三代目の「第二創業」。仲卸から生産主体への大転換
長野県北佐久郡で高原野菜を生産・販売するベジアーツグループ。同社の歴史は、1965年に立ち上げられた切り花の出荷組合が起源。地域の主産物が変わるにつれ高原野菜の取り扱いへと移行し、やがて市場価格に左右される経営からの脱却を目指した先代の主導で、自社生産の道が拓かれました。
出荷組合創設者の孫である代表取締役の山本裕之(やまもと・ひろゆき)さんは、大学中退後に人材関係の営業職として勤務。農業と無縁の道を歩みましたが、父の要望で家業に戻り生産現場に深く関わる中で、自らの手で価値を生み出す農業の面白さに目覚めていったといいます。
「先代の父は農業をする前はコックをしており、『なぜ農業は後から値段が決まるんだ』との問題意識を常に持っていました。その発想が、付加価値の高い作物を作り、お客様と直接繋がる今の経営の原点です」
2009年に生産法人(現・ベジアーツファーム)の代表に就任した山本さんは、まさに第二創業者。生産部門で先に「ベジアーツ」の名を掲げ、ブランドの礎を築いた後、2018年にグループ全体の代表に就任し、販売会社も「ベジアーツ」へと名称変更。名実ともに新時代をスタートさせたのです。

主力品目であるレタス
現在の体制は、それぞれ専門分野を持つグループ各社が分業する形をとっています。
株式会社ベジアーツ
グループ全体の販売戦略を担う司令塔。予冷、決済、配送手配といった販売機能に加え、近隣農家からの仕入れも行う。
株式会社ベジアーツファーム
グループの生産部門の中核。レタス類をはじめとする青果物の生産全般を担う。
株式会社ベジアーツハーブ
近年注力するパクチーの生産に特化した専門部隊。
株式会社モスファーム信州
モスフードサービス社からの出資を受けて運営する直営型農場。主にモスバーガー向けのレタス類を生産する。
グループ全体での栽培面積は約55ヘクタール。その内訳は、レタス10ha、サニーレタス10ha、リーフレタス10ha、ロメインレタス5haといったレタス類を主力としつつ、キャベツ10ha、パクチー5ha、ケール1ha、白菜4haと多岐にわたります。この盤石な生産基盤と機能的な分業体制が、同社の安定経営を支えているといえるでしょう。

サニーレタスとリーフレタスの農場
なぜモスバーガーも惚れ込むのか? 品質と信頼を生む栽培のこだわり
ベジアーツファームの品質へのこだわりは、元コックという経歴を持つ先代の哲学がルーツにあると山本さんは語ります。
「コックはメニューと値段が決まっていて、注文を受けてから調理を始める。対する農業は、お客さんがいるか分からないうちから作り始め、後から値段が決まる。そんな根本的な違いに衝撃を受けたそうです。そこで父は『農業のメニュー表を作ろう』と決意したんです」
どんな価格なら買ってもらえるのか。どんなこだわりがあれば事前に注文してもらえるのか。料理人目線で生まれた発想から、いち早く契約販売へと舵を切りました。さらに「料理は味だ」という信念のもと、自社肥料の開発に着手。その時に生まれた有機100%のレタス専用肥料は、今もなお同社の味の根幹を支えています。
しかし、山本さんは「美味しさは天候にも左右され、正直ブレる部分もあります」と率直に語ります。「だからこそ、僕らの強みは『美味しい』『安全』というだけでなく、その根拠を示せることです。例えば、全圃場で土壌分析をしている農家は、そう多くないはずです」
この「根拠を示す」という姿勢こそが、同社の信頼の源です。全圃場での土壌分析に基づき、品目ごとに設計したオリジナル肥料を的確に施肥します。さらに、安全・安心を客観的に証明するため、JGAP認証も取得。こうした科学的アプローチが、モスバーガーをはじめとする大手企業からの厚い信頼に繋がっています。
収穫後の鮮度管理も抜かりありません。大型の真空予冷装置を完備し、夏場でも収穫後すぐに品温を5℃以下にまで冷却できます。作物が持つ最高の状態をキープしたまま、全国の食卓へ届けることが可能となっています。

