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ブドウ新品種・昭峰の育成者 北澤さんが見据える「育種の未来」

少年B

ライター:

ブドウ新品種・昭峰の育成者 北澤さんが見据える「育種の未来」

その味が評判になり、すでに苗木の予約が数年先まで入っているという噂の新品種のブドウ・昭峰(しょうほう)。この昭峰を育成したのが、長野県にある北澤ぶどう園の園主・北澤文康(きたざわ・のりやす)さんです。北澤さんはどのような経緯で育種を始めることになったのでしょうか。そして、将来に描く夢とは。ブドウマニアのライター・少年Bが話を聞きました。前編はこちら

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就農当時の北澤さんが描いていた夢

──北澤さんはどんな経緯で就農したんですか?

俺は工業系の大学にいて、中退して3年ぐらいフリーターをやってたのね。実は小説家になりたくてさ。いろいろ書いてたんだけど、それもなかなか熱心にやりきれなくて。それで家に帰ってきたんだけど、家からバイトに行くのもなんだし、仕事はあるから「じゃあ手伝うか」みたいな感じでブドウの仕事を始めて、文章も書きつつみたいな。

小説家になりたかったんだけど、なかなか小説を書き切る気力が続かなくてさ。人の本を読んでると、だんだんすごさがわかってくるじゃない? ここまで行けるかとか、すごい努力すれば行けるのかもしれないけど、自分にできるかな……とか。そう思うとなかなか続けられなくて。

昭峰育成者の北澤さん

──北澤さんはブログも書いていましたよね。当時はまだ面識がありませんでしたが、じつはブログを読んでいました。

まだFacebookを始める前かな。文章を書くのは好きだし苦じゃなかったから、当時はよく書いてたね。JVC(※1)のその頃の話なんかは検索してもあれしか出てこないかもしれない。

※1 ジャパン・ヴィティカルチャー・クラブ。日本全国の先進的なブドウ農家が集まる会のこと。

──ブドウ農家さんのブログなんて珍しいなと思ってたんですが、物書きになりたかったという話を聞いて腑(ふ)に落ちました。

家を手伝ってるうちにだんだんブドウを作るのが楽しくなってきたんだね、JVCに連れてってもらったり、飯塚果樹園の飯塚さんとこに連れてってもらったり、いろんな人を紹介してもらったりして。親父は当時の最新品種を作っていたのもあって、長野の果樹試験場の人たちとかもみんな知り合いなんだよね。だから、皆さんにもよくしてもらって。

俺が真面目にブドウ農家をやりたいって思ったのは親父が亡くなったのも転機で。親父が生きてる時は「家の仕事の手伝い」っていうイメージで、全然主体的じゃなかったんだよね。親父が亡くなって、後を継いだら義務も増える代わりに権利を得たというか、やりたいこともできるようになった。「そんな義務は負いたくない」っていう人もいるかもしれないけど、俺はそっちの方が性に合ってるんだよね。

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──「自分で責任負えばいいや」と思えることで楽になれる部分もありますよね。

それもあるね。いいも悪いも、全部自分の責任だし、結果も自分のものだし。

親父が亡くなった直後も大変だったけど、地元の方々に協力してもらったりね。陰に日向に助けてもらったんで。飯塚さんにもすごくよくしてもらったし、皆さんの助けもあってなんとかブドウ農家になれたかなっていう。

──ブドウに本気になった当時の夢はどんなものでした?

当時は畑ももっと広げて、「10ヘクタールの生食用ブドウ畑に100品種のブドウを作りたい」なんてことを言ったこともあったんだけど、構想力はあったんだけど、行動力がなかったかな。

ちょうど10年ぐらい前からシャインマスカットブームが始まって、もちろんシャインマスカットも最初から作ってたから、社員を雇って大規模ブドウ園を作れるんじゃないかっていう考えもあった。ただ、結局そうならなかったのには理由があって。自分で畑に行ってブドウを触ってたいんだよね。

北澤ぶどう園のワイン造り

──北澤さんといえばワインのイメージもあります。

ワインも就農した時から作りたいと思ってたね。ワインが大好きだったんで自分で飲むためのワインを作ろうと思って。長野県も2013年から「信州ワインバレー構想」を立ち上げてるし、当時はまだ若かったし、ワイナリーも作ろうって思ってた。

