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観光客ゼロの町に奇跡を起こした「1個100円の卵」。年間36万人を集める牧場の非常識な挑戦

鈴木 雄人

ライター:

観光客ゼロの町に奇跡を起こした「1個100円の卵」。年間36万人を集める牧場の非常識な挑戦

鳥取駅から車で30分、田園や山々の風景が続く鳥取県八頭町。いわゆる「辺鄙な立地」でありながら、年間約36万人もの人が訪れる食のテーマパークがある。有限会社ひよこカンパニーが運営する「大江ノ郷自然牧場(大江ノ郷リゾート)」だ。主力商品は、1個100円の平飼い卵「天美卵」。創業以来、卸売を一切行わずに直販を貫き、現在ではスイーツ店から食の複合施設、廃校を活用した宿泊施設まで多角的に展開する。失敗を恐れず「とりあえず世に出して改善を繰り返す」という同社代表取締役の小原利一郎(おはら・りいちろう)さんの経営哲学は、同社を大きく飛躍させた。地方の可能性を信じ、地域と共生しながら歩み続ける同社の軌跡に迫る。

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観光客0人だった町に、年間36万人以上訪れる場所を作った農業法人

鳥取県八頭町大江地区にある「大江ノ郷自然牧場」。代表の小原さんが1994年に立ち上げた平飼い養鶏業を原点としており、現在は養鶏業の他にも、下記のように多岐にわたる事業を展開している。

 

通信販売事業:自社ブランド卵「天美卵」や卵を使用した加工商品などのインターネットやカタログ等による通信販売

食品製造・調理:牧場スイーツ・パン等の自社加工食品・地元特産品の製造

飲食店営業:直売所兼牧場スイーツ専門店のカフェ「ココガーデン」や食と農を楽しむ複合型施設「大江ノ郷ヴィレッジ」などの店舗運営

宿泊業:廃校をリノベーションした宿泊施設「OOE VALLEY STAY」の運営

 

 

「大江ノ郷リゾート」が位置する県道の先は行き止まりで、地元の人や特別な用事がある人しか通らないような山奥に位置している。このため、地域への観光客は0人という状況が続いてきた。ところが「大江ノ郷リゾート」の誕生により、状況は一変する。休日ともなれば県外からの客が殺到し、パンケーキを求めて数時間待ちの行列ができるなど、今や県内外から人々を惹きつける、地域屈指の観光スポットへと変貌を遂げたのだ。

食と農を楽しむ複合型施設「大江ノ郷ヴィレッジ」

「自分の卵の価値は自分で決める」。1個100円の常識破りな価格設定と直販への挑戦

大江ノ郷自然牧場の原点である「天美卵」は、1個100円という価格設定で知られる。スーパーで売られる一般的な卵の価格が1個10円程度であった時代に、なぜこれほどの高価格を設定し、しかも売れ続けるブランドに育て上げることができたのか。

その理由は、小原さんの養鶏に対する強い疑問と、品質への徹底したこだわりにあった。小原さんはもともと、全国的にも規模の大きい養鶏場を営む父親のもとで働いていた。そこでは13万羽もの鶏をケージ飼いで飼育しており、餌やりなども機械化されていた。

「当時、私がやっていたのは機械のメンテナンスばかりで、鶏を飼っている気がしませんでした。そんなある日、鶏舎から脱走した鶏が地面を歩き、土をついばむ自然な姿を見た時に、本来の鶏の姿を見た気がしました」

効率を追求するケージ飼いが主流の業界において、コストのかかる平飼いをする生産者は少数派である。養鶏業を営む父からも理解を得られず、小原さんは一時期、会社を辞めてひな鶏の販売会社へ転職していた。しかし、その営業先で人生を変える出会いを果たす。規模を追わずに少ない鶏を平飼いし、質の高い卵に自ら価格をつけて直販している農家たちの姿だった。

「どこも経営状態が良くて、すごく自由な感じがした」というその姿に、自分にも出来るのではないかと夢を描いていった小原さん。営業先の農家に相談すると、「君ならできるよ」と背中を押された。これを機に、1994年、29歳の時に1,200万円の借金をして八頭町大江地区の土地を借り、2,000羽の鶏とともに朝採れの新鮮卵だけを扱う「大江ノ郷自然牧場」をスタートした。

養鶏場の様子

「父の下で働いていた頃から、市場の構造には疑問がありました。どんなに良い飼料を使って手をかけても、農協や問屋に持っていけば1キロいくらで安く買いたたかれてしまう。それなら、自分の卵の価値は自分で決めようと思ったのです」

