年間4万人が訪れる農家が仕掛けたジェラート屋さん
大阪市内から高速で約1時間半。こんな山奥にお店があるのかと不安になるような細い山道を抜けた先に、モダンな佇まいの建物が現れます。ここが、週末ともなれば多くの客で行列が絶えないジェラート店「キミノーカ」です。
「紀美野町」という地名と「農家」を掛け合わせた店名の通り、ショーケースには自社の畑で栽培した旬の野菜や果物を使ったジェラートが並びます。定番のフレーバーはもちろん、山椒ミルク、ほうれん草、干し柿白ワインなどといった、一般的なアイスクリームの枠に囚われない独創的なラインナップが大きな特徴です。

農家ジェラート「キミノーカ」
金融マンから農家へ。ジェラート店を立ち上げる軌跡
大学卒業後、ノンバンクや証券会社で10年以上にわたり金融業界で働いてきた宇城さん。農業の高齢化が進む中、「人口が減少し、生産者が減ったとしても、作物の需要はほとんど変わらない。そう考えると、農家には未来がある」と見定めて、2008年に和歌山へ戻り就農。実家の農地を生かし、当初は収穫サイクルの早い野菜の栽培からスタートしました。
「撤退」「損切り」。直面した過酷な現実
近隣農家の助言を得ながら作物を育て、初年度から手応えを感じましたが、すぐに農業という生業の過酷な現実と直面することになったといいます。
「農業って、作業時間が際限なく伸びるんです。例えば夏場のキュウリ栽培は成長が早いので、毎日決まった時間に朝夕収穫しなければならない。それがどんな天候でもずっと続きます。生鮮で売るだけでは全く休みが取れず、きついと感じました」
そこで、収益源の多角化を目指し、飲食店への直接卸売りを始めます。しかし、シェフごとに異なる細かな要望に応えるためのコミュニケーションコストが膨大になり、疲弊して撤退
。次に取り組んだ乾燥野菜やジャムなどの加工品製造も、他社との差別化に苦戦。「これでは勝てない」と、早々に「損切り」を決断します。
光明見出したジェラートとの出会い
そんな試行錯誤の中、転機となったのは知り合いの会社から届いたジェラートマシンのデモンストレーションの案内でした。
「これを見た瞬間、証券会社時代に住んでいた岡山県で、郊外にあるジェラート店が常に満員であった記憶が蘇りました。頭の中で客数や単価、回転率を瞬時に計算し、ビジネスとして十分に成立すると確信しましたね」
ビジネスとしての可能性を感じた宇城さんは、自ら育てる農産物を生かしたジェラート店の開業を決意。2013年、約1500万円の資金を投じてキミノーカをオープンしました。投資額は自己資金700万円、日本政策金融公庫からの融資400万円、補助金400万円という内訳。「万が一失敗しても、自己資金が減るだけ。融資の400万円は、新車を買ってすぐに事故で廃車になったと考えれば、農家の収入で返済できる範囲」と、現実的なリスク許容度に基づいた決断でした。
未来の「出血」を止めるための閉店と大規模投資
オープン後は瞬く間に人気店となり、翌2014年には和歌山市内に2号店を出店します。しかし、売上は順調だった一方、高額な固定費やオペレーションの負荷などを冷静に分析した結果、利益率の観点からコロナ禍を迎える直前に2号店の閉店を決断しました。
2022年にはコロナ禍の事業再構築補助金を活用し、本店の増築とともに大規模なリノベーションを実施しました。この投資の最大の目的は、単なる店舗拡大ではなく、将来的な人件費の高騰を見据えた「筋肉質な経営体質」への変革でした。
「以前は小さな家庭用オーブンで細々と仕込んでいたさつまいもが、今では大型設備で一度に60キロも処理できます。洗浄用の大型シンクも4箇所に増やし、作業の同時並行が可能になりました。これは、人件費をはじめとする将来的な固定支出という名の『出血』の元を止めるための外科手術のようなものです」
大型のパステライザー(加熱殺菌機)やフリーザーを導入し、従業員の作業負担を劇的に軽減。少ない人数でも圧倒的な生産性を誇るオペレーションを構築し、未来のリスクに対する強固な基盤を作り上げていったのです。

元々は真ん中の黄色い建物だけでスタート。周りは、2022年のリノベーション時に追加された
立地のハンデを武器に変える。感情を揺さぶる「体験価値」と緻密なブランディング
紀美野町という過疎化が進む立地において、キミノーカがいかにして圧倒的な集客力を誇るブランドへと成長したのか。そこには、顧客心理を巧みに突いた計算し尽くされたブランディング戦略がありました。
プロの視点を入れた洗練された世界観と模倣困難な商品力
開業にあたり、宇城さんは店舗のロゴやコンセプト作りに外部のプロのデザイナーを起用しました。農家が新規事業を立ち上げる際、経費削減のために自らデザインを手がけがちですが、宇城さんは「デザインやコンセプトの統一感はプロに任せるべき」と投資を惜しみませんでした。客観的な視点を入れることで、素人特有の「ボロ」が出ない洗練された世界観を構築したのです。
商品の差別化戦略も秀逸です。6次化に挑戦する農家が増えた昨今、農家自身が手掛けるジェラート屋は目新しいかといわれば、そうではありません。しかし、オープン当初の2013年頃は、地方のジェラート店といえば、酪農家が自前の新鮮なミルクを売りにするのが定番でした。
そこでキミノーカでは「農家が自ら栽培した野菜や果物をベースにする」という独自のアプローチを採用。「素材を自前で用意するという手法は他店には容易に模倣できません。真似したとしても、各農家によって生産品目や生産地が違っていれば差別化にも繋がります」これにより、陳腐化しにくい強みを生み出したのです。
ショーケースの商品展開にも工夫が凝らされています。常に多種多様なフレーバーが12種類並びますが、「誰もが安心できる無難な定番フレーバー」「キミノーカならではの少し攻めた珍しいフレーバー」「その中間のフレーバー」がそれぞれ3分の1ずつになるよう計算されています。冒険したい人も、連れられて来た無難な味を好む人も、全員が満足できる選択肢を提供しているのです。