でも、大規模ブドウ園の話と同じで、ワイナリーも建てたらワインを売らなきゃいけないから、ブドウを触るより営業しなきゃいけなくなりそうっていう。

──自分で手をかけてブドウを作りたかった。

そうそう。当時は育種もまだ始めたかどうかって頃だったし、あとはティアーズレッドやアウローラ21といった難しい品種が近くにあったから、そういう品種を作りこなしてやろうっていう意気込みもあって。職人的な意識の方が勝ってたかな。

そうするとそんなに大規模にはできないし、人を使うにしても園主不在で栽培してもらって、自分は販売担当とかになっちゃうじゃん。自分としては、それはちょっとないなと思って。ワインについても、ワインを飲むのは好きだし、ブドウを作るのも好きだけど、醸造は……面白そうではあるけど、そこまでやりたいと思わなかったんだよね。

北澤さんのワイン用ブドウ畑(品種はマルベック)

──確かに、ワインを作りたい=醸造家になりたいというイメージですもんね。

たまたま醸造家もいい知り合いができたので、じゃあ彼に頼めばいいじゃんって。だからワイナリー計画も一応まだあるんだけど、建てるんだったら醸造家兼営業担当になれる人を連れてきて「俺はブドウ作るからよろしく」みたいな。今の延長なんだけどさ、そういう感じだったらありうるかもしれない。

ただ、今は育種の方を頑張っていく方が面白いなって思ってはいるね。

──お父さんの時はワイン用品種は作ってなかったんですか?

いや、作ってた作ってた。それこそ1990年ぐらいからやってたと思う。大手メーカーの契約栽培から始まって、そこからずっと作ってた。今は当時から品種を変えて、自分でもワインを売るようになったって感じかな。

──北澤さんのところでは、日本初のマルベック単一のワインがあると聞きました。

自分が作った当時、ネットで見た限りではマルベックって品種をうたった単一品種のワインは見つからなかったかな。細かく見てないから、じつは「ウチの方が先です」って人もいるかもわかんないけど。

北澤ぶどう園のマルベック。2026年の英国の世界的酒類品評会「IWSC」で日本のワインとしては唯一の金賞を受賞!(画像提供:北澤文康)

──マルベックはどういうところがよかったんですか?

ブドウの品質もワインの品質もよかったってことと、比較的作りやすくて収量も取れたから。いいことしかなかったんだよね。

──海外のマルベックのワインを飲んで、いいと感じたとか。

最初はそうだったね。自分の好きなワイン品種を何種類か試作したんだけど、中でもマルベックはすごく作りやすくて、しかも品質もよかったんで「これはいいな」って。あと差別化として、よそで今まで出してなかったっていうのもあったね。

作ってるところはあるんだけど、「いろんな品種とブレンドしてます」っていうぐらいの立ち位置だったからね。

──日本では単一でワインになるような品種じゃなかったんですね。

うちの畑がある千曲(ちくま)市という場所がすごくよかったんじゃないかな。ワイン用語でテロワールっていうんだけど、土地の気候とかが合っていたのかも。他のところでは病気になりやすいとか、味が乗らないとか、イマイチだったっていう話もあったんだけど、ウチで作ったら全然そんなことないなって。

──生食用とワイン専用品種を両方作っている農家さんも珍しい気がします。

生食を全力で作る方が稼げるからね。ただ、ワインブドウも面積を広くこなさなければ生食の合間でも作業が間に合うので、果樹農家の仕事にちょっとプラスするにはいいと思う。お酒が好きな方にはおすすめだよ。

──ワイン用品種を栽培していることで育種にも影響があったりは。

影響というわけじゃないけど、ゲヴュルツトラミネールと瀬戸ジャイアンツの交配をしたことがあって、ライチ風味の大粒ブドウが出たね。大粒でこういう風味があるのって珍しいなと思ったけど、めちゃめちゃに割れたから切っちゃった。今考えればちょっと惜しかったかなぁ。

また同じような交配をすれば、そういう品種が出るんじゃないかなっていう気持ちはあるけど、「一度作ったしなぁ」と思ってさめちゃった部分はあるかな。ワイン用品種をかけると果粒は大きくなりにくいっていうのはあるけど、興味がある人はぜひやってみてほしいね(笑)。

父が始めたブドウ育種

──前回、お父さんが「60歳を過ぎたらやりたいことをやる」と言って育種を始めたと話していましたが、お父さんのやりたかったことが育種だったんでしょうか。

それもあったと思う。ただ、育種ってなかなかお金にならないから。子どもを育てているときはそんなことしてる余裕はないって気持ちがあったのかも。「60を超えたら俺はやりたいことやるから、後はお前が頑張れ」って言われてたね。

