こちらはただ、ナスの葉っぱにいる虫をどうにかしたいだけなのに、ホームセンターの棚に並ぶ文字列に辟易(へきえき)したことはありませんか。
パッケージは一見、親切そうです。
「これ一本で退治!」「病気と虫に!」「野菜にも使える!」
正しくこれぞ我の求めし一品なりと手にとって裏面の細部を読み込むと、小さい文字が急にその態度を変えます。
農薬はとても便利な、文明の利器です。この道具によって植物の栽培は劇的に改善しました。世界人口を数十億人増やすことに寄与したと言ってもよいくらい便利なものです。世の中に人口をそれだけ増やすほど便利なものがどれくらいあるでしょう。
しかし、裏面の難しい細部を読まずに使うと、農薬は便利な道具ではなくなります。
農薬は怖がりすぎてもいけませんが、信じすぎてもいけません。
農薬は、畑の問題を全部解決してくれる魔法ではありません。相手を見て、分類して、正しく選ぶための道具です。
包丁と同じです。便利ですが、握る場所を間違えたら血が出ます。
この記事では、家庭菜園で初めて農薬を使う人に向けて、最低限ここだけ押さえれば売り場で困らない、という基本を整理します。
そもそも農薬とは何か

農薬という言葉には、かなり強いイメージがあります。なんとなく体に悪そうなもの。
そういう印象を持つ人は多いと思います。
しかし、農薬とは本来、農作物を病害虫や雑草などから守ったり、作物の生育を調整したりするために使われるものです。
殺虫剤や殺菌剤だけではありません。除草剤や植物成長調整剤、誘引剤、忌避剤なども農薬に含まれます。
さらに言えば、天敵昆虫や微生物を利用した生物農薬もあります。
テントウムシを集めて、畑に放ち、アブラムシを食べさせる行為も「農薬散布」の一種です。
つまり、農薬売り場にあるもの全部が、いわゆる「強い化学薬品」というわけではありません。中には、菌、天敵、油、でんぷん、食品由来成分などもあります。
まず見るべきは、対象が「虫」か「病気」か「ダニ」か
農薬を選ぶとき、最初に見るべきことは単純です。
相手は昆虫なのか。病気なのか。ダニ(もしくはナメクジ)なのか。
アブラムシが出たのに殺菌剤を買う。うどんこ病が出たのに殺虫剤をまく。ハダニが出ているのに、ダニの登録がない殺虫剤をまく。
もう慣れた人にとっては鼻で笑うようなことかもしれませんが、この手の間違いは初心者にはかなり多いです。
農薬売り場で目に飛び込んでくる売り文句でまずは手にとってみましょう。「虫退治!」と書かれていれば、少なくとも殺虫剤は入っていますし、「病気にはこれ!」と書いてあれば殺菌剤で間違いありません。強そうな名前の商品はその力強さで効き目をアピールしていますし、あまり強くはないけど安全性の高いものは、「天然」とか「ナチュラル」とかのオーガニックなフレーズが並んでいます。農薬取締法は大変厳しいので、各化学メーカーの担当者たちは、頭をひねって、嘘にならないうたい文句、効果が直感的にイメージできる文言を、一字一句調整してフレーズを決めていることが、よく読むと確かにわかります。
なのでまずはキャッチフレーズから入ってもいいと私は感じています。
あなたの目に飛び込む大きな文字は、その薬の主要な効果を示していることがほとんどです。
大きな文字で手にとって、それから細かな文字を見ていきますが、その見方は以下のフローチャートで確認していきます。詳しくは後半で解説しますので、今読み込む必要はありません。
農薬の選び方チャート

殺虫剤=対象は虫

殺虫剤は、害虫を防除するための農薬です。作物を食べたり、汁を吸ったり、病気を運んだりする虫に使います。
まずは、主な害虫には大きく分けて3種類の昆虫がいるので、この分類を覚えておいてください。
まず鱗翅目(りんしもく)。つまりチョウやガのことです。