夏のメニュー表

冬のメニュー表
「不安から感動へ」の起伏が口コミを生む
さらに、立地そのもののハンデを逆手にとった「体験価値」の創出が集客の大きな武器となっています。
「こんな山奥に本当にお店があるのだろうか、と不安になりながら細い道を抜けると、突然おしゃれな店舗が現れる。その瞬間にテンションが一段階上がります。そして、野菜のジェラートなんて美味しいのか?という懸念を持ちながら一口食べ、予想外の美味しさに感動し、二段階目のテンションのピークを迎える。この『不安から驚き、そして感動』という起伏に富んだ体験こそが、誰かに共有したいという強烈な動機となり、SNSでの拡散を生んでいるのです」
店舗空間も「経年劣化」するのではなく、時間とともに「熟成」していくことを意図して設計されました。木やコンクリートといった素材感を大切にし、周囲の自然環境と調和するよう配慮。開業時に植えられた木々は年月を経て立派なシンボルツリーへと成長し、春には花を咲かせるなど、訪れるたびに小さな変化と季節の移ろいを感じられる空間となっています。

キミノーカが点在する周辺の風景
変化する顧客層への柔軟な対応
ターゲット設定とその変遷に対する柔軟な対応も、キミノーカの強みです。開業当初は、宇城さんと同世代の30代〜40代の子育て世代をメインターゲットに想定していました。
しかし近年、物価高騰やインフレ、子どもの習い事費用の増加などにより、ファミリー層の家計に余裕がなくなり、客足が遠のくという現象が起きました。
「ここ数年で、ファミリー層は本当に動けなくなっています。でも、そこに無理に固執して呼び戻すようなことはしません。今は、目的意識を持って訪れるカップル層や、純粋にジェラートを楽しみに来る個人のニーズへと自然にシフトしています。ファミリー層が減ったことでピークが平準化されるため、かえって人員配置などの経営効率は良くなっているんです
」と宇城さんは語ります。
こうした魅力により、キミノーカは単なる一店舗にとどまらず、紀美野町における「観光のハブ」としての役割を担うようになりました。一般的な飲食店が席数によるキャパシティの限界を抱えるのに対し、テイクアウト主体のキミノーカは1日に最大800人を受け入れることが可能です。
「一般的にその目的地に2つ以上の訪れたい場所があれば人は来るといいます。紀美野町には、『のかみふれあい公園』という人気の公園があり、ジェラート屋はテイクアウトのお店になるので、『行けば確実に楽しめる目的地』としてキミノーカが機能します」
結果として、訪れた人々が町内のパン屋やカフェにも立ち寄るという、地域全体を巻き込んだポジティブな経済の循環を生み出しているのです。
不確実な未来を生き抜く。リスクコントロールと「筋肉質な経営」
宇城さんの視線は常に「不確実な未来」へと向けられています。現在の不安定な経済状況や急激なインフレ、そして何より最低賃金の引き上げに伴う深刻な人件費の高騰に対して、強い警戒感を抱いているといいます。
「人件費の年率数パーセントの賃上げが続けば、10年後には労働コストが倍増します。この状況下において、いかにして『確実に出血(キャッシュアウト)するもの』を抑えるかが、今後の経営の生命線となります」
2022年に行った大規模な設備投資は、まさにこの未来への布石でした。人間と違い、機械は文句を言わず、突然辞めることもありません。初期投資は大きくとも、長期的な人件費の削減と生産性の向上を天秤にかけ、徹底的な機械化と効率化を図ることで、どのような経済の波が来ても生き残れる「筋肉質で持久力のある経営体制」を構築しているといいます。
そして、この生産基盤を背景に、今後は新たな収益の柱として「卸売り(バルク販売)」事業の拡大を見据えます。
現在、飲食業界全体が人手不足と設備投資コストの高騰に苦しんでおり、自店舗で高品質なデザートを製造することが困難になりつつあります。一方で、外注をするにしても大手OEM業者のような大きいところでは最小ロットが大きく、冷凍庫のキャパシティが限られる一般的な飲食店では対応しきれません。そこで、キミノーカが導入した設備は、こうした外部からのOEMや卸売りの需要に応える十分なキャパシティを持ちつつも、小ロットから対応できる機能を持っています。店舗での販売業務と並行し、スタッフの手が空いた時間帯に卸用のジェラートを計画的に製造・ストックすることで、人件費を無駄なくフラットに稼働させながら収益を最大化できるという、極めて合理的な仕組みです。
実際、営業をかけずとも、「農家が作る本格ジェラート」というブランド力により、全国のカフェや飲食店から自然と引き合いが来る状況が生まれています。

取材を受けてくださる宇城さん
「世の中の大きなうねりの中で、何が起きるかを正確に予測することはできません。だからこそ、常に予測は外れるかもしれないと疑い、最悪の事態が起きても致命傷にならないラインで準備をしておく。嵐が過ぎ去るまではしっかりと身を屈めて体力を温存し、生き延びることが最優先です」
常に悲観的に準備し、楽観的に行動する。宇城さんの冷徹なまでのビジネスマインドと、農業への情熱が融合したキミノーカの経営戦略は、これからも不確実な時代を力強く生き抜き、山奥の小さな町から全国に向けて唯一無二の価値を発信し続けていくことでしょう。
取材協力
キミノーカ
















