西日本屈指の規模で行う業務用野菜栽培
岡山県の南西部に位置し、瀬戸内海の温暖な気候に恵まれた笠岡市。ここに広がる「笠岡湾干拓地」で、約145ヘクタールという広大な農地を管理し、タマネギとキャベツの大規模生産を行っているのが有限会社エーアンドエスだ。圃場の1枚あたりの面積は最大で約10ヘクタールと、本州でありながら北海道にも匹敵する広大さを誇る。
年間の生産量はタマネギが約4000トン(約80ヘクタール)、キャベツが約3500トン(約60ヘクタール)にのぼり、その全てが食品メーカーや外食チェーンなどの加工・業務用向けとして出荷されている。

10ヘクタールにも及ぶ畑が何枚もある
同社の設立は2003年。現会長である山本晃(やまもと・あきら)さんが立ち上げた。
「元々、ここは田んぼとして作られる予定の干拓地だったんですが、米が余る時代になり、市や県の方針で野菜にしてほしいという要望があり、畑作に切り替わったという経緯があります」と能海さんは語る。設立当初はわずか2ヘクタールの農地からスタート。当初はスーパー向けの契約で、かぼちゃの栽培や種苗の販売を行っていたという。
しかし、かぼちゃはスイカやメロンと同じように手がかかる一方で、1個あたりの単価が安かったり、重量野菜で作業性が悪かったりと経営的に採算が合わないという課題に直面する。そこで設立から10年ほど経った2010年代半ばから目を向けたのが、日本で最も輸入量が多い野菜であるタマネギとキャベツだった。
「日本のタマネギ輸入量は年間約30万トンにも上り、大半を占めています。当時の会長には『自分が安全なものを食べたい』という思いと、『輸入野菜を国産化し、お客さんのためになる加工事業をしたい』という強い思いがありました」
こうして同社は、国内の農家と競合するのではなく、輸入野菜をターゲットとした業務用・加工用のタマネギとキャベツの生産へと大きく舵を切ることに。離農する畜産農家や畑作農家から農地を引き継ぐ形で拡大を続け、2024年度の売上高は約7億円に上り、従業員数は90人を抱えるなど、西日本屈指の規模にまで目覚ましい成長を遂げました。
コロナ禍が突きつけた現実と、一次加工・直販強化への大転換
順調に規模を拡大していたエーアンドエスだが、大きな転機が訪れる。それは2020年の新型コロナウイルスの感染拡大だった。能海さんが入社したまさにそのタイミングだったという。
コロナ以前、同社の出荷は農協を中心とした従来の流通ルートに大きく依存していた。しかし、コロナ禍に入った最初の春、外食産業の休業などで業務用需要が激減するという未曾有の事態が発生する。行き場を失った大量の野菜を前に、これまでの体制だけでは収穫した全量を売り切ることが極めて困難になってしまったのだ。
「入社して1ヶ月で、売り先の見つからない玉ねぎをトラクターで土にすき込むことになりました。『一つ失敗するとこうなるんだ』と、厳しい現実を知った状態でのスタートでした」と能海さんは当時を振り返る。
もちろん、過去の集中豪雨による被害の際やコロナ禍において、JAは冷蔵施設の確保や支払いの調整など、資金繰りや資材調達の面で多大なサポートをしてくれた。現在でもこうした協力関係は続いているが、この苦い経験を通じて同社は「自社でも売る力をつけ、リスクを分散しなければならない」と痛感することになったという。
一方で、輸入の一次加工野菜は止まることなく輸入され続けていた。それに対して、同社は、安価な中国産加工野菜に対抗すべく、「自社での一次加工(皮むきタマネギや芯抜きキャベツ)」と「実需者への直販強化」へと舵を切るため、工場の新設を決め、2022年に設立。
現在、生産量の約3分の1は自社で加工し、残りの3分の2は加工会社などへ直接販売している。今では直接やり取りする加工業者も増え、単価も以前より向上するなど、ピンチを乗り越えた大転換は同社に確固たる経営基盤をもたらした。

