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北海道と福島県の2拠点で牧場を経営。地元産業の歴史をつなぐ女性畜産農家の奮闘

ナス男

ライター:

北海道と福島県の2拠点で牧場を経営。地元産業の歴史をつなぐ女性畜産農家の奮闘

かつては北海道に次いで羊の飼育が盛んだった福島県。震災の影響により、現在では羊頭数が激減しています。そんな羊飼いの歴史を繋ぎ止めるべく奮闘しているのが、株式会社むー代表の吉田睦美(よしだ・むつみ。以下、愛称のむー)さんです。北海道と福島県の2拠点で牧場を運営しているむーさんに、就農の経緯や飼育の方法、販路について聞きました!

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吉田睦美さんプロフィール

義父が飼っていた羊の世話を機に、羊の畜産農家になる。
現在は福島県田村市「アニマルフォレストうつしの森」でふれあい動物園とイベントスペースの運営を行うほか、北海道旭川市「アニマルフォレストカムイの丘」で羊の生産を夫婦で手掛ける。

震災で取り残された羊の世話をきっかけに、羊農家へ

筆者:むーさんは、就農する前は何をされていたのですか?

むーさん:夫が経営している建設会社で、事務職の傍ら2tトラックに乗って砂利などを運んでいました。義父が川内町で羊を5頭ほど趣味で飼っていたので、羊の世話も手伝ってはいましたけど、将来の仕事になるとは思ってもみませんでした。

筆者:羊に馴染みがあって、現場仕事もバリバリこなしていたのですか。
羊飼いとしての素養や経験値は、以前から培われていたのですね。
そこから職業として、羊を飼育するようになったきっかけはなんでしたか?

むーさん:義父が病気で入院してしまい、その直後の2011年に、東日本大震災による原発事故が発生したんです。「警戒区域内の家畜は原則殺処分、ただし家畜として一切運用しないのであれば、殺処分の強制はしない」という農水省の通達も、翌年に受けました。

川内村に取り残された、世話する人がいなくなった羊たちをどうするべきか。
私は羊たちに寿命を全うさせようと思い、当時避難していた郡山市から川内村に通って、家畜ではなく「ペット」として世話をすることにしたんです。

筆者:警戒区域に通って、羊の世話をずっとされていたのですね。
震災発生当時はまだ情報が錯綜していて、川内村に通うことは不安ではなかったですか?

むーさん:もちろん、放射能の情報は当初は不確定な所もありましたし、すごく悩みました。
義母からも「羊たちは殺処分していい。若いあなたの体を大事にした方がいい」とも言われましたし。

だけど突然福島県民の生活は激変して、さらに風評被害やデマも流れていたのは、我慢ならなかったんです。「このまま震災や原発事故によって羊がいなくなったら、全国に誇れる文化が一つ消えてしまう」

負けず嫌いな性格に火が付いて、だったら私が実証してやろうということで。次第に私に、取り残してきた羊やヤギの世話を頼まれる方も増えて、最大で20頭以上は世話していましたね。最後の羊が寿命で死ぬ2019年まで、川内村に8年間通って世話をしました。
その間は羊たちも元気で、私も鼻血は一滴も出なかったですよ(笑)

筆者:言葉にできないような、きつい経験をされてきたのですね。
羊たちの世話をする中で、畜産に興味が湧いてきたのですか?

むーさん:そうですね。福島県は元々羊の市場や品評会があり、北海道に次ぐほどの羊生産が盛んな県だったんですよ。震災後には地域の羊の飼養者はほぼゼロになってしまいましたが、福島県の羊の歴史を途絶えさせたくないと思ったんです。

あとはシンプルに、羊飼いの面白さにも気づきました!牛や豚などより飼育に関する文献が少なくて、飼育のマニュアルもわずかなんです。今でも地域ごとに餌や飼育の考え方が異なるので「羊であれば小さく始めても、商売が成り立つかも!」という、今考えれば軽い考えで、もう一度福島で畜産農家になる決断をしました。

