【プロフィール】
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中島紀昌さん 育種開発グループブリーダーチーフ |
フラットな組織づくり。トキタ種苗の社風や働き方
──トキタ種苗は大正6年(1917年)に創業された長い歴史を持つ種苗メーカーです。トキタ種苗の社風にはどのような特徴がありますか。
トキタ種苗は役職や部署などの肩書にとらわれず、誰とでも話しやすい雰囲気のフラットな職場です。これは社長である時田巌(ときた・いわお)が、ピラミッド型の組織づくりよりも、社員一人ひとりが自由に発言できる会社にしたいという思いがあるからです。例えば、社内でYouTubeチャンネル開設の企画案が挙がったときも社長は、「自分たちで考えながら挑戦してみて」と、社員への信頼をもとに挑戦を後押ししてくれます。社長の分け隔てないその気風が、今のトキタ種苗全体の社風になっています。
──社長自ら社員の方々と接してくれることは、うれしさや安心感につながると感じます。トキタ種苗には本社と研究農場の2つの拠点がありますが、それぞれの役割や働き方はどのように違うのでしょうか。
良い品種を作るという目的は本社と農場で共通ですが、働き方は、本社と研究農場で異なります。事務や営業、企画といった仕事は本社、品種の育種や開発など植物と直接関わる仕事は、研究農場で行われています。本社は埼玉県さいたま市見沼区中川にあって、研究農場は本社から約30キロメートル離れた県内の加須市阿佐間にあります。私はブリーダーチーフということもあり、研究農場に居ることが大半です。
また、研究農場はオフィスの真ん中にキッチンがあることが特徴です。そこではテスト段階の品種のチェックをしたり、試食会などが行われたりしています。そしてこのキッチンは社員たちの憩いの場にもなっていて、コミュニケーションを気軽に取れる場としても活躍しているんですよ。

──そういった風通しの良い環境が、数々のヒット品種を生み出す土壌になっているのかもしれませんね。トキタ種苗が品種開発で重視していることについても聞かせてください。
これまでは作り手である農家さん目線で開発・改良をしていたのですが、市場を広げるためにスーパーやレストランを含む、消費者側の視点にも焦点を当てるようになりました。
というのも、今の市場にある品種の多くは、すでに育てやすさや収穫のしやすさなどに優れています。従来通りの考え方で品種開発を続けてしまうと、最終的には、種苗メーカー同士の消耗戦になりかねません。それならば消費者が求める、食べたいと思える品種を新たに生み出そうという考えにたどりつきました。
そこでトキタ種苗では、自分たちでも市場を広げる戦略として「普及室」という部署を設けました。生産者と買い手をつなぐ役割を担う部署です。
普及室では、野菜の卸先となるスーパーやレストランに「このような品種があるのですがいかがでしょうか?」と提案します。そして、その野菜の販路を確保した上で、農家さんに「買い手が決まっているので、この野菜を作ってみませんか?」と栽培をお願いするんです。
従来は営業部や広報が卸売店などに商品をアプローチして販売し、農家さんの手に届くという流れが一般的でしたが、普及室の新設により、農家さんは安心して新しい野菜作りに挑戦でき、お店側も計画的に目新しい野菜を仕入れることができます。結果として、作り手と買い手の双方にメリットのある、新しい流通が生まれています。
──農家さんも卸先のお店も付加価値を高められる取り組みになっているんですね。実際に普及室のアプローチでヒットした品種はありますか?
今絶賛盛り上がっている品種は、「なべちゃんゴールド」というネギになります。

なべちゃんゴールドは下仁田ネギのトロッとした食味がする太い一本ネギで、火を通すことで甘みとうまみが強くなる品種となっています。なべちゃんゴールドは、まさに普及室の働きかけによりヒットした商品です。
ネギに限らず、作物の多くは市場が定めた規格(サイズや形)に合わないと、価値がないものとして弾かれてしまいます。なべちゃんゴールドも、その太さから規格外と見なされかねない品種でした。
そこで普及室が、スーパーのバイヤーさんに「このネギは太いですが、その分とてもおいしいんです」と、事前に品種の価値を直接伝えることで、規格を問わずに店頭に並べていただくことができました。
市場の物差しでは売れないような品種でも、そのおいしさが消費者に伝わればヒットする。そして農家さんは相場より良い価格で出荷できるという、誰も損をしない新しい流通の形になっています。
──普及室の取り組みがまさに新しい価値を生み出しているんですね。
そうなんです。そしてこの普及室の取り組みがさらに大きな成果につながったのが、「とろ~り旨なすⓇ」という品種です。

有名な天丼チェーン店「天丼てんや」の具材として採用されたことでも話題になりました。
日本の市場に流通しているナスの多くは、タキイ種苗株式会社さんの「千両二号」というレジェンドクラスの品種なんですね。なので同じ品目で開発するのであれば、私たちは異なった視点からアプローチするほうが、より市場を広げられると考えました。
そうして誕生したのが「とろ〜り旨なす」です。ちなみにこの品種は、もともと「揚げてトルコ」という名前で商品化されていました。しかし、その魅力をより分かりやすく伝えるため、社内でネーミングを再検討することになったのです。その結果、すでに販売していた商品の名前を「とろ〜り旨なす」へと変更する、という異例の決断がなされました。この変更が見事に功を奏し、名前のキャッチーさも手伝って、品種の魅力が多くの消費者に届くきっかけとなりました。
過酷な環境での育種が世界に通用する品種を作る
──なべちゃんゴールドやとろ〜り旨なすといったヒット商品が生まれる背景には、品種開発されている環境にも強みがあったりするのでしょうか。
一つ挙げるなら、過酷な育種環境で品種開発・改良が行われていることですね。
トキタ種苗の研究農場(埼玉県加須市阿佐間)は、気候の変化に富んでいる上、土壌環境も決して恵まれているわけではありません。夏は40℃近くまで気温が上がり、冬には霜が降りるほどの厳しい寒さが植物を襲います。土質は、近辺を流れる日本最大級の河川・利根川の影響で、肥沃ながらも粘土質で扱いづらい沖積土です。
植物にとって好環境とは言えませんが、この厳しい環境を乗り越えて誕生した品種だからこそ、国内外で通用する品種が開発できているのです。
その開発力が期待され、現在は海外に5つの拠点を展開するまでに至っています。

また、種苗を扱う企業として衛生管理の体制にも力を入れており、日本で初めて「GSPP(Good Seed and Plant Practices)認証」を取得しました。GSPP認証とは、主にトマトのかいよう病を防ぐために定められた、種子や苗を病害から守るための国際的なルールです。

種に付いた病原菌は基本的に取り除くのが難しく、一歩間違えると農家さんに病気にかかった種を販売してしまうリスクがあります。
それならば初めからクリーンな環境で種を扱える仕組みにするほうが、安心と信頼につながると考え、GSPP認証をいちはやく取得したんです。海外ではGSPP認証を持たない企業とは取引しないところも増えており、今後ますます広がりを見せていくと思っています。
>>後編に続く



















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