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慣行農業を上回る単収と安定生産。元オムロンの技術者が挑む「データ活用型有機農業」

鈴木 雄人

ライター:

慣行農業を上回る単収と安定生産。元オムロンの技術者が挑む「データ活用型有機農業」

スーパーの青果コーナーには一年中、形が揃った綺麗な野菜が並んでいます。日本の食を支えてきた慣行農業ですが、近年は化学肥料や農薬が生態系に与える環境負荷が懸念されています。一方、環境負荷をできる限り減らした「有機農業」が国内の農地に占める割合はわずか2023年時点で0.8%ほど。普及が進まない理由の1つには、栽培が難しく「長年の経験」に頼らざるを得ない点があります。そんな状況を打ち破るべく、京都で「データ活用型有機農業」を展開しているのが株式会社オーガニックnicoです。元オムロンの技術者という異色の経歴を持つ代表の中村新(なかむら・あらた)さんは、なぜ40代半ばで農業界に飛び込んだのか。国内で数十軒ほどしか成功していないと言われる有機イチゴの安定栽培をいかにして実現したのかについて、お話を伺いました。

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日本でわずか数十軒?独自の技術で有機イチゴとミニトマトの高収量を実現

京都府京都市西京区大原野に広がる農地。株式会社オーガニックnicoはここで、ミニトマト、ベビーリーフ、そして難易度が極めて高いとされるイチゴの有機栽培を行っています。栽培面積はイチゴが約27アール、ミニトマトが約12アール、ベビーリーフが約10アール。

同社の生産技術の高さは、具体的な数字に表れています。有機栽培は比較的収量が劣るとされがちですが、同社のミニトマトの10アールあたりの収穫量は約11トン。慣行農業の全国平均が8.8トンであることを考えると、それらを大きく上回る生産性を誇っていると言えます。

しかし、有機イチゴの栽培はこれ以上に過酷です。「日本では10軒くらいしか作っていないと聞きます。まだまだ話題に上らない、際物(きわもの)の世界ですよ」と中村さんは語ります。同社は、この「際物の世界」を、誰もが当たり前に語れるような技術として確立することを目指しています。

こうした圧倒的な生産性や「際物の世界」を切り拓く技術的ブレイクスルーを支えているのは、他の農家とは一線を画す特異な組織体制です。
一般的な農業法人の部門は基本的に、生産を行う「現場」のみ。新しい技術やデータの調査などは農業改良普及センターなどの公共の研究機関が行い、一般的に普及をしてから、技術の導入などを進めます。

対するオーガニックnicoは、社内に「アグリサイエンス部門」という研究開発部門を擁しています。社員の経歴を見ると、農学博士が1名、農学部修士が1名、農学技術士が1名、理学部卒が1名、工学部卒が1名と、大半が「研究分野」に関わる経験を持っている人材です。生産を行う現場の人間と、それを科学的に分析・解決する研究者が一体となってPDCAを回すことで、勘や経験だけに頼らない「データ活用型有機農業」を実現しようとしているのです。

オーガニックnicoの看板

大企業での葛藤と父の背中。40代半ばでの新規就農

代表の中村さんは、元々はオムロン株式会社でFA(ファクトリーオートメーション)向けセンサーの研究開発に22年間携わってきたエレクトロニクスエンジニアでした。本人も「大変面白いエンジニア人生だった」と振り返るほど充実した日々でしたが、心の奥底には常に一つの葛藤がありました。それは、大量生産・大量消費社会の一翼を担う商品の開発だけで人生を終えることへの疑問と、「幼い頃から抱いていた地球環境に直接関わる仕事がしたい」という思いでした。

農業の世界へ進む決定的なきっかけとなったのは、農学者であり、名著『生きている土壌』を翻訳するなど後半生を有機農業の普及に尽くした父親の存在です。滋賀県の田舎で育ち、父を手伝って庭でイチゴや野菜を育てたことが中村さんの原体験。幼い頃から太陽光や風力といった自然エネルギーにも強い関心がありましたが、当時は「それでは飯は食えない」とエレクトロニクスエンジニアの道へ進みました。

しかし年齢を重ねるにつれ、父の背中を通じて「有機農業は人間にも地球にも良い」という確信が胸の中で大きくなっていきます。そして、父が人生を懸けても「やりきれなかった部分」を自分が引き継ぎ、自らの手で有機農業の実践から研究、普及までをやり抜くのだと決意を固めたのです。

42歳の時、有機農業の世界でベンチャー企業を立ち上げることを志し、まずは起業のノウハウを学ぶため、東京のレーザー関係のベンチャー企業へ転職。数年間、修行を積み、47歳で長年のサラリーマン生活に別れを告げ、1年間の寮生活で自然農法の研修を受けた後、2007年に京都府南丹市の中山間地域で新規就農を果たしたのです。

