乾田直播に向く品種が有利なのか?

コシヒカリでも乾田直播できるステージへ
結論、現代の技術をもってすれば、コシヒカリといった従来の品種でも、乾田直播は可能です。その背景には、資材技術の進歩があります。
代表的なのが、グレーンドリルによる高精度な播種(はしゅ)と、ケンブリッジローラーなどを用いた鎮圧作業を組み合わせた技術体系です。播種前後に圃場(ほじょう)をしっかりと鎮圧することで、種子と土壌を密着させて苗立ちを安定させ、入水後の漏水を防ぎます。この技術は、作業の高速化と低コスト化を実現する手段として、大規模経営体を中心に導入が進んでいます。
さらに近年では、植物の力を引き出すバイオスティミュラント(BS)資材の活用も広がっています。例えば、根の張りをサポートする菌根菌資材(マイコス菌など)を種子に粉衣することで、従来品種の弱点であった初期生育の不安定さをカバーできるようになりました。
こうした技術の組み合わせにより、かつては直播自体に不向きとされたコシヒカリのような品種でも、圃場に直接種をまくという選択肢が、現実的になっています。
できると向いているは別問題

技術の進歩は、確かに生産者に新たな選択肢を与えてくれました。しかし、ここで立ち止まって考えるべき重要な問いがあります。それは、「技術で弱点を補えること」と「その栽培方法に最適化されていること」は同じ意味か、という点です。
コシヒカリをはじめとする従来の品種は、手厚い水管理と育苗を前提とした移植栽培でその能力を発揮するように育種されてきました。そのため、乾田直播という、いわば野生に近い過酷な環境では、雑草との生存競争に遅れをとり、収量減に直結しやすいなどの弱点が露呈しがちです。
そこで本記事では、乾田直播に向いている優良品種を紹介します。発芽の勢い、雑草との競争力、倒伏への耐性などの性質により、過酷な環境を勝ち抜くことができます。
もちろん、最終的な判断は各経営体の戦略によります。しかし、天候不順などの不確定要素を乗り越え、毎年安定した収益を確保するという経営リスクの低減を考えるのであれば、乾田直播に向いている品種の採用は賢明な判断と言えるでしょう。
【目的別】乾田直播におすすめの注目品種カタログ
本記事で紹介する品種は以下の8つです。
| 品種名 | 特徴 |
|---|---|
| にじのきらめき | ・高温耐性 ・大粒 |
| ほしじるし | ・縞葉枯(しまはがれ)病抵抗性 ・麦との二毛作に適している |
| 萌えみのり | ・耐冷性 ・多収 |
| ちほみのり | ・早生で作期分散可能 ・いもち病抵抗性 |
| 彩のきずな | ・高温耐性 ・地域ブランド向上 |
| ななつぼし | ・耐冷性 ・食味良好 |
| えみまる | ・低温苗立性 ・業務用 |
| しふくのみのり | ・多収 ・病気に強い |
【収益最大化モデル】とにかく多収

にじのきらめき
にじのきらめきは農研機構が育成した、近年の気候変動に対応する期待の新品種です。乾田直播で10アールあたり544キロの収量を記録し、耐倒伏性は「強」。高温条件でも品質が安定する「やや強」の高温登熟性を持ちます。
食味はコシヒカリと同等と評価され、粒が大きいのも特徴です。縞葉枯病に抵抗性があり栽培しやすい一方、穂いもち抵抗性は「やや強」、白葉枯(しらはがれ)病には「やや弱」とされています。
ほしじるし
ほしじるしは農研機構が育成した多収品種。乾田直播で10アールあたり592キロの高い収量を記録し、耐倒伏性は「強」、直播栽培で安定した収益を見込めます。縞葉枯病に抵抗性を持ち、晩植への適性もあることから、麦作との二毛作にも適しています。
食味はコシヒカリに近く、低コスト生産が求められる業務用米として高いポテンシャルを持ちます。ただし、いもち病への抵抗性は「中」~「弱」のため、防除が必要です。
【安定経営モデル】失敗リスクを低減

萌えみのり
萌えみのりは農研機構の東北農業研究センターが育成した、直播栽培に特化した良食味の品種で、特に東北地域中南部での栽培に適しています。直播栽培での収量はひとめぼれより約5〜20%多く、稈長(かんちょう)が短いことや、倒伏に強いのが特徴。苗の密度を高くしても倒伏しにくいため、播種量を増やして苗立ちの不安定性をカバーする栽培が可能です。耐冷性は「強」、食味はひとめぼれと同等と高く評価されています。ただし、いもち病抵抗性は葉いもちが「やや弱」、穂いもちが「中」のため、適宜防除が欠かせません。
ちほみのり
ちほみのりは直播栽培の先駆けである萌えみのりを母に持ち、いもち病抵抗性に優れた品種を交配して生まれた、まさに直播栽培のサラブレッドです。
直播栽培での収量は、あきたこまちより約24%多いというデータを誇り、耐倒伏性は「強」。いもち病抵抗性も葉が「強」、穂が「やや強」と、直播栽培で問題となる病害リスクを大幅に軽減します。食味は、あきたこまち並みの良食味。かなり早熟のため、作期分散にも貢献する品種です。
【ブランド戦略モデル】産地差別化と食味で勝負