新設した一次加工工場
岡山特有の「風」を生かした乾燥と、アナログかつ確実な自社物流システム
業務用野菜の取引において、実需者からは「年間を通して安定して欲しい」という要望が絶えない。
その声に応えるため、同社は2023年に高さ8メートルにも及ぶ大型の冷蔵庫を3台新設した。タマネギなら800トン、キャベツなら600トンを貯蔵でき、最長でタマネギは8ヶ月、キャベツは2ヶ月品質を保つことが可能になった。

エーアンドエスの皮むきタマネギ
また、タマネギの長期貯蔵において極めて重要なのが収穫時の「乾燥」だ。岡山という晴天の多い気候を活かし、同社では以下の手法を用いている。
「畑の中で根切りをして土から少し浮かせた状態にし、雨の降らないタイミングを狙って日に当てて乾燥させます。さらに、収穫後も鉄コンテナに入れて冷蔵庫に併設した風通りの良い広い軒下があるので、笠岡湾干拓地特有の強い風に晒してしっかり乾燥させます」
さらに、梅雨時期の長雨を避けるため、晩生種の栽培を辞め、早生種や中手種へと切り替え、6月までに一気に収穫して冷蔵庫や軒下へ格納するスタイルを確立。これにより、長雨による品質低下を防ぎながら、冷蔵庫を活用した貯蔵によって北海道産がメインとなる秋口以降でも、国産タマネギを安定して供給できる体制を整えているという。
さらに物流の面でも工夫が光る。加工・業務用で多用される「鉄コンテナ」は、段ボールと異なり回収が必須となる。同社は大型免許を持つ社員を複数抱え、自社トラックで配送とコンテナ回収を完結させている。
「アナログですが、コンテナにナンバーを振って確実に管理しています。自社便での配送は、取引先との直接的なコミュニケーションを生む貴重な接点にもなっています」

新設した大型冷蔵庫

冷蔵庫前の軒下はかなり広く設計
平均年齢20代。若手が躍動し経営を学ぶ「グループ会社」という仕組み
エーアンドエスのもう一つの大きな特徴が、社員の約7割を20代が占めるという圧倒的な若さだ。27歳の能海さんも、すでに役員として経営の一翼を担っている。
「若い人たちが多く入社してきてくれる中で、彼らをどう育成し、将来性を感じてもらうかが課題でした」
そこで同社が取った手法が、「実務で会社経営を学べる子会社の設立」だった。エーアンドエスとは別に、「株式会社備中しお風ファーム」というグループ会社を設立。現在、備中しお風ファームの社長を務める藤井さんは26歳と若手だ。
「OJT的な考え方ですが、実務で若い人たちが回せるように会社を1個作りました。生産技術だけでなく、肥料の管理や行政とのやり取りなど、経営を丸ごと独自でやらせています。それによって、社員たちが自分たちで考え、会社を経営していく力を養っています」
能海さんも、備中しお風ファームで社長を務めたのち、エーアンドエスに戻り役員を務めている。
現在、エーアンドエスの代表取締役社長を務める大平貴之さんは創業者である山本さんと血縁関係はない。そこからも分かるように、同社は血縁にこだわらず、「会社を存続させるために、どんどん次の代へ回していく」という経営姿勢が、組織の若返りと活力を生み出しているのだ。

