本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった人々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
農道での駐車トラブルに振り回された僕・平松ケン。見知らぬ車に農道をふさがれて困り果てる一方、今度は自分の軽トラが近隣住民から「邪魔」と注意され、農家と住民の「常識の違い」を痛感することに。
農道は“農家の道”であると同時に“地域の道”でもある。どちらか一方を責めるのではなく、お互いの事情を伝え合うことの大切さを学ぶことになるのだった。
徳川さんに舞い込んだうれしい知らせ
ある日、畑の見回りをしていると、地域のベテラン農家・徳川さんから声を掛けられた。
普段はあまり感情を表に出さない徳川さんだが、その日は珍しく頬を緩ませ、どこかそわそわしているようにも見えた。
「実はな、都会に出ていた息子が戻ってくることになったんだ。会社を辞めて、うちで農業をやりたいって言ってくれてな」

徳川さんの息子・翔太さんは30代半ば。大学卒業後は県外の会社で十年以上働いてきたが、今後の生き方を考えた末、地元へUターンして親元で就農することを決めたのだという。
翔太さんは、徳川さんがだいぶ年を取ってから授かった待望の一人息子である。幼い頃から大切に育ててきただけに、都会へ出て行ったときには「もう農業を継ぐことはないだろう」と半ば諦めていたらしい。
「あいつが小さい頃から、いつか一緒に畑に立てたらと思っていたんだ。まさか本当に戻ってきてくれるとはな」
そう話す徳川さんの表情には、後継者ができた農家としての安堵だけでなく、父親として長年抱き続けてきた念願が叶う喜びがにじんでいた。
「それはよかったですね。徳川さんもこれで安心ですね!」
僕がそう言うと、徳川さんは照れくさそうに笑った。
「まあな。俺ももう若くない。動けるうちに、俺が知っていることを全部教えてやろうと思っているんだ」
長年守ってきた農地も、農機具も、培ってきた栽培技術も、まとめて息子に引き継ぐことができる。徳川さんがいつになく張り切っているのも無理はなかった。
僕自身は、農地も農機具も栽培技術もない、まったくのゼロから新規就農した身だ。最初から経営基盤も指導者もそろっている親元就農を、このときの僕は、どこかうらやましく感じていた。
「あいつは全然言うことを聞かん!」
しかし、それからしばらくすると、徳川さんの様子が少しずつ変わっていった。
僕と会うたびにため息をつき、決まって息子への愚痴をこぼすようになったのである。
「あいつは全然、俺の言うことを聞かん。農業のことなんて何も分かっていないくせに、自分のやり方でやりたがるんだ!」

聞けば、翔太さんは就農するまで農業経験がゼロ。農機具の操作も、作物の状態の見極めも、一から覚えなければならない段階だという。
ところが、徳川さんが作業を指示するたびに、「なぜ今やる必要があるのか」「もっと効率の良いやり方はないのか」と、いちいち理由を尋ねてくるらしい。
「何十年も農業をやってきたと思ってるんだ。最初は言われた通りにやって、体で覚えればいいんだよ。それなのに、すぐスマホで調べ始めるんだ」
さらに翔太さんは、作業の合間に畑の写真や動画を撮っては、SNSで農園の情報を発信しようとしているという。

