地域観光は、当たり前の風景をどう魅せるか
江﨑さんが観光の可能性に気づいたのは、家業の旅館「海月(かいげつ)」を継ぎ、女将として、宿泊客を釣り体験へと案内していた1998年頃だった。
「釣り体験だけでなく、漁師さんが勢いよく漁に出ていく姿とか、魚に紛れて網にかかった亀を海に戻す前に見せてくれたとか、そういうものにすごく感動してもらえたんです」自分たちにとっては当たり前の風景。しかし、それが訪れる人にとっては特別な体験になっていた。
「海外に行ったらオプションツアーって当たり前にあるのに、当時の日本にそこういう体験って全然ありませんでした。鳥羽の風景をお客さんに見せたいなって思ったんです」その気づきが事業化への転機となった。

江﨑さんと海島遊民くらぶのメンバー
一方で課題もあった。2001年に「海島遊民くらぶ」を立ち上げ、修学旅行生に釣り体験を提供しようとした。
「久しぶりに竿を持って堤防まで行ったら、魚が全然釣れなくて。『魚どこ行ったん?』って思いましたね」
環境の変化という長期的な問題と、目の前にいる修学旅行生の期待。その両方に向き合う必要があった。そこで江﨑さんは、地域の遊覧船事業者に声をかけ、船で釣り場まで案内する仕組みをつくった。こうした試行錯誤を重ねる中で、江﨑さんの確信はより強まっていく。
「特別なものを新しく作るんじゃなくて、あるものをどう魅せるかなんですよね」

産業が成立してこその観光
江﨑さんが体験プログラムを続ける中で強く実感したのは、「観光は人と文化があってこそ成り立つ」ということだった。
実際に修学旅行では、釣り体験以上に、漁師や島民との何気ない会話や島の散策が印象に残る体験として評判を呼んだ。そのため、島散策と釣り体験を組み合わせ、体験を選べる形にした。しかし、その価値を支えていた前提が少しずつ崩れ始める。島の人口減少や漁師の減少だ。
体験の魅力の中心にあった人がいなければ、同じことはできない。江﨑さんは、観光メニューがあっても、その地域の暮らしや文化が失われれば成立しなくなることを痛感した。「結局、漁業がちゃんと成り立ってないと、地域の文化も人も守れないんですよね」
本来提供したかった、ありのままの漁村体験が、担い手不足によって難しくなっている現実がある。

観光、海業の成功とは何か
江﨑さんは、観光の「成功」の捉え方そのものにも疑問を呈する。
「観光側から見ると、人がたくさん来たことを『成功』って言うんですよ。でも、それを本当に成功と言い切っていいのかは疑問なんです」
例えば、鳥羽の牡蠣は観光によって消費が拡大し、短期的には収入が増えた側面もある。しかしその一方で、食べ放題などの需要に応える中で品質への意識が薄れ、商品価値が下がってしまうケースも見られるという。
「前は一つひとつ丁寧に作らないと評価されなかった。でも、観光で大量に出すようになってから、牡蠣のサイズがどんどん小さくなっていった。それを自然のせいだけにはできないと思うんです」
本来、観光は地域の価値を伝えるための手段であるべきだと江﨑さんは話す。
「観光は、地域をPRするためにやるのがいい。もしそこで質の低いものを提供してしまうのだとしたら、それは結果的にブランディングにはならないと思います」

海女さんが自ら獲った魚介を振る舞う
昨今水産庁が推進する、地域に新しい収益機会を生み出す取り組み「海業(うみぎょう)」についても聞いてみた。
「漁村が豊かになり、経済を下支えできるような、新しい事業や生態系ができることが、海業であって欲しいですね」
重要なのは、外からの消費をただ取り込むことではなく、地域の中で価値が循環する仕組みをつくることだ。
「その地域じゃないと出来ない循環でいいんですよ。都会の循環を持ってくる必要はないし、地域の循環を外に持っていってもしょうがない」
その土地ならではの営みや経済の回り方を活かし、地域の中で完結する価値の流れをつくること。それこそが持続可能な観光のあり方だという。
「漁師の所得を上げるだけがゴールじゃないんです。地域の幸せは地域でつくればいい」
江﨑さんの考える海業の成功とは、単なる集客ではない。地域の資源や文化の価値を守りながら、地域内で経済と暮らしが循環している状態。そこにこそ、本質的な評価軸があるのだ。
