彩のきずな
彩のきずなは近年の夏の猛暑に苦しむ埼玉県が生んだ、温暖化に対応する県オリジナル品種。乾田直播栽培でもその力を発揮します。
中でも特徴的なのが「やや強」と評価される高温登熟性。高温による品質低下が少なく、安定した外観品質を誇ります。耐倒伏性も「やや強」で、縞葉枯病に抵抗性を持つなど栽培しやすい特性を備えています。食味はコシヒカリと同等レベル。気候変動の時代に、品質で産地ブランドを確立するための切り札となる品種です。
ななつぼし
ななつぼしは北海道の看板を背負うブランド米です。その優れた食味と安定した品質は、直播栽培でも大きな武器となります。
食味は、きらら397よりも優れることに加え、ほしのゆめと同等以上の高評価。障害型耐冷性は「強」と、冷涼地での安定生産に不可欠な特性を持ちます。このため、ななつぼしを直播栽培の統一品種と位置づけ、低コストで高品質なブランド米を生産する取り組みを進める地域もあります。ただし耐倒伏性はきらら397に劣るため、施肥管理には注意が必要です。
【販路拡大モデル】業務用・加工用に強い

えみまる
えみまるは北海道の直播栽培で長年課題だった「低温による苗立ちの不安定さ」を解決するために生まれた画期的な品種です。
その特徴は、低温の条件下でも苗立ちが良い「中〜やや強」の低温苗立性。これにより、冷涼な北海道でも安定した直播栽培が可能。いもち病抵抗性も「やや強」と、従来の品種の弱点を克服し、収量性・品質ともに優れています。えみまるは炊飯後に時間がたってもおいしさが持続するため、業務用としての需要拡大も期待されています。
しふくのみのり
しふくのみのりは「高品質で価格の安い業務用米が欲しい」という中食・外食産業からの声に応えるために開発された品種です。
直播栽培での収量はひとめぼれより約1〜3割多く、高い生産性を誇ります。耐倒伏性は萌えみのり以上に強く、登熟期の暑さにも強いため、近年の気候変動下でも安定した栽培が可能です。食味は、ひとめぼれと同等の良食味で、保温してもやわらかさが持続すると高く評価されています。しふくのみのりはいもち病・縞葉枯病にも強い、まさに現代のニーズに応える万能品種です。
乾田直播に適した品種を見つける3つのステップ
ここまで8つの品種を紹介してきましたが、「結局、どれを選べばよいのか?」と迷う人も多いかもしれません。最適な品種は、すべての農家にとって同じではありません。あなたの経営方針と圃場の個性に合った品種を見つけるために、以下の3つのステップで思考を整理してみましょう。
ステップ1:経営目標を明確にする
まずは、新しい品種に何を期待するのか、優先順位を決めましょう。
目的が明確になれば、品種の選択肢は自然と絞られてきます。
とにかく収量を高めて経営の柱を作りたい人には、【収益最大化モデル】【販路拡大モデル】で紹介した品種が候補になります。食味や地域性で差別化し、高単価な直販を目指すなら【ブランド戦略モデル】が有力です。管理の手間を減らし、失敗リスクを抑えたい場合は【安定経営モデル】が最適かもしれません。
ステップ2:圃場を分析する

次に、あなたの田んぼが持つ個性と向き合います。品種が持つ能力を引き出すには、その土地に合ったものを選ぶことが不可欠です。
まずは気候。冷涼な地域であれば耐冷性、猛暑になりやすい地域なら高温登熟性が重要な判断基準になります。
また、肥沃(ひよく)で倒伏しやすい圃場なら、耐倒伏性の高い「強」や「やや強」の品種が必須です。
そのほか、過去にいもち病などの病害が多発した経験があるなら、耐病性の高い品種を選ぶことで、防除コストとリスクを低減できます。
ステップ3:情報収集と試験栽培
目標が定まり、圃場の特性も分析できたら、いよいよ最終候補を絞り込みます。しかし、いきなり全面的な作付け転換をするのはリスクが伴います。
まずは、地域のJAや農業普及指導センターに相談して、専門家の意見を仰ぎましょう。また、選んだ品種は圃場の一角で試験的に栽培してみることを推奨します。実際に自分の手で育ててみることで、カタログや文献だけでは分からない品種の個性や、自分の経営との相性が見えてくるはずです。
まとめ

乾田直播に用いる品種選びは、もはや単なる栽培技術ではありません。それは、あなたの強みを生かし、変化の激しい市場に対応していくための、経営判断と言えます。あなたの圃場と戦略に合った品種を選ぶことは、目先のコスト削減だけでなく、持続可能で収益性の高い農業を実現するための、未来への投資になるでしょう。


















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