──「稼ぐのはお前ががんばれ」と。

そうそう。なぜか福井県の永平寺に修行に行ったりさ、本当にやりたいことをやってたよ。他にも何かやろうとしてたことがあったのかはわからないんだけど。

──そんなことまで! 昭峰の種をまいたのはお父さんですよね。

交配は親父だけど、種を取ってまいたのは俺なんだよね。ちょうどそれで種まいたその年に亡くなったんで、最初で最後の交配だったね。

うちには欧州系のブドウがたくさんあったから、素材もあるし。紅環(べにたまき)は有核(種あり)で作ってたから、除雄(雄しべを取り除くこと)して花粉をつければいいし、すごくやりやすかったと思う。他にはイチキマールなんかの交配もしてたけど、イチキは雄(ゆう)ずい反転(※2)って特性があって交配しやすい品種なんだけど、それで採用したみたいなところがあったのかな。

※2 雄ずい(おしべ)の先が反り返る現象のこと。この状態の花は自然には受粉しないので交配に向く。

除雄・交配についてはこちらの記事もどうぞ
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──今オリジナル品種は4号まで選抜していますが、種をまいた年は別ですか?

4号までは全部同じ年だね。

──1年で4つの系統(育成段階の品種)を出すとはすごいですね!

単に選抜が甘かったんだと思う。今だったら3号、4号はなかったはずだね。4号はギリ残したかもしれないけど。その後なかなか続かなくて、ようやく昨年5号にできそうな品種が出たかな。これまでもナイアガラとシャインマスカットや、シャインマスカットとマスカットビオレを交配したりしてたんだけど、ちょっと生理的な障害が多かったから残らなかったね。

ティアーズレッドも結構交配に使ってたんだけど、ティアーズの子はなぜかいまいちなんだよね。ティアーズだけが特別なのかな。ちょうど家にもあったから、リザマートにクルガンローズをかけてみたりもしたね。

──ティアーズレッドと同じ交配ですね。

それっぽいようなものはできたけど、全然違ったね。ティアーズも昭峰も交配が結構近いから心配なところがあるね。ちょっと血が濃すぎて。

近親交配は必ずしも悪いわけじゃなくて、すごくいいのができる可能性もあると思うけど、生物的にちょっと弱いかな。たとえば巨峰系ってやっぱり血が濃いから、なかなか「これ!」っていうのが出てこないところもあるじゃない?

──シャインと紅環も血縁的には近いですよね。

そう。どちらもカッタクルガンと甲斐路(かいじ)の血が入ってるから、いい具合に出るとおいしいブドウができるのかも。1号の昭峰と4号は兄弟だけど、その他はイマイチだったんだよね。同じ組み合わせの兄弟は34か35個体ぐらいいたけど、弱いのが多かったね。味はいいけど枯れたとか。

北澤さんの畑に植えてある実生個体たち

──北澤さんの育種畑は露地ですよね。

育種畑は選抜も兼ねて屋根がついてないんで。ハウスのなかでずっと育てちゃうと、病気に強いか弱いかが見えてこないから。少なくとも長野県の露地で作れる、っていうのが選抜のハードルかな。

──種はそのまま地植えですか?

最初はポットだけど、展葉5枚ぐらいの時には地植えにしちゃう。この辺では5月の15日前後ぐらいまでは霜が降りる可能性があるから、それを過ぎたら植えたいかな。そしたら1年でだいぶ伸びるんで。地面に植えるのが1カ月遅くなると、それだけで1年よけいにかかっちゃうからね。

1年目にしっかり伸ばしてあげれば、半分ぐらいは3年目に初なりするし、4年目にはほぼ確実に実が見られると思うよ。

──初なりの結果を見て選抜をしたんでしょうか。

最初は全然そうじゃなかったよ。それこそ昭峰の兄弟も結構残ってたし。4号は粒が小さかったけど、色も奇麗だしおいしかったから残したんだけど、年月がたってきたら粒が大きくなって、色が悪くなって、裂果するようになったから、さぁどうしましょうっていう。

3号は柔らかい果肉で個人的には好きだったんだけど、むちゃくちゃ房型が悪くて……経済性はなさそう。一応残してはあるけどねって感じ。だから3号、4号は残らない可能性が高いかなぁ。残したとしても、「畑の隅っこにちょっとあります」ぐらいの品種になるかな。まあ、そうしないとこれからの品種の行き場がないからね。

北澤さんの育種スタンス

──北澤さんは育種の際、どのようにして交配を考えていきますか?