筆者:羊農家として新規就農を決意されてからは、農地などはどのように確保されたのですか?小資本といっても、畜産はお金がかかるイメージですが。

むーさん:農地に関しては、夫の伝手でタイミングよく、福島県田村市の農地とパイプハウスが借りられました。初期投資はおっしゃる通りで、新築の羊舎を建てたら、小規模でも1000万円は軽く超えます。

そのため仮設住宅の解体業者に直談判して、廃材を譲ってもらったんです。夫が建設業を経営していることもあり、DIYで500万円ほどで建てることができました。

筆者:初期投資を安く抑えられたのですね。

むーさん:中古の資材で建てた羊舎に、当初はサフォークを5頭とマンクスロフタンを7頭、合計12頭をまずは導入しました。

羊が子どもを産んで出荷できるまで、当面のキャッシュフロー対策として、アローカナや烏骨鶏などの養鶏も160羽購入。2016年10月から、羊と鶏の飼育をスタートしましたね。

羊たちへ餌やりをする吉田さん

就農当初の羊生産の計画を変更

筆者:羊と養鶏という経営でスタートされましたが、就農計画は順調に進みましたか?

むーさん:いやいや、全く計画通りにいかず……。

・原発事故の影響で、羊の放牧や福島県の牧草を食べさせられない
・福島県の羊肉市場が閉まったままで、宣伝や販売先探しをする必要があった
・珍しい養鶏種は産卵率が50%もなく、費用対効果が低かった

恥ずかしながら就農してから知ったことも多く、事前準備の甘さを後悔しました。

そもそも少ない羊の頭数と規模では、経営が成り立たないことすら、分かってなかったんですよ(笑)

そこで以前からアドバイスをもらっていた経営者の夫にも、農業に参画してもらって、羊生産の路線を変更していくことになりました。

福島県田村市「アニマルフォレストうつしの森」はふれあい牧場に

むーさん:羊と養鶏160羽をしていた田村市の農地は、ウサギやマイクロブタ、ポニー、リクガメなどの動物を飼って、「ふれあい動物園」にしました。
イベント好きの夫のアイディアで、お客様を巻き込んで楽しく農業をしようと方向転換したんです。

筆者:大胆な方向転換ですね。でも、羊生産がしたかったむーさんは、受け入れられたのですか?

むーさん:当初は、ふれあい動物園には反対でした。
だって人がたくさん来たら、羊の防疫対策が大変になるじゃないですか。夫婦で意見が割れて、取っ組み合いのけんかもしました(笑)

それでも、ふたを開けてみれば正解でしたね。
家族連れの方が動物に触れて楽しんでもらえるのはもちろん、羊を飼っているということを認知されたことで、羊肉や卵が現地で売れるようになったんですよ!

筆者:お客様に実際に来てもらうことで、羊肉の宣伝につながっていったのですね。

むーさん:その通りです。
広告宣伝費にお金をかけるより、実際にお客様に来て見て触れてもらうことの方が、私たちも実感がありますしね。
現在アニマルフォレストうつしの森では、養鶏の配合飼料が高騰したため、ふれあい動物園に専念しています。
そして羊生産に一層力を入れるべく、北海道に拠点を移すことにしたんです。

ふれあい動物園で触れ合えるひつじ

北海道旭川市「アニマルフォレスト カムイの丘」で羊の飼育を

筆者:羊に関しては、北海道旭川市の牧場を買って、拠点を移したと伺いました。

むーさん:そうですね。北海道のお世話になっている羊農家の方から、
「牧場を買ってくれる人を探しているんだけど」と声をかけてもらって。
その牧場を現地まで見に行ったら、羊舎付きの30haの牧草地で、夫婦2人とも一目で気に入りました!

というのも以前から、羊の餌代が膨大にかかっているのが課題だったんです。
広大な牧草地があれば、自分たちで餌の生産が出来て大幅なコストダウンになりますし、肉質も上がります。

牧場を購入するしか選択肢がなかったので、2019年に羊生産を北海道旭川に移し、2拠点の農業経営が始まりました。
現在は母羊120頭のうち、F1種が100頭、サフォークを20頭ほど飼育しています。
筆者:広大な農地のある北海道は、やっぱり羊の飼育に向いているのですね。むーさんは、羊を飼育するうえでのこだわりはありますか?