現在はハウスでの栽培がメインだが、南丹市の時は露地で多品目を栽培していた中村さん

山奥での奮闘と自宅担保の危機。救いとなった「移転」と「古巣の支援」

新規就農を果たした中村さんですが、そこは典型的な中山間地域。頻発する獣害に加え、水はけの悪い重粘土質の土壌、飛び飛びに点在する農地、そして冬の積雪など、過酷な自然条件が次々と立ちはだかりました。農業経験の少ない中村さんにとって、その壁はあまりに高く、野菜を育てるにも苦労がたえませんでした。

経営に目を向けると、資金繰りに苦労する場面もあったと中村さんは振り返ります。一時は大阪にある自宅を担保にして資金を工面するなど、背水の陣で農業に向き合う時期もあったといいます。さらに、山奥という立地も壁となり、一緒に働いてくれる仲間を募ってもなかなか人が集まらず、一人で黙々と課題と向き合う日々が続きました。

そんな中村さんを救ったのは、偶然の出会いでした。現在の農地がある京都市西京区大原野の大家さんから「農地があるから使わないか」と声をかけられたのです。2010年に株式会社オーガニックnicoを設立し、2013年の秋に大原野へと農地を移転。すると、人が集まらなかった南丹市時代とは打って変わり、中村さんの発信するメッセージに共感した理系の技術者や仲間が次々と集まるようになっていきました。

そして、会社が本格的に軌道に乗るきっかけとなったのが、古巣であるオムロンからの研究開発支援でした。当時、画像認識などのセンシング技術を農業分野に応用しようと考えていたオムロンと、データ活用型有機農業を目指す中村さんのビジョンが見事に合致したのです。

2018年当時、会社全体の売上のうち、約70%をこのオムロンなどからの技術開発の委託金やコンサルティング費が占めており、自らの手で育てた野菜の売上は約30%。当時の同社は「農業法人」というよりも「研究開発中心の組織」として、技術開発に没頭することができたのです。

オーガニックnicoのハウスは、変わった構造により通気性と熱効率が格段に向上

研究開発関連売り上げの縮小と経営危機。「売上比率の逆転」を生んだ決断

しかし、またしても危機的状況が訪れます。5、6年経つうちに技術開発関連の契約が徐々に終了することになり、大きな資金源が絶たれるという事態に直面したのです。

「研究開発の営業活動に力を入れて『研究開発中心』で行くのか、これまでの『研究開発中心』の体制から、自らの手で野菜を作って稼ぐ『生産・販売中心』の事業へと舵を切るのか、ずいぶん悩みましたが、研究開発の大きなプロジェクトは安定的継続的に受注することは困難であるので、『生産・販売中心』の事業へと急ピッチで舵を切ることにしました。」

そこで挑戦したのが、株式投資型クラウドファンディングでした。結果として、1回目で約2,800万円、2回目で約2,400万円と、累計で5,200万円を超える資金調達に成功したのです。これを元手に生産体制を立て直す中で、中村さんは一つの答えに辿り着きます。「利益を出せる生産現場なしの研究開発は、本当の生産技術にならない。大学の研究のようになってしまう」。自らも現場に復帰し、野菜の生産性を高める技術開発に集中する「原点回帰」を果たしたのです。

資金を元手に「生産現場」へと原点回帰を果たしたオーガニックnicoですが、売上を倍増させるまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。

まず手をつけたのが、販売・物流体制の抜本的な見直しです。それまでは自社で物流用の車を2台持ち、細かい直接販売や自社配送まで手掛けていましたが、その経費が大きな負担となっていました。そこで、販売先をBtoBの中間流通業者へと大きくシフトさせ、事業構造をスリム化。さらに、経営を立て直すために希望退職を募るという苦渋の決断も下しました。残された少人数のスタッフで「いかにして同じ生産量、同じ品質を守り抜くか」。現場は試行錯誤を重ねました。

その過酷な状況下でブレイクスルーを果たしたのが、イチゴ栽培の技術革新です。アグリサイエンス部門の技術担当と現場の栽培担当がタッグを組み、課題を一つひとつクリアしていきました。その結果、有機栽培でありながら慣行農法に匹敵する「10アールあたり約4トン」という収穫量を達成し、収穫時期も大幅に延長させることに成功したのです。

一方で、かつて潤沢な資金で研究が行われていたミニトマトの有機栽培については、コスト構造を徹底的に見直しました。「無駄な経費を削ぎ落としつつ、いかに品質を落とさずに量を確保するか」を1年かけて検証し、黒字化の道筋をつけました。同時に、より収益性の高いイチゴへの栽培面積の転換を進めるなど、会社を生き残らせるためのあらゆる手立てを講じました。

こうした努力の結果、売上構造は変化を遂げ、かつて3,000万円だった野菜の生産・販売による売上が、現在の農地規模でのほぼ限界値と言える6,800万円を突破するまでに成長。逆に研究開発の売上が野菜売り上げのおよそ1/3となり、かつての比率を「逆転」したのです。「理想は売上の8割〜9割を野菜生産などの現場基盤で作り、残りの1割〜2割を研究開発やコンサルティングで売り上げていくこと」と中村さんは語ります。

ミニトマトの畑

イチゴ栽培を襲った「うどんこ病」と生態系への回帰

生産中心へと舵を切ったオーガニックnicoの前に立ちはだかった最大の壁が「イチゴ栽培におけるうどんこ病」。一般的には農薬で抑えますが、有機栽培では使えないものばかり。

象徴的だったのが、クリスマス前の冬の出来事。需要期を前にうどんこ病が発生し、出荷ができなくなる危機に陥りました。当時、病害虫対策を担当していた社員は「病気は殺菌してゼロにしなければならない」という思い込みのもと、有機栽培でも使用が認められている「次亜塩素酸水」を3日に1回のペースでハウス内に散布し、ハウス内の病原体をゼロにしようとしたのです。

しかし、事態は思わぬ方向へ向かいます。殺菌水によってハウス内が「無菌状態」になった結果、外部から飛んできたうどんこ病の菌が付着した際、それを阻む他の菌がいないため、かえって爆発的に病気が蔓延してしまったのです。「やればやるほどひどくなる」。環境をコントロールしようとした結果、生態系のバランスを崩し、最悪の事態を招いてしまいました。

絶望的な状況の中、別の担当社員は「無菌にするのではなく、有用菌を撒いて生態系のバランスを整えるという有機農業本来の考え方に戻るべきだ」と提案。納豆菌や乳酸菌などの有用菌を散布し始めると、次第にイチゴの調子が戻っていきました。

さらに、中村さん自らが動き出します。プライドを捨て、知り合いのイチゴ農家に次々と電話をかけ、「うどんこ病をどうしているか」と情報収集を行いました。その中で、有機栽培でも使用できる「硫黄の薫煙剤」が効果的だという情報を手に入れ、試したところ、見事に病気を抑え込むことに成功しました。

これまで2月には病気で作れなくなってしまっていたイチゴの収穫時期が、この生態系を活かすアプローチと情報収集の成果により、6月頃まで大幅に延長できるようになりました。春にはイチゴが余るほど収穫できるようになり、それが新たな事業である「イチゴ狩り」をスタートさせるきっかけにもなったのです。

オーガニックnicoが作る有機いちご

「カン・コツ・経験」を科学し、有機農業シェア25%の未来へ

現場での泥臭い失敗や試行錯誤を、単なる「個人の経験」で終わらせないのがオーガニックnicoの真骨頂です。現場で課題が発生すれば、アグリサイエンス部門の視点を持つスタッフが即座に原因を分析し、解決策を現場で検証するというPDCAサイクルを回します。課題が見えないまま曖昧にやり過ごすのではなく、確実に抽出して言語化・データ化することが同社の最大の強みです。

さらに同社は、現状の成功に満足することなく常に新たな実験と検証を続けています。取材に訪れたハウス内では、ミニトマトの苗とイチゴが同じ空間で栽培されている光景が広がっていました。これは「インタープランティング」と呼ばれる技術で、1作目の栽培期間中に2作目を定植することで、限られた空間を最大限に活かし、収穫時期を長くするための方法です。一般的にはトマト同士で行われることが多いですが、失敗を恐れず、データを武器にPDCAを回せる彼らだからこそ、こうした実験にも踏み込めるのです。

1作目にイチゴを植え、その後にミニトマトを植える

オーガニックnicoの社名には、「日本の有機農業シェアを25%(ニコニコ)にする」という決意が込められています。この目標を達成するためには、自社の農場を拡大するだけでは限界があります。そこで同社は、培ってきたデータ活用型有機農業のノウハウをデータ化し、外部に提供することで有機農業のシェア拡大を見込みます。

「オーガニックnicoとして、日本の有機いちごのトップブランドを目指しています。子供も大人もお年寄りもみんな大好きなイチゴで、『おいしい』『これってどんな品種?はたまた作り方?』『イチゴがオーガニックでできるの??』というところから入っていただき、オーガニック農産物に対する理解や認知が広まっていけばいいなと考えています」と語る中村さん。

研究開発の大口顧客の撤退という危機を乗り越え、自らの手で土を耕し、データを武器に独自のビジネスモデルを築き上げたオーガニックnico。その熱い思いと科学的なアプローチが融合した同社の挑戦は、有機野菜があたりまえに食卓に並ぶ未来への、1つの道しるべとなるはずです。

取材協力
オーガニックnico

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