昔はそれこそ植原さん(植原葡萄<ぶどう>研究所)の苗木カタログを見て、端からひとつずつ血統をたどってって、4代前ぐらいまで調べて競馬の血統図みたいなの作ってたんだよね。競馬も好きだったし、馬と一緒でいいブドウがいい具合に祖先に入ってるといいブドウができるんじゃないかなって。

でも、そもそも交配情報が間違ってる場合があるって話を聞いて、じゃあ2代先、3代先のことをあんまり深く考えてもな……って。だから血統図も一応頭に入ってるんだけど、まずは皆さんに発表できるものを作ろうっていうふうにシフトして。たとえばアウローラ21×マスカ・サーティーンとか、耐病性はともかく絶対においしいだろうって交配をやってるね。

──耐病性や裂果は問題があるかもしれないけど、味はよさそうですね。

そんな何万も交配してるわけじゃないしさ。どういう感じで特性が出てくるか全然わかんないけど、まあいいもの同士を交配しようと。

あんまり近親になりすぎずに、おいしくて大粒のものが直近の目標だね。あと栽培のしやすさ。米国系と昭峰をかけても、子ども世代に満足の行く品種は出ないかもしれないけど、何か見どころのある品種ができれば次の世代の親に使いたいっていうところもちょっと考えてるかな。

──世に出すオリジナル品種と、育種親作りを同時進行で。

そう。昭峰もそうだけど、シャインマスカットと欧州系になるとどうしても病気に弱くなっちゃう。昭峰と欧州系をかけると、より病気に弱くなる可能性が高いじゃん?

だから、中間母本(交配親となる品種)として1回米国系の血を入れた品種を作って、それにもう1回何かをかけて、作りやすいとか、病気に強いとかの特性を入れてあげるほうがいいと思う。シャインマスカットの片親の安芸津(あきつ)21号(スチューベン・米国系×アレキサンドリア・欧州系)みたいな考え方だね。

──今後育種をする上で注目している品種は。

今興味があるのはナイアガラかバッファローかな。できれば米国系・2倍体の病気に強そうなやつがベストかなって。PIWI(ピーヴィー)(※3)じゃないけど、ワンチャン耐病性を引っ張ってこられればいいなって。耐病性を判別するには実際植えてみるしかないんだけど、露地で植えて生き延びたら多少は強いだろうって。

俺は観察による選抜しかできないからね。もし遺伝子マーカーを使って云々(うんぬん)とかできればまた面白いけど、その予算も技術もないから。

※3 うどんこ病やべと病などの病害に対する耐性を持つ「真菌耐性ブドウ品種」のこと。ワイン用品種と米国系品種や台木用品種を交配することによって、ワインの品質はそのままに、耐病性遺伝子を獲得している品種のことを指す。

──米国系のブドウにはフォクシー香(※4)がありますよね。

フォクシーは絶対いいと思う。キャンベルでもナイアガラでも、畑に行くと香りが漂ってくるし、それは明らかに差別化できるよね。お店にあったら外まで香りが届くようなドギツいやつが出てくれると最高にいいんだけど。

あとは作りやすいフィンガー型みたいなものは差別化しやすいかな。その2つが今目指してるところだね。

※4 米国系品種特有の香り。巨峰やナガノパープルは穏やかなフォクシー香を持つ。強いフォクシー香を持つ品種はナイアガラやキャンベルアーリーなどが代表的。強いフォクシー香は人によって好き嫌いが分かれる。

──フォクシー香の強い大粒ブドウってないですもんね。

ナガノパープルが近いけど、割れるし栽培は大変だよね。ああいうブドウは日本では絶対ウケるし、日本でウケるってことは絶対に中国や韓国をはじめとするアジア圏でもウケるってことだから。そうなるとまた夢は広がるよね。

北澤さんが目指す育種の夢

──北澤さんが目指すブドウとは。

裂果しない、色がくる(つく)、甘くなる、香りもある、粒がでかい、作りやすい……バンザイ!(笑)
その条件が全て整ったらもう最高だけど、その中のいくつかでも目標にできればいいかなって。

──満点じゃなくても8割満たしてたら十分優秀ですもんね。

そうそう。遺伝子マーカーを使えば、色や耐病性は苗のうちにわかるかもしれないけど、房作りの作業ってアメリカとかではやらないわけじゃん。だから摘粒のしやすさなんて海外の育種では全くない考え方だし。そこは花を持ってこないことには判別できない部分じゃない?