「農業はまず、ちゃんと作物を作れるようにならないと話にならん」
憤る徳川さんの話を聞きながら、僕は少し複雑な気持ちになった。徳川さんにとって翔太さんは、何歳になってもかわいい一人息子だ。失敗させたくない、自分が苦労して身につけた技術を余すことなく伝えたい──。その思いが、少し強すぎるようにも見えたのである。
「翔太さんなりに、いろいろ考えてのことじゃないですか?」
僕はそうなだめるものの、親子の問題に他人がどこまで口を挟んでいいのか、正直分からない。待望の後継者が帰ってきた喜びは、いつの間にか「息子が思い通りに動いてくれない」という苛立ちへと変わり始めていたのである。
「自分たちで価値を届けたい」。息子が漏らした本音
そんなある日、僕は地域の若手農家が集まる勉強会に参加した。会場には、見慣れない男性の姿があった。徳川さんの息子・翔太さんである。
「平松さんですよね。父から聞いています」
翔太さんはそう言って、丁寧に頭を下げた。30代半ばということもあり、想像していたよりもずっと落ち着いた雰囲気だ。以前に勤めていた会社では責任のある仕事を任され、部下を持った経験もあるという。
勉強会が終わると、翔太さんから「少し相談してもいいですか?」と改めて呼び止められた。2人で話し始めると、今度は父親に対する、息子側の愚痴が次々と飛び出してきた。
「父は考え方が古いんですよ。今はスマート農業の時代じゃないですか。センサーや自動操舵を使えば、もっと効率良く作業できると思うんです」
さらに翔太さんは、インターネット通販やSNSを活用して農産物を消費者へ直接販売したいとも考えているという。
「これからは、いいものを作るだけじゃなくて、自分たちで価値を伝えないといけないと思うんです。でも父は『まず栽培を覚えろ』しか言わなくて……」
確かに、翔太さんの話には夢がある。会社員時代の経験を生かして経営を改善したいという意欲も、新しいことに挑戦しようとする熱意も、十分に伝わってきた。
その一方で、農機具の扱いや作物の管理は、まだどう見ても半人前だ。スマート農業の設備を導入するには相応の費用がかかるし、ネット通販を始めるにしても、安定して商品を作り続ける技術が土台として必要になる。
僕がやんわりとその点を伝えると、翔太さんは「それは分かっているんですけど……」と前置きしたうえで、少し不満そうに続けた。
「僕も、もう子どもじゃありません。会社では責任のある仕事もしてきました。それなのに、家に戻った途端、何もできない子どもみたいに扱われるのがつらくて……」
そして最後に、声を落としてこう言った。
「父は『2年でバトンタッチする』と言っていましたが、本当に近いうちに経営を任せてくれるんでしょうか。僕は後継者になる覚悟で会社を辞めたのに、今のままではただの作業員みたいです」
父親からは「息子が言うことを聞かない」と愚痴を聞かされ、息子からは「父が何も任せてくれない」と相談される。僕はいつの間にか、徳川親子の伝言役のような立場に置かれてしまっていた。
「農業を守りたい」という思いは同じ
その後も、徳川親子は事あるごとに衝突を繰り返した。
翔太さんが新しい農業機械の導入を提案すれば、徳川さんは「基礎もできていないのに早すぎる」と却下する。ネット通販用のホームページを作りたいと言えば、「まずは今の取引先を大事にするのが先決」と反対する。
一方、徳川さんが従来通りの作業を指示すれば、翔太さんは「そのやり方に根拠はあるのか」「毎年同じでいいのか」と問い返す。
そしてある日、ついに二人は大声で言い争いを始めてしまった。ちょうど近くを通りかかった僕は、その様子を見て慌てて仲裁に入る羽目になった。

「ケン、お前からも言ってやってくれ!こいつは満足に作物も作れないのに、格好いいことばかり言うんだ」
「平松さんも分かりますよね。新しいことをやらなかったら、父が引退した後、この農業を続けていけないですよ!」
二人から同時に意見を求められ、僕は返答に困ってしまった。
徳川さんの言う通り、安定して作物を作る技術を身につけなければ、どんな新しい取り組みも成立しない。しかし、翔太さんの言う通り、今までと同じことを続けるだけでは、変化の大きい時代に取り残されてしまう可能性もある。
どちらかが正しくて、どちらかが間違っているわけではない。徳川さんが見ているのは、目の前の作物を失敗なく育てること。翔太さんが見ているのは、5年後、10年後も農業を続けられる経営をつくることなのだ。
僕は絞り出すように言葉を紡いだ。
「徳川さんは失敗させたくないから、まだ任せられない。翔太さんは覚悟を決めて戻ってきたから、早く認めてほしい。どちらも、この農業を大切