国産のトウモロコシや魚粉など20種類以上の天然飼料だけを与え、徹底的に品質にこだわった「天美卵」。逆算して1個100円という価格をつけたものの、当然ながら最初は全く売れなかった。借金返済のために夜はホテルでアルバイトをする日々が続いた。なんとかしようと広告を出したりしたものの、注文はわずか10件。それでも創業以来、同社は市場やスーパーへの卸売を一切行っていない。「一度その枠組みに入れば抜け出せなくなる」という危機感があったからだ。

そこで小原さんは、「捨てるくらいなら」と近隣に無料で卵を配り歩くなど、足で稼ぐ営業活動を地道に行った。それが転機となり、「美味しい」と驚いた人々が口コミを広げ、徐々にリピーターが増えていったのだ。

2年目にはアルバイトを辞めても生活できるほどにファンが付いた。創業から5年目には有名雑誌の特集に掲載され、それを機に全国から1日100件の注文が殺到する大ヒット商品へと成長した。

ブランド卵「天美卵」

「とりあえず世に出す」組織文化が生み出した六次産業化と、強固なEC網

完璧を求めない商品開発と、現場スタッフの大抜擢

通信販売が軌道に乗り始めた頃、小原さんには「お客様が直接来てくれる場所を作りたい」という次なる目標があった。当初は観光牧場を計画したが、2004年の鳥インフルエンザ発生により頓挫。方針を転換し、2008年に小さなカフェを併設した牧場スイーツ専門店「ココガーデン」をオープンした。

驚くべきは、そのスイーツ開発を担ったのがプロのパティシエではなく、卵の配達を担当していた男性スタッフだったことだ。専門家に任せると「その人が作りたいお菓子」になってしまうと考えた小原さんは、あえて食べることが好きなスタッフに「卵の味が活きるお菓子」の開発を託した。最初はバウムクーヘンも美味しくなかったというが、無添加にこだわりながら現場で試行錯誤を繰り返すうちに、次第に腕を上げていった。

同社の代名詞とも言える大ヒット商品「パンケーキ」の誕生も、この「実践と改善」の賜物だ。原宿の有名パンケーキ店の行列に並んでまで視察した小原さんは、そのボリューム感や見た目のインパクトに集客のヒントを得た。2012年にカフェを拡張してプレオープンを迎えたが、当時は生地がすぐにぺちゃんこになってしまうなど技術が未熟で、客も全く来なかったという。しかし、そこからスタッフが工夫と改良を重ね、数ヶ月後のグランドオープン時には完成度を高め、大行列を生み出すまでの人気商品へと進化させた。

ココガーデンのパンケーキ

「最初から完璧なものは出せません。早く市場に出して、お客様の反応を見ながら現場のスタッフと一緒にブラッシュアップしていくことが大切です」と語る小原さん。

その姿勢は、社内風土にも表れている。試作品は厳しい評価基準をクリアすればスピード感を持って商品化されるが、決して妥協は許されない。点数が基準に達しなければ容赦なく差し戻され、スタッフは何度も試作と改善を繰り返し、その高い壁を乗り越えたものだけが店頭に並ぶ権利を得るのだ。「スピード感」と「執念に近い改良」、この一見相反する要素の両立こそが、同社のブランド価値を支えている。

こうした商品開発や日々の運営において、大きな推進力となっているのが女性スタッフの存在だ。全体の約70%が女性であり、商品開発からデザイン、製造、販売に至るまで、あらゆる部署で女性スタッフが中心となって活躍している。同社には部署を問わず誰でも新商品のアイデアを提案できる風土があり、女性ならではの繊細な目線が活かされたパフェなどのヒット商品も多数生まれている。さらに、毎月のように誕生する新商品のパッケージなども、社内のデザイン部門で内製化することで、スピード感ある商品展開を下支えしているという。

リゾート施設への拡張と、トップ自ら体現する「挑戦」

2016年には、食のテーマパーク「大江ノ郷ヴィレッジ」を建設。さらには、2019年に地域住民の要望に応え、廃校になった小学校を活用した宿泊施設「OOE VALLEY STAY」を開業した。体育館のボルダリング設備や、夜に校庭で出来る焚火など、学校の面影を活かした空間が好評だ。さらに、地元食材をふんだんに使用した囲炉裏料理を楽しむ夕食や、「天美卵」を使用した朝食も人気を集めている。

廃校を活用した宿泊施設「OOE VALLEY STAY」

宿泊施設内にある「ダイニングレストランIRORI」

こうした「とりあえずやってみる、そして改善する」という挑戦の姿勢は、小原さん自身も変わらない。交流人口の拡大など、リゾートとしての次なる展望を描く一方で、60歳を節目に「自分自身の手で何かを作り、社会の役に立つことをしたい」と考え、独学で始めたのがチョコレート作りだ。自ら焙煎機を購入し、試行錯誤の末に「CIEL CRAFT CHOCOLATE TOTTORI」を誕生させるなど、トップ自らが変化と挑戦を楽しむ姿勢こそが、同社の成長を牽引し続けているのだ。