むーさん:牧草の与え方にはこだわっていて、私たちの場合は、子羊には2回目に刈った牧草(2番草)を与えています。

というのも1番草は栄養価が高いのですが、子羊には硬くて食べにくいんですよ。
栄養要求量が多い大切な時期に羊が小食になってしまうと、成長遅れや体調不良の原因になり得ます。

その点では2番草は、柔らかくて子羊が食べやすいんです。
2番草をたくさん食べてもらって、体調を常に見ながら適切な量の配合飼料を与えて、おいしい羊にするイメージですね。

筆者:牧草を自分たちで生産できるからこそのこだわりですね!

むーさん:私たちの場合は一番人気のあるラム(12ヶ月齢まで)での出荷を狙って飼育しています。

ですからラムの出荷予定がホゲット(13~24ヶ月齢)にずれこんでしまったら、ラムの味からは変わってしまうじゃないですか。

安定して羊を供給できるようにしているのが、私たちの特徴で、「むーさん所のラムは、ずーっと安定して美味しいよ」と、取引先の方から好評をいただいています。

筆者:出荷が遅れればキャッシュフローも悪くなるでしょうから、月齢を守って出荷することは大切なんですね。

広大な牧草地がある「アニマルフォレスト カムイの丘」

羊肉は全量直販

筆者:羊肉の販路はどのような形ですか?

むーさん:飲食店との取引で約70%、30%は産直ECやホームページ、相対などの方法で個人のお客様に買ってもらっています。全量直販で販売していますね。

筆者:全量直販ですか!羊は販路も裁量が大きいんですか?

むーさん:近所では羊の飼育もしながら羊肉買い取りもする会社もありますし、私たちのように一般消費者の方にも販売している方もいますね。
ありがたいことに個人販売分の羊肉やマトンカレーは、販売した直後に売り切れてしまうことも多いですよ。

筆者:それだけ味がいいということなんですね!
たくさんの飲食店と取引されていますが、業者とうまく付き合うコツみたいなものはありますか?

むーさん:私たちの場合は営業するより、業者間の横のつながりから、声をかけていただくことが多いですね。
飲食店から連絡があった場合は、まずはネットで料理の口コミや客単価をチェックします。
こちらとしても適切な価格で、おいしく料理してくれる飲食店に扱ってほしいので!

「まずは肉のサンプルだけ送ってくれ」みたいな価値観の業者は、成約がほぼ見込めなかったという弊社データがあるため、お断りしています。

筆者:なるほど。このほか、販路面での課題はありますか?

むーさん:いかに鮮度のいい羊肉を提供できるかは、常に考えています。

本州の方に一日でも早く届けるために、北海道から福島県のと畜場に羊を運んでいるくらい、羊肉の鮮度に気を使っていますが、それでもスライス肉の通常冷凍では、解凍時にドリップ(肉汁の液だれ)が出て旨味が逃げてしまうのが悩みどころでした。

ですから、鮮度を維持できるような最新の「プロトン冷凍庫」を近々自社でも導入予定です。遠方から取り寄せてもらえるお客様にも、より美味しく羊肉を食べてもらえるようになりましたね。

福島県の羊を次世代につなぐ

筆者:改めて振り返ってもらうと、むーさんはとんでもない行動力の持ち主ですよね!

むーさん:いやいや!震災への反骨心で突っ走ってきただけで、失敗もたくさんしてきましたよ(笑)

ただ最近は私の実績を見て、「福島県で新たに羊を飼育したいから、アドバイスをください」という方も徐々に増えているんです。

地域や形は違えど、福島県の羊生産は、次世代につなげたかなと思っています。

筆者:本当に、大変な功績だと思いますよ。最後になりますが、むーさんの今後の目標はありますか?

むーさん:現在も行っている、「学校や教育現場での出張ふれあい動物園」をもっとしていきたいです。

家庭の事情で動物を飼えない子もいますし、そんな子どもたちに笑顔を届けられたら、動物を連れて出張する意義があると思います。

しかしまずは、現状の羊の経営の土台固めが必要不可欠です。
羊の増産や羊舎の増築も含めて、情勢に柔軟に対応していきたいと考えています。

羊飼いとしてと生きるということ

取材協力

株式会社むー

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