社内の整理整頓は必須事項
平均年齢28.5歳。若き才能が集まる組織の秘密
ベジアーツ最大の強みは「人」にあります。社員の平均年齢は28.5歳、社員の国籍は日本人と外国人材がほぼ半々。多様なバックグラウンドを持つ若い力が、会社の成長を牽引しています。なぜ、同社にはこれほどまでに人が集まり、定着するのでしょうか。
働き方を変えた戦略作物「パクチー」
同社の組織づくりに変化をもたらしたのが、2013年から始めたパクチー栽培でした。
きっかけは「夏場に国産パクチーがなくて困っている」という取引先のカレー店主からの一言でした。しかし、その導入目的は単なる品目追加ではありませんでした。背景には、主力のレタス栽培が抱える労働環境の課題がありました。
「レタスなどの重量野菜は、どうしても早朝からの肉体労働になりがちです。女性社員が長く働き続けられる環境を作るにはどうすればいいか、ずっと考えていました」
そこで着目したのが、野外の作業だけでなく屋内での袋詰めなどの調整作業も組み合わせることのできるパクチーだったというわけです。これなら、体力的な負担も少なく、天候にも左右されにくい。女性や年配者も、自分のペースで働けるのではないかと考えたのです。
この狙いは見事に的中しました。現在、パクチーの生産現場では、12名の女性や年配のパートスタッフも働いています。「9時から16時まで」といった柔軟な勤務体系が可能になり、産休・育休から復帰した女性社員の新たな活躍の場にもなっています。「パクチーがあることで働く時間のバリエーションが広がり、『レタス農家』だけでは出会えなかった人たちと一緒に働けるようになりました」と山本さんはいいます。
さらに、レタス栽培のために導入していた真空予冷装置が、パクチーの鮮度保持に絶大な効果を発揮するなど、既存事業との思わぬシナジーも生まれています。真空予冷はレタス類やキャベツでこそ使われるものの、導入コストが非常に高いため、パクチー農家が導入していることはまずありません。だからこそ、特に傷みやすい夏場において、他には真似のできない鮮度を保てることは圧倒的な差別化となり、この「レタス類×パクチー」の掛け算が、同社の大きな強みとなっているのです。

パクチーの出荷調整
「農業だから休めない」を過去にする。1ヶ月の冬期休暇という決断
同社の働き方で特徴的なのが、12月中旬から1月下旬にかけて、約1ヶ月間の冬期長期休暇を設けている点。
「夏に一生懸命働くのだから、冬はしっかり休む。以前は通年の仕事を作るためにと埼玉に出向いて冬作もしていましたが、そのスタイルをやめました。もちろん始めるまでは大丈夫だろうかといった不安もありましたが、決めてしまえば、それに合わせて事業が最適化されていくものです」
休暇中の従業員の生活を支える仕組みも整えています。外国人従業員には帰国費用を補助する「帰国手当」を支給したりと、安心してリフレッシュできる環境を会社として用意しています。
こうした働きやすい環境を整える一方で、山本さんは過去の失敗から学んだ教訓を口にします。「以前は『独立したい』という若者向けの研修生募集もしていましたが、やめました。研修生という言葉を、会社側が雇用責任から逃れるための“逃げ道”にしたくなかった。今は、社員としてしっかり向き合い、長く働ける会社を目指しています」
しかし、山本さんは、人が集まる本当の理由はさらに深いところにあると分析します。
「正直、何をやっているから人が集まるという訳ではない気がします。パクチーが楽だから休みが多いからという単純な話ではない。チャレンジしやすい、いろいろなことに農業界の中でも挑戦していると思われること、その姿勢こそが人が集まる要因のような気がします」
この変化を恐れない姿勢が、若者たちの心を掴み、強い組織の土台となっているのです。

ベジアーツグループが作るパクチー
数年で年間500時間以上削減。次の一手は給与水準の底上げ
数々のユニークな取り組みの根底にあるのは、「仕事を通じて人を幸せにする」という企業理念です。その理念を実現するため、山本さんが今、最も重要視しているのが従業員の待遇改善です。2022年に策定した15年間の長期経営計画では、第一の目標として「平均年収の実現」を掲げました。
「農業法人の経営者を取材した記事では『儲かっている』と紹介されていても、それは社長だけの話で、従業員の給料は低いままというケースが少なくありません。それでは意味がない。うちの社員には、他産業で働く人たちと同じくらい稼げるようになってほしい。それが、長く安心して働ける会社を作る上で、何よりも大切だと考えています」
かつては「給料が多少低くても、農業ならではのやりがいや価値がある」と考えていた時期もあったといいますが、現在は、離職していく社員と向き合う中で、その考えを改めたといいます。「まずは生活の基盤となる待遇をしっかり整える。やりがいや心の豊かさは、その先にあるべきだ」
この数年で、従業員一人当たりの労働時間を年間500時間以上削減する一方、少しずつでも着実に給与水準を上げてきました。この地道な改善の積み重ねこそが、若い力が躍動する組織の礎となっています。

取材時の山本さん
そして今、山本さんは未来に向けた次の一手として大きな決断を検討しているといいます。それが、栽培面積全体の約2割を占めていたキャベツからの縮小。代わりにパクチーの作付面積を拡大し、「夏のパクチーで日本一になる」と新たな目標を掲げて経営資源を集中させていく計画だといいます。
近年の記録的な猛暑を打開するため、そして収益構造を変革するための品目転換。その全ては、「社員が豊かになる」という未来から逆算された、戦略的な一手なのです。
山本さんが描くのは、単なる事業の成功ではありません。その先にある、社員一人ひとりの未来です。「最終的には、社員の中から役員や各法人を任せる社長が生まれ、年収1000万円を稼ぐプレイヤーが出てくるような会社にしたい。僕らがまず、農業でも豊かになれることを証明しなければなりません」
社員の幸せを経営のど真ん中に据えるベジアーツグループ。その挑戦は、日本の農業が抱える構造的な課題を乗り越え、豊かで持続可能な未来を築くための、確かな道筋を示しています。
















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