新しく立ち上げたチョコレートブランド「CIEL CRAFT CHOCOLATE TOTTORI」

コロナ禍を救ったEC改革と、未来の経営を支えるオムニチャネル化

大江ノ郷自然牧場が多角的な実店舗展開を成功させ、未曾有のコロナ禍という危機をも乗り越えられた背景には、強力なEC(通信販売)事業の存在があった。

最初は地道な販売から「定期コース」の顧客を開拓し、その後は新聞広告やダイレクトメールを駆使して全国へと販路を広げていった同社。月1回発行する「大江ノ郷だより」というニュースペーパーを商品に同梱し、会社の理念やこだわりを丁寧に伝えることで、強固なファンを築き上げてきた。

インターネットの普及に伴い、2004年には楽天市場に出店し、翌年には自社ECサイトも立ち上げた。しかし、当時の食品EC市場はまだ成熟しておらず、同社の主な顧客層の年齢が高かったこともあり、長らくEC事業は手付かずになっていた。2012年には、煩雑化していた定期コースの受注を効率化する目的でカートシステムを導入したものの、実店舗の業績が好調だったため、本気でECに取り組むには至っていなかったという。

最大の転機となったのが、2020年のコロナ禍である。緊急事態宣言により実店舗やリゾート施設への来客が激減し、一転して厳しい状況に立たされた。そんな中、4月に情報番組で同社の卵が「お取り寄せグルメ」として紹介されると、ECサイトに1日で1000件以上の注文が殺到した。小原さんはこの経験から「これからは絶対にECが必要だ」と痛感したという。

他社の優れたサイトを徹底的に研究。そして、顧客が迷わずに買い物を楽しめるよう、ECサイトの導線設計などを一から学び直し、徹底的なサイト改善を実行した。また、ネット広告についても勉強し、自ら運用をしているという。

もともと紙媒体のカタログ通販などで培っていた顧客基盤と、改善されたECサイトの利便性が相乗効果を生み、EC事業の売上はコロナ前と比べて直近5年で10倍にまで飛躍的に成長した。現在、ECの売上は会社全体の約25%を占めているという。

昔ながらのカタログやDMを通じたアナログな通信販売の売上を含めると、実店舗以上の売上を通信販売事業が支えている状態だ。実店舗での集客が難しい時期でも事業を継続できたのは、まさにこの強固な「通信販売の土台」があったからに他ならない。

さらに2021年には、ECサイトと実店舗の顧客情報やポイントを統合する「オムニチャネル化」にも踏み切った。リゾート施設を訪れた顧客が帰宅後にECで商品をリピート購入し、ECの顧客がいつか牧場を訪れる。リアルとデジタルをシームレスに繋ぐこの仕組みは、「100年続く企業」を目指す同社にとって、未来の安定経営を約束する強力な武器となっている。

大江ノ郷自然牧場のECサイト

辺鄙な立地を強みに変える、これからの農業経営と地域の未来

これほどまでに事業が拡大する中で、気になるのは本業である養鶏業の今後だ。しかし小原さんは、「最初の2000羽に比べ数十倍には拡大したものの、現在の規模からさらに羽数を増やすつもりはありません」と断言する(正式な羽数は非公開)。

「世の中がどう変わっていくかわからない中で、過剰に生産規模を拡大すれば、自分たちだけで売り切れなくなり、結局は市場や問屋に下ろさざるを得なくなります。それは私のやりたいことではありません。現在のサイズ感こそが、鶏としっかりと向き合い、無理なく飼育できるベストな状態なのです」

生産規模は追わない一方で、大江ノ郷リゾートとしての「交流人口」の拡大にはさらに意欲的だ。現在は年間36万人ほどの来訪者を、将来的に鳥取県の人口規模にも匹敵する1.5倍の50万人以上に引き上げたいと意気込む。そのためにも、ただ単に新しい建物を建てるのではなく、豊かな自然環境そのものを生かしたアクティビティやサービスの展開を構想しているという。

1個100円の卵から始まり、変化を恐れずに挑戦と改善を繰り返してきた大江ノ郷自然牧場。その軌跡は、一次産業に従事する多くの人々に、「自分たちの価値は自分で決める」ことの大切さと、地方に眠る無限の可能性を教えてくれている。

取材協力
大江ノ郷自然牧場

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