2メートルくらいまで簡単に刺さってしまうほどフカフカなんですよ。
そんな私にとっての師匠とも呼べる横山さんには、品種の試作に何度も付き合ってもらい、忖度なしの意見をたくさんいただきました。そして、ついに横山さんからお墨付きをもらうことができ、商品化に至りました。今ではトキタ種苗の看板品種の一つになっていることを、本当に嬉しく思っています。

春のセンバツだけにかかわらず、種苗メーカーが手がけている品種一つ一つの裏には、ブリーダー以外にも多くの方が携わっています。品種に託されたあまたの思いや願いを実現させるのが、ブリーダーの使命であり、それがやりがいにつながっています。
登録者一万人超えのYouTubeチャンネル「グストイタリア」
──何げなく手にする種にはそれぞれ物語があり、それを紡いでいるのがブリーダーなんですね。また中島さんは登録者数一万人超えのYouTubeチャンネル「グストイタリア」にて、イタリア野菜の情報も積極的に発信されていますよね。このチャンネルを始められた経緯や運営についても教えてください。
イタリア野菜の情報を発信しているのは、日本の食文化とともに、農業全体の市場を広げたいことが根底にあります。
以前、社長がイタリアへ出張した際に現地の方から、「日本の種を売れと言うが、それがどれだけ難しいことか分かるか。自分たちでも日本でイタリアの種を売ってみろ」と、挑戦的な言葉をかけられたそうなんです。相手からすれば皮肉のつもりだったんでしょうが、社長はその言葉に刺激を受け、「むしろやってやろうじゃないか」と。それが、イタリア野菜の普及に力を入れるようになったきっかけでもあります。
現に日本で流通している一般的な品種以外にも、おいしい野菜はたくさんあります。中でも、イタリア野菜はこれまで口にしたことのないような味わいの品種が豊富にそろっているんですよ。
──トキタ種苗のラインナップにはさまざまなイタリア野菜がありますよね。特に思い入れのある品種を挙げるならどれでしょうか。
私が手がけた品種の中に、イタリア野菜のフィノッキオを日本向けに改良した「スティッキオ」という商品があります。

フィノッキオは、柑橘系の爽やかな香りでセロリと似た食感をしており、食べるとクセになる野菜です。ただフィノッキオという名前からも分かるとおり、日本人にはあまり聞きなじみがないじゃないですか。加えて見た目も独特です。
どうすれば手にとってもらえるかと試行錯誤した結果、スティック野菜として手軽に食べられるように品種改良しました。それがスティッキオです。ただ正直なところスティッキオを含め、イタリア野菜の普及に成功しているかと聞かれたら、まだまだ至らない部分は多々あります。
しかし、その価値を理解してくださる固定のファンや、一部のシェフの方々には長く愛用していただいています。中でも私が特に感動したのは、あるお蕎麦屋さんがスティッキオを薬味として使ってくださっていたことでした。食文化の広がりを自ら目の当たりにし、同時にブリーダーとしての大きな喜びとやりがいを感じた瞬間でした。
──スティッキオを薬味として使う蕎麦屋さん、とても粋ですね。日本におけるイタリア野菜は伸びしろに満ちています。「グストイタリア」に投稿されている動画は、一から自分たちで作られているのでしょうか。
はい、動画の撮影から編集まで、すべて社内でやっています。基本的に台本はなく、テーマだけ決めて、あとはその場で話を広げていくスタイルです。何より特徴的なのは、完成した動画を上層部がチェックする、いわゆる「検閲」が一切なく、私たちが自由に話した内容をそのままアップしていることです。建前でなく本音を語っているからか、企業チャンネルにもかかわらず登録者数一万人超えに達するまでに至りました。チャンネルを開設した当初は、「1000人いったらやめようぜ」なんて話もしていたんですけどね(笑)。
──ブリーダーとしての業務をこなしながら動画制作にも取り組まれているのはすごいです。中島さんの一日の流れも教えてください。
業務内容は季節によって大きく左右されます。夏場であれば、午前中は野菜の状態をチェックしつつ、テスト段階の品種を収穫・計量。午後は管理している品種のデータを整理したり、お客さまへ連絡を取ったりして、15時過ぎには再び畑で品種の調査を続けます。
特に忙しいのは10〜11月で、育種してきた品種の選抜作業がピークを迎えます。同時に生産者の現場を飛び回るタイミングでもあるので、とても忙しいんですが、楽しい時期でもあります。

品種開発における進歩とリアルな現状
──ブリーダーは根気と時間を要する仕事だとあらためて感じます。一つの品種が世に出るまでには約10年かかるとも言われますが、未来を見据えつつ、中島さんがブリーダーとして成し遂げたい目標はありますか。
ブリーダーの生涯を通じて、食べた人の記憶に残る「忘れられない食体験」を提供できる品種を生み出したいですね。私が担当している小松菜などの葉物野菜は、料理の主役ではなく、メインを引き立たせる脇役になりがちです。トンカツに添えられた千切りキャベツのように。トマトやイチゴなどの果菜類は、「甘い」という分かりやすいおいしさがありますが、葉物野菜が単体で評価されることは少ないじゃないですか。
だからこそ葉物野菜そのものが主役になれるような、おいしいと喜んでもらえる品種を開発するのが、私の大きな目標です。そういう意味で、独特の風味と味わいを持つスティッキオは、私の推しの品種でもあります。まだまだ道半ばですが、いつか皆さんと野菜が本来持つ奥深いおいしさを共有できるような品種を作れたら、ブリーダーとして最高に幸せですね。

トキタ種苗株式会社ホームページ
YouTubeチャンネル「グストイタリア」



















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