宇陀の地で育む、約10ヘクタールの有機農業
標高400〜500メートルの山々に囲まれた、奈良県宇陀市の中山間地域に拠点を構える有限会社山口農園。同社は地域内に点在する合計約10ヘクタールにも及ぶ農地で171棟のハウスを管理し、年間を通じて有機野菜を栽培。ほうれん草、水菜、小松菜、ルッコラといった葉物野菜を中心に、コリアンダーなどのハーブ類を含む常時10種類以上の品目を手がけています。
山口農園の有機農業の歴史は古く、現顧問で義父でもある山口武さんの家系が、古くからこの地で有機的な手法による農業を続けてきました。2000年に有機JAS認証を取得し、2005年に「有限会社山口農園」として法人化。現在は従業員50名以上を抱え、年間約200トンもの収穫量を誇る農業法人へと成長を遂げています。
「うちは周年で有機栽培を続けているのが強みです。量販店や小売店を中心に、オーガニック野菜を取り扱う約70社と直接取引をさせていただいています」と山口さんが語る通り、市場には出さず、契約取引を主軸とした独自の販路を開拓してきたことが、同社の経営を支える大きな要因となっています。

山口農園が農業を営む中山間地域
ブラック企業を経て農業の世界へ
現在でこそ組織的な経営を実現している山口農園ですが、ここに至るまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。
山口さんは元々、不動産会社やデザイン会社、通信機器会社で長年、営業マンとしてキャリアを積んできました。その中には、「社員に机も椅子もなく、昼食は10分で済ませる」という過酷な労働環境、いわゆるブラック企業も経験したといいます。その後、結婚を機に義父から「娘をもらうのなら、安定した仕事をしてほしい」との言葉を受け、奈良県庁に入庁。公務員としての道を歩み始めました。
転機が訪れたのは2005年。義父から「有機野菜を作る技術はあるが、直売所では価格競争に巻き込まれてしまう。どうすれば相応の価格で売れるのか分からない」と相談を受けたのです。営業マンとしての経験から活路を見出せると考えた山口さんは、県庁を退職し、法人化のタイミングに合わせ、32歳で農業の世界へ飛び込みました。
しかし、いざ始めてみると「家族経営」や「農村の慣習」という大きな壁にぶつかります。安全管理のためにヘルメット着用を指導しても、「田舎の農家がそんな格好はしない」と反発され、その他一般的な会社のルールであっても意識の差から義父と衝突することが少なくありませんでした。
「義父との関係もあり、実は4年目で一度農業を辞め、3年ほど大阪でサラリーマンに戻ったんです」
数年後、義父や義弟から再度の懇願を受け、企業として改革を行うことを条件として農園に戻った山口さんは本格的な組織改善に乗り出します。
これまでの職人的な「トップダウン」経営では、社長の一存による急な予定変更で現場が混乱し、社員のモチベーションを低下させているという課題がありました。そこで、山口さんは「月次会議」を導入し、役職に関係なく、やりたいことがある社員は必ず会議でプレゼンすることをルール化。そこで「決まったことを実行する」「決まってないことはやれない」という認識を醸成しました。そして2013年、義父の引退を機に代表取締役社長に就任。ここから、山口農園の新たな快進撃が始まります。

山口農園の野菜たち
「仕組み」づくり。分業化、そして委員会制度
社長に就任した山口さんは、これまでの異業種での経験を農業という舞台に落とし込み、独自の「仕組み」を次々と構築していきました。
半ばだった完全分業化システム
山口農園の最大の特徴とも言えるのが、「生産」「収穫」「調整」「営業」「総務」「教育」「加工」の7つの部署に分ける完全分業化です。
「昔の農業は、家族全員で朝早く起きて収穫し、昼は別の作業をして、夜遅くまで袋詰めをしていました。しかし、1人で全ての工程を担うと、休憩や作業間の移動で時間が無駄になり、夜中には疲労で作業効率が落ちてしまいます。だから、農業の仕事を完全に分けて、専門的に動かすことにしたんです」
最初から各部門に任せきることは難しかったものの、徐々に義父や義弟、私から引き継いでいきました。現在では、各部署に社員がリーダーとして配置されています。例えば、最も人数の多い「調整部」には社員3名とパートスタッフ約20名が所属し、細長い調整場の中で流れ作業で効率的にパッキングを行っています。
また、部署ごとに働き方が大きく異なるのも特徴です。「収穫部」は夏の繁忙期には朝5時に出勤して昼には業務を終えますが、「営業部」は天候や気温に左右されず8時から17時までの定時勤務です。人員を募集する際も「足りない部署」を明確にして採用するため、入社後に「生産をやりたかったのに別の作業ばかりさせられる」といったミスマッチも防げているといいます。

作業中の生産部
当事者意識を育む委員会制度
もう一つの特徴的な取り組みが、社員が必ずいずれかに所属する「委員会制度」です。
現在は「広報」「イベント」「AI」「美化」の4つの委員会が設けられています。これは、経営陣が全てをトップダウンで決めてしまうと、従業員が「会社が何をしているか分からない」「視察のお客さんが来ても誰か分からない」といった事態に陥り、モチベーションや仕事への関心が下がってしまうのを防ぐための施策だといいます。
それぞれの委員会は、会社にとって重要な役割を担っています。
「広報委員」は、ブログやInstagramの更新に加え、取引先であるスーパーの特売情報などを社内に展示・共有し、社員と外部との関わりを身近なものにしています。「AI委員」は、オンライン会議のセッティングやパソコンのセキュリティ管理、視察団が訪れた際のプロジェクター準備など、機械周りの環境整備を担当します。「美化委員」は、農園の清掃や薬品箱の管理などを行い、従業員全員が快適で安全に働ける環境づくりを担っています。
中でも象徴的なのが「イベント委員」の存在です。忘年会や歓送迎会などの企画・運営を任されていますが、山口さんはあえて口出しをしません。
「昔は私が当たり前のように店を早めに予約していましたが、社員に任せると、最初はなんとなく12月に入ってから店を探し出して『どこも空いていない』と失敗します。さらに、なんとか店を取っても、うちには高齢のパートスタッフが多いのに座敷の席を選んでしまい、『足が痛い』と文句を言われてしまう。そこで初めて、『早めに予約しなければならない』『高齢の方のためにテーブル席にすべきだった』と自ら気づくわけです」
誰かがやってくれるのを待つのではなく、みんなのために自分たちで考え、失敗も含めて経験させる。このプロセスを通じて、気遣いや当事者意識が自然と育まれるといいます。

山口農園のベビーリーフ
地域資源の活用とユニークな廃棄ロス削減
山口農園の取り組みは社内にとどまらず、地域全体を巻き込んだ「循環型システム」へと広がっています。
高齢化で離農が進む宇陀市において、耕作放棄地を借り上げ、畑へと再生させることで地域の農地を守っています。また、不要になったビニールハウスの撤去を無償で請け負い、自社で再利用するなど、環境負荷とコストの削減を両立させています。
さらに、規格外野菜の活用にも注力。月間約2トン発生するロスを減らすため、野菜ペーストの開発や、奈良の墨文化を活かした野菜墨汁を開発しました。この墨汁を使い、国宝・室生寺とコラボした「見えるお守り」は、コロナ過の廃棄予定のアクリル板を再利用するなど、農業の枠を超えたサステナブルな発信として注目を集めています。

撤去したハウスを再利用
次世代へ繋ぐ「オーガニックビレッジ構想」
山口農園は、10年以上にわたり厚生労働省の委託を受けた職業訓練校「オーガニックアグリスクールNARA」を運営し、不登校の若者から元証券マンまで、多様な人材を受け入れてきました。卒業した就農希望者には地域の遊休地を斡旋し、就職希望者は同社で採用するなど、持続可能な担い手育成に長年貢献してきた実績があります。
宇陀市が国内で初めて「オーガニックビレッジ宣言」を掲げたことで、この活動はさらなる広がりを見せています。1社で全てを抱え込むのではなく、地域全体で有機農業を推進し、多様な関わり方を提供するフェーズへと移行しているのです。
具体的には、地域の他企業や金融機関、異業種から参入した農業法人などと連携してコンソーシアムを形成。今後は行政が窓口となり、「山口農園のような農業を目指す人は同社へ」「有機米を作りたい人は他社へ」といった具合に、個々のニーズに合わせた最適なマッチングを行う仕組みを構築すべく、協議を進めます。これまで単独では応えきれなかった需要も、地域の他企業や行政、金融機関と連携するコンソーシアムの力で解決する仕組みが整いつつあるのです。

堆肥も自家製
しかし、異常気象や人手不足、資材高騰、物流問題など、農業を取り巻く環境は依然として厳しさを増しています。山口さんは「農業は自然環境や地域コミュニティの上にはじめて成り立つもの。だからこそ、生産原価を割らない販売の仕組みづくりや、消費者に価値を知ってもらう広報活動が急務です」と、次なる課題を見据えています。
こうした環境の変化を逆手に取るべく、山口農園では新たな事業も見据えています。猛暑に適応したゴーヤや青パパイヤ、さらには「スベリヒユ」といった野草の栽培など、気候の変化を味方につけた新たな品目展開への挑戦が始まろうとしています。
異業種での経験を糧に、「人づくり」と「土づくり」を両輪で進める山口さん。宇陀市をオーガニックの拠点とするべく、次世代へと続く持続可能な農業モデルの完成に向け、その歩みを止めることはありません。
取材協力
有限会社山口農園
