エーアンドエスと備中しお風ファームは収穫など共同で行われる作業も
スマート農業とマニュアル化。「職人の勘」を「誰でもできる仕組み」へ
20代中心の若い組織が、145ヘクタールという広大な農地を破綻なく管理できている背景には、徹底したスマート農業の導入と「標準化」へのこだわりがある。
「若い世代はタブレットやスマートフォンの操作に抵抗がありません。デジタルツールを使いこなす能力は、今の農業現場において大きな強みになります」
同社では、自動操舵システムやロボットトラクターなどのスマート農機をいち早く現場に投入した。特筆すべきは、その運用方法だ。「ロボットトラクター(無人機)と有人トラクターの2台を連携させることで、経験の浅い1〜2年目の若手でも、ベテランと遜色ない、あるいはそれ以上の精度で作業ができるようになりました。1人あたりの仕事量は従来の1.5〜1.8倍にまで向上しています」。
自動直進・旋回機能によって「真っ直ぐ走る」という精神的負担から解放されたオペレーターは、その分、土の状態や苗の様子を観察することに集中できる。ロボットが耕起を担い、その後を有人機が整地で追うといった効率的な連携プレーが、同社では日常の風景となっている。
また、属人的になりがちな「職人技」を標準化する取り組みも進んでいる。その象徴が、キャベツの育苗に導入した「底面給水システム」だ。滋賀県の先進事例を参考に、トレイの底面から均一に給水する仕組みを構築したことで、誰が担当しても生育のムラがない高品質な苗を安定して作れるようになった。
現在はさらに一歩進み、日々の作業手順のKPI化や、動画・図解を用いたマニュアル作成に注力している。
「同社で最も技術力が高いのはずっと現場にいた大平社長です。しかし、最近は社長業も多く、現場に出るのが難しくなりつつあります。そこで大平社長が個人で発揮する100点の技術を、いかにして『誰でも再現できる80点』の仕組みとして落とし込み、継続させていくか。これが私たちの課題です」
産地間の課題を解決する「コントラクター事業」の一石三鳥
エーアンドエスの挑戦は自社の圃場だけにとどまらない。昨年から新たに、ドローンや収穫機などの機械とスタッフを連れ、群馬や長野、さらには北海道まで赴き、他の農家の収穫や定植、防除作業を手伝う「コントラクター事業(農作業受託事業)」をスタートさせた。
この事業の背景には、同社のキャベツの生産サイクルがある。「笠岡の気候では、どうしても8〜10月の間は自社のキャベツが収穫できない端境期になります。しかし、一次加工の工場は通年で動かしたい。そこで、この時期に収穫期を迎える長野や群馬、北海道などの産地へ出向き、作業を手伝いながら、自社の加工用キャベツを仕入れるという仕組みを作りました」
この取り組みには、以下の「一石三鳥」のメリットがあるという。
労働力の提供:人手不足に悩む他産地の収穫・防除を支援する。
スキルアップ:自社の若手スタッフが大規模産地で実務経験を積み、技術を磨く。
原料の安定確保:自ら作業を手伝うことで品質を直接確認し、加工用の原料として仕入れる。

当日、圃場の説明や会社の説明をしてくださった能海さん
反収アップと持続可能な農業へ
設立から20年余り、圧倒的なスピードで成長と変革を遂げてきたエーアンドエスだが、その視線はすでに次なるステージを見据えている。
「面積の拡大については、笠岡湾干拓地内の農地も空きが少なくなり、ここ数年は落ち着いてきています。だからこそ、今後は『反収(面積あたりの収穫量)の向上』と『品質の追求』に、よりいっそう舵を切りたいと考えています」と能海さんは力を込める。
現在、タマネギの反収は5〜5.5トン程度。これをいかにして6トンまで引き上げるかが今後の鍵となる。「10アールあたり0.5トン上がるだけで、全農地を合わせれば500トンもの収穫量の差が生まれます。土づくりや肥料の成分、水やりのタイミングなど、もう一度原点に立ち返って栽培技術を極めていきたい。特に近年の猛暑は深刻で、9月末まで気温が高い日も珍しくありません。干拓地の豊かな農業用水を活かしたスプリンクラーの活用や、環境の変化に耐えうる品種の選定など、理想の野菜づくりを徹底して追求します」
また、昨今の肥料や資材、物流費、そして人件費の高騰は、農業経営において無視できない課題だ。しかし、同社は単なるコスト削減に走るのではなく、あくまで「価値」で勝負する姿勢を崩さない。「コスト高を理由に品質を下げるのではなく、私たちが努力して付加価値を高め、お客さまにも納得していただける『適正価格』での販売を継続する。それが自分たちの経営を守り、持続可能な農業を実現する道だと信じています」
最近では、こうした加工用野菜への取り組みをより広く発信するため、自社ホームページの全面リニューアルも行った。
コロナ禍という未曾有の事態をきっかけに、一次加工と直販という新たな武器を手にした同社。若手社員たちの柔軟な発想と、スマート農業を駆使した技術の追求で、ピンチをチャンスに変えてきた。「輸入野菜を国産に置き換える」という壮大な目標に向かい、笠岡湾干拓地から始まる彼らの挑戦は、これからも止まることはない。
取材協力
有限会社エーアンドエス











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