100年続く老舗種苗店の危機。「仕入れ販売」からの脱却
三重県四日市市に店舗を構える「株式会社種兵」は、1911年(明治44年)に創業し、100年以上の歴史を持つ老舗の種苗店です。主にプロ用の種子や苗、家庭菜園・ガーデニング用品を販売し、長年地元の農家や家庭菜園を楽しむ人々に親しまれてきました。しかし、時代とともに店舗周辺の都市化が進み、かつては畑だった場所が次々と住宅地や商業施設へと姿を変えていきました。
「昔は野菜を作る農家さんが多く、種や苗がよく売れました。しかし、住宅街では需要がなくなってきており、家庭菜園をしているお客さんでも、プランターで1つか2つ苗を買う程度です。このままでは売上が右肩下がりになるのは目に見えていました」。種兵の4代目であり、現在は代表取締役を務める半策さんは当時をこう振り返ります。
種苗店の仕事は、種苗メーカーから種を苗農家から苗を仕入れて販売するのが一般的です。しかし、半策さんは単に仕入れて売るだけのビジネスモデルに限界を感じていました。「何か新しいことをしなければいけない」。その危機感から、半策さんは仕入れ販売だけでなく、自ら生産側である「川上」へと踏み込み、高品質な苗を自社で生産する育苗事業をスタートさせることを決意したのです。
自ら苗を生産するだけでなく、農業の楽しさを直接体験してもらう場として、貸農園「種兵マイファーム」の運営も開始しました。道具や肥料がすべて揃い、手ぶらで「自産自消」を体験できるこの農園は、畑や道具がない初心者でも気軽に農業に触れられる場として、地域の人々に新たな価値を提供しています。

種兵が運営する園芸店「たね兵」
あえて一般企業へ。武器は営業で培った「社会人の常識」
種苗店の4代目として生まれ育った半策さんですが、はじめから家業に入ったわけではありません。小学校の頃から四日市市のクラブチームでラグビーを始め、高校、大学、そして社会人に至るまで、第一線で競技に打ち込んできました。
大学卒業後は、ラグビーの強豪である豊田通商に入社。部活動と並行して、営業マンとしてのキャリアを積みました。
あえて一度社会に出た理由について、半策さんはこう語ります。「農業界は閉鎖的で、一般社会の常識から見ると『そんなことしないだろう』と思うようなルーズな部分が多々あります。例えば、注文した苗が期日になっても届かず、連絡すらない。社会人として当たり前の挨拶や見積もり、工程管理、そして社内調整といったスキルを身につけた状態で農業界に入れば、それだけで周りよりも一歩先に行けるという持論がありました」
社会人として営業やクレーム対応、複雑な社内調整を経験し、ビジネスパーソンとしての基礎を徹底的に叩き込んだ半策さんは、20代後半で家業に戻る決意をします。しかし、すぐに実家へ戻るのではなく、将来的に苗農家になるべく、まずは埼玉県の苗屋へ修行に出ました。そこでは、アルバイト代だけでは生活出来るほどの収入を得られなかったこともあり、セリやノビルといった野草やヘビやザリガニを捕獲し食べながら、花の苗づくりのノウハウを学んだといいます。
そして約1年間の修行を経て実家に戻り、2016年の法人化と同時に、自らの手で苗を作る「育苗事業」を本格的にスタートさせます。「種兵ファームズ」という個人事業主の枠組みも活用しながら、資金調達や設備投資を柔軟に行い、老舗種苗店の新たな挑戦が幕を開けました。

同社で作られる苗。色で品種が分かるように分けられている
「成功体験」を届ける苗づくり。独学の接ぎ木と閑散期対策
ホームセンターの苗との差別化
半策さんが自ら苗を作り始めた最大の理由は、既存の市場流通する苗の品質に対する「不満」でした。
「昔はがっしりした良い苗が多かったのですが、ホームセンターなど量販店の影響力が強くなるにつれ、苗の品質が変わってしまいました。量販店は長期間の管理が必要なため、最初は小さくて若い苗を好みます。さらに、運搬用の台車に多く載せるために背丈の低い苗が求められ、結果として根が十分に張っていないひょろっとした苗が市場に出回るようになりました」
種苗店として、購入してくれたお客様には「よくできた!」という成功体験を積んでほしい。そのために、半策さんは自社のハウスで、ゆったりとした間隔をあけて育てる「スペーシング」を徹底し、しっかりと根の張った質の高い苗づくりにこだわりました。また、使用する培土にもこだわり、数種類の原料と特殊被覆肥料をブレンドすることで、植え付け後も長く肥料効果が続く独自の土を使用しています。
育苗の要となる水やりも、苗の顔を見ながら手作業で行うなど、手間暇を惜しまない徹底した管理を行っています。
YouTubeで習得した「接ぎ木」
しかし、育苗事業は立ち上げ当初から順風満帆だったわけではありません。最初の壁は「接ぎ木」でした。当初は接ぎ木された苗を仕入れ、大きく育ててから販売をしていましたが、種から育てる苗に比べ、仕入れコストが高く、売れ残った際のロスが大きいため、1年目の利益は借金返済で消えてしまうほどでした。
「これではダメだ。利益率を上げるためには、自分で接ぎ木をするしかない」
接ぎ木の経験は全くありませんでしたが、YouTubeでやり方を調べ、見よう見まねで独学で習得。最初は注文を取りすぎてしまい、夜通し24時間耐久で接ぎ木作業をこなしたこともあったといいます。その甲斐あって、接ぎ木苗の自社生産に成功し、利益率を大幅に改善することができました。