海外では必要のない選抜基準だけど、それも差別化になるし、全然いいよね。歴史的に見れば、牛肉やオレンジの輸入自由化で日本の畜産や柑橘(かんきつ)農家が潰れたかって言うとそうでもないし、和牛や清見から始まった日本の柑橘群(タンゴール類)があるわけだからさ。それがまた海外で人気になってたりもするじゃん。

──そういった点で海外の育種にも対抗できると。

海外から安価なブドウが入ってくるからっていって、日本のブドウが廃れるかっていうとそれはないと思う。もちろんある程度淘汰(とうた)されていくと思うけど、日本の高品質なブドウは国内はもちろん、海外でもちゃんと売っていけば戦えると思う。

まあシャインは日本がそういうところに目が向いてないうちに中国・韓国の戦略品種になっちゃったけど……。今後は日本も海外に向けていくのかなって。今まで日本は国内で閉じてたし、その範囲でも全然生きていけてたけど、夢を大きく持てば日本発の品種が海外に飛躍してくっていうのは、育種をやってる身からすればすごく楽しいじゃない? 自分の品種が世界中で何千、何万ヘクタール作られてるとか、そういうことになったら。

──確かに、それは夢があります。

シャインマスカットなんて中国では日本の30倍の面積で作られてるんだよね、確か。韓国だって日本の倍ある。最初から海外を狙っていけば大きな商売になるだろうし。

──育種を続けていくと、選抜のハードルが上がっていくとも聞きます。

あー、それはあるね。意識して下げたいとは思ってるけど。あとは既存品種との兼ね合いがあるから、他の人が作った品種よりも何かしらいいところやウリがないと品種にしてもしょうがないかなって。でもそれはみんなで育種をやっていけば、ちょっとずつ進化していくから、当然あってしかるべきだし。

育種する数が増えればそれだけいい品種が出る可能性も高まるから、年間100粒まくのと1000粒まくのとじゃあ、10年後に大きな差になってくる。だから交配数はできる限りある程度増やしていきたいかなぁ。

──交配は同じ組み合わせで大量に作るのと、いろんな組み合わせをちょっとずつやるのと2通りが考えられますが、そのあたりはどう考えてますか?

大きい意味で言うとちょっとずつなんだけど、同じ組み合わせの交配をできれば100個体作りたい。100個体って多くないと思ってるんで。でも、ウチでできる範囲じゃそれぐらいがマックスだから。500個体作るんだったら100ずつ5系統って感じかな。

──100もだいぶ多い気がしますが……!

多いような気がするけど、じつは全然多くないんで。できれば実がなるのが100個体欲しいけど、現状はポットで芽が出るのが100個体っていうのが目標。200粒ぐらい取って、50%芽が出たら100になるでしょ?

畑が1反歩(10アール)あれば500個体置けるんだよね。5年で1回転すると考えたら、5反歩の畑があれば、2000~2500個体は選抜に回せるから。たった0.5ヘクタールなんだよ。海外と比べたらぜんぜん多くない。

──0.5ヘクタールを育種のためだけに使うのって、日本だとそれでも結構多いのでは?

それはそうかも……。植原さんでも最大で3反歩とかって聞いたことがある。でも、それぐらいやってこその育種かなって。育種を事業にしていきたい面もあるから、そうすると打率を上げたい。打率の平均がどれくらいかわかんないけど、打席に立つ回数を増やさないと、ヒットやホームランの数も増えていかないから。

将来的には育種事業ができればいいなって。今まで「こうやりたいな」って思ってたことをあんまりやってこられなかったんで、せっかくだからそろそろやってみるかなって。5反歩ぐらいだったら土地も全然あるし、それで事足りるんだったらやる価値はあるなって。

──北澤さんの育種事業、おもしろそうです。

今回昭峰が出て幾ばくかのお金が入ってくるから、足しにできるじゃない? 今までは完全に持ち出しだったけど、これを起点にしてだんだん広げていけたら面白いかなって。

大学で育種の遺伝研究をやってた人を雇って、PCRの機械を買って、よろしく!って(笑)。そんなことも今はできないけど、ゆくゆくはできたら面白いよね。うちはまだまだだけど、飯塚さんや志村葡萄研究所の志村さんが見せてくれたように、育種もお金になるってことを見せられれば、育種にチャレンジする人も増えてくるだろうし、新しい品種もどんどん出てくる。そうやってブドウ産業が盛り上がってくればいいよね。

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