例えば、幼虫であるアオムシなどがありますが、アオムシに効くと書いてあれば、同じ鱗翅目であるオオタバコガやアワノメイガなどにも効くこともあるようです。ただし、農薬の効果は害虫の種類によって異なるため、選ぶ際には農薬ラベルの適用害虫を確認するのが確実で安心です。
次に甲虫類やカメムシ。甲虫類はウリハムシやテントウムシダマシなどの硬い殻をもつタイプの昆虫です。

これらは比較的大きめの昆虫なのである程度強い薬でしか殺虫できません。いくら殺虫剤をかけても害虫被害が止まらないという人は、これらの虫が登録されている農薬を選択してみましょう。
最後がとても小さな昆虫。アブラムシ、アザミウマ、コナジラミなどです。
これらは小さくて世代交代も早く、進化が早いため、農薬の成分をすでに克服している、つまりまったく効かない集団が形成されやすい群になります。
ずっと同じ薬をかけていると効かなくなります。自分が初めて使う農薬でも、近所の菜園者や農家が使い続けていて、もう効かない。なんてことも結構あります。
ただし、ここで一つ注意点があります。
ダニは昆虫ではありません。昆虫は基本的に、脚が6本です。ハダニなどのダニ類は、クモに近い仲間で、基本的に脚が8本あります。殺虫剤が必ずダニに効くわけではないため、殺ダニ剤やダニの登録がある農薬を選ぶ必要があります。
分類を間違えると、薬剤をまいたのに、効きません。畑でいちばん悲しいのは、労働だけが発生して結果がないことです。
ホームセンターに売っている殺虫剤は、大別して2種類あります。一つはダニ以外のほとんどの虫を殺す薬剤。オルトラン水和剤やモスピランなどがあります。もう一つは効果の限定的な自然由来系の薬剤です。鱗翅目に効果があるBT剤やダニやコナジラミなどの小さな虫に効果がある気門封鎖剤などがあります。特定の害虫を狙うような専門的な農薬は相当大きな資材センターや園芸専門店に行かないと置いてありません。
なお、登録がある虫だけにしか効かない薬というのは少ない、ということも覚えておくとよいでしょう。
効果があるということを立証し登録するには多大な労力と費用がかかります。そのため、メーカーも効果のある虫の種類を全部書きたいところですが、主要な種類の虫だけを記載しています。
殺菌剤=対象は病気
殺菌剤は、植物の病気を防ぐ・抑えるための農薬です。葉や茎や果実に出る病気に対応します。
ここで重要なのは、殺菌剤は「病気になった葉を元通りにする薬」ではないということです。
人間の感覚では、「治療薬」と聞くと悪くなった部分が回復するような気がしますが、植物の病斑は一度出たら基本的に消えません。
殺菌剤の基本は予防。病気が広がる前に、病原菌の感染や増殖を抑えます。
すでに感染していて、まだ症状が出ていない段階に効くものもありますが、病斑が出てから葉を新品に戻す薬ではありません。「治療」という言葉に期待しすぎると、だいたい対応が遅れます。
まずは家庭菜園レベルで対応できる病気と、諦めるしかない病気を分けましょう。
ただし、初心者が病気を診断するのは難しいです。そんなものなんだなぁと思っていればOKです。
まず諦めるしかない病害は、ウイルスや細菌による病気です。
ウイルスによる病気は、慣れるまでは判断が難しいのですが、明らかに奇形の葉、不思議な模様で異質な場合はその可能性が高いです。
細菌病には青枯(あおがれ)病、軟腐病、斑点細菌病などがあります。よく言われる連作障害というものは、これが原因であることも多いです。
いずれにしても引き抜いて捨てるしかありません。何の薬をかけてもどうしようもない病気も結構あるんだな、ということだけ知っておきましょう。

我々が農薬で対応できるのは、主に糸状菌や卵菌などの大きめの菌です。
農薬の中には糸状菌に対して効果が高いものと、卵菌に対して効果が高いものがあるため、この違いを知っておくと薬剤選択の参考になります。
一概には言えないのですが、糸状菌は「カビが生える病気」、卵菌は「変な模様がでたり腐ったりする病気」とイメージすると、迷った時に最初は判断しやすいと思います。ただし、それが確実ということではなく、農薬選びの最初の当たりを付けるための経験則ということをご理解くださいね。
糸状菌に有効な殺菌剤

糸状菌は、いわゆる真菌です。カビ、キノコ、酵母の側にいる生き物です。
この糸状菌による病気が非常に多く、代表的な病気には、うどんこ病、灰色かび病などがあります。「カビっぽい病気」と言うと、まずここが中心になります。白い粉がふく。灰色のカビが出る。胞子が飛んで広がる。こうした病気の多くは、糸状菌として考えると理解しやすいです。
トップジンM水和剤、ベンレート水和剤、ダコニール1000など、家庭菜園でも見かける殺菌剤は、糸状菌病害を対象にしていることが多いです。
卵菌に有効な殺菌剤
卵菌が原因の代表的な病気にはべと病や疫病、根腐(ねぐされ)病、褐色腐敗病などがあります。卵菌は水との関係が深く、べと病や疫病をはじめ、梅雨時期から大量発生しやすいものが多いです。
糸状菌が原因のうどんこ病に効く薬が、べと病にも同じように効くとは限りません。両方に効くタイプのものもあるのですが、殺菌剤を買う時は、どっちのタイプの病気を予防・治療する農薬なのかというのを確認して購入しましょう。
ただし、注意したいのは、糸状菌なら全部効く、とか、卵菌なら全部効く、みたいな万能な薬は存在しないということです。ここでは初心者でも分かりやすいように解像度を粗く粗く自身で選択しやすいように説明しているので、常に例外だらけであることは認識しておいてくださいね。
家庭菜園でよく見る殺菌剤の考え方
ホームセンターでよく見る殺菌剤には、広い範囲の病気に使いやすいものがあります。
トップジンM水和剤やベンレート水和剤は、糸状菌病害に使われる代表的な殺菌剤です。
ダコニール1000も、糸状菌を含め幅広い病害に使われる保護殺菌剤として知られています。
ジマンダイセン水和剤は、糸状菌のほか、べと病などにも使われる場面があります。
Zボルドー水和剤は、古くから使われている銅剤で、糸状菌と卵菌どっちの病気でも予防できます。
農薬売り場には、薬剤師はいません。少なくとも、すべての作物、すべての病害、すべての登録内容を即答できる人はほとんどいません。
だからこそ、使う側が最低限の知識を持つ必要があります。
Zボルドー水和剤は「古いが強い」。ただし予防薬として考える
Zボルドー水和剤は、ウイルス以外の多くの病害から守ることができます。フランスのボルドー地方で、ブドウの病気対策として使われ始めた歴史があり、非常に古くから使われてきた銅剤です。
植物の表面に付着し、病原菌の侵入を抑えますが、発病してから何でも治る薬ではありません。いわば、門番に近い薬です。また、銅を含む資材なので、使いすぎや薬害にも注意が必要です。
まとめ
家庭菜園向けには、すぐ使えるスプレータイプの農薬が多く売られています。
そのまま吹きかけられるのはとても便利です。
ここまで読んだ人は、そのラベルやパッケージから何を判断すればよいかわかるかと思います。
改めて以下のフローで確認しましょう。

購入時に確認したいのはまずこの二つ。
①作物の登録があるか
農林水産省が使用・販売を認めている農薬の登録情報には「その農薬を使うことができる作物」が記載されており、その作物以外には使用することができません。
使用できる作物は農薬ラベルのほか、農林水産省の「農薬登録情報提供システム」でも確認することができます。
②殺虫か殺菌か殺ダニか
→殺虫成分が入っているのか。
・アオムシなど鱗翅目系害虫に効くか
・アブラムシなど小さな害虫に効くか
・カメムシなど甲虫類害虫まで効くか
→殺菌成分が入っているのか。
・ボルドー剤などの保護殺菌剤か
・うどんこ病などの糸状菌に効くのか
・べと病などの卵菌に効くのか
→殺ダニ成分が入っているか
ここを見ないと、ただ「効きそうなスプレー」を買うことになります。
「病気と虫に」と書いてあっても、すべての病気とすべての虫に効くわけではありません。
パッケージの大きな文字は入口です。
大きい文字で手にとって、小さい文字を確認しましょう。
