半策さんが作る接ぎ木苗
委託生産とラディッシュで閑散期を克服
次なる課題は「季節による売上の波」です。春は農家はもちろん家庭菜園向けとしても夏野菜の苗が飛ぶように売れますが、秋は家庭菜園の需要がガクッと落ちます。夏野菜の1つの苗からいくつも収穫できるのに比べ、キャベツやブロッコリーは1つの苗から1つしか収穫出来ないことから、「1ポット70円前後する苗を買って育てるより、スーパーで100円で野菜を買った方が安い」と考える消費者が多いためです。
この秋の閑散期を埋めるため、半策さんは種苗メーカーの紹介で、香川県のJAからブロッコリー苗(セルトレイ)の委託生産を受注。三重県から四国への出荷という一見非効率な物流ですが、地元に苗を作れる農家が減少していたこと、そして半策さんの生産技術が高く評価されたことが決め手となったといいます。これにより、10トントラックで年間セルトレーで約1万5000枚(本数で言うと約300万本)もの苗を安定して出荷できるようになりました。
さらに、パート従業員の通年雇用を維持するための工夫も凝らしています。育苗ハウスの空きスペースや冬の閑散期を活用し、セルトレイを使った「二十日日大根(ラディッシュ)」の生産を行います。生産したラディッシュはスーパマーケット向けに青果として通年出荷しており、繁忙期と閑散期で生産量を調整することで、雇用の維持を実現しています。

出荷直前のラディッシュ
常識を疑う栽培理論。「種の充実度」の重要性
半策さんの技術的探求はとどまることを知りません。農業界で「常識」とされている栽培理論に常に疑問を投げかけています。
「例えば『水や肥料が多いから徒長(茎が間延びして細く弱くなること)する』とよく言われますが、深く研究していくと、本当の原因はそこではないことが分かってきました」
自らの研究と観察に基づき、温度管理や光の当て方、そして何より「種の充実度」の重要性を説き、論理的かつ科学的なアプローチで育苗技術を確立しています。
苗栽培についてはYouTubeで解説してるので、気になる方は見てみてください。

定番以外の品目の苗も作られている
YouTubeからコンサルへ。「情報の解放」が描く農業の未来
育苗事業の基盤が安定してきた頃、半策さんは新たな挑戦としてYouTubeチャンネル「種兵チャンネル」を開設しました。自らの知識を凝縮し、事前に台本を用意して制作された渾身の動画は、瞬く間に反響を呼び、10本の動画を投稿しただけで収益化の条件である登録者1000人をクリア。現在では登録者数2万6000人を超える人気チャンネルに成長しました。
しかし、育苗というニッチなジャンルゆえに、莫大な再生回数を稼いで広告収入だけで利益を上げるのには限界がありました。そこで半策さんが次に着手したのが、「オンライン育苗コーチング(コンサルティング)」です。
「動画を見て感動してくださる方は多いのですが、実際に自分のハウスでどう適用すればいいか分からないという声が多数ありました。そこで、LINEなどを通じて全国の農家さんや家庭菜園の方と繋がり、画像や動画、電話をしながら『温度が高すぎます』『この状態なら水は上から2cmだけ濡らすように』と個別の状況に合わせた具体的なアドバイスを行うサービスを始めました」
受講生の中には、これまで自己採点0点や30点だった苗が100点の苗になり、収量や品質が劇的に向上して売上が何十万円もアップしたという農家も少なくないといいます。このコンサルティング事業により、物理的なハウスの面積や季節の波に縛られない、全く新しい収益モデルの構築に成功しました。
半策さんの最終的な目標は、農業界における「情報の解放」です。農業界では、独自の技術やノウハウを隠し、市場を独占しようとする傾向が強くあります。しかし、半策さんはYouTubeや同業者向けの講演会などで、自らの技術や経営のノウハウを惜しげもなく公開するようにしているといいます。
「技術を公開してライバルが増えることは、全く恐れていません。むしろ、育苗コンサルタントを名乗る人が増え、『育苗はお金を払って学ぶ価値があるスキルだ』という認識が、英会話教室のように一般化してほしいですね」

取材時の半策さん
技術を公開して農家のレベルが上がり、儲かる農家が増えれば、彼らはさらに規模を拡大し、結果として種や苗の需要、ひいては業界全体の市場が広がっていく。情報を独占して目先の利益を追うのではなく、情報を解放することで潜在的な需要を顕在化させ、パイそのものを大きくする。半策さんは自らの手で切り拓き続けています。老舗種苗店の4代目が描く未来は、日本の農業界全体を豊かにするための壮大な挑戦の途上にあるのです。
取材協力
株式会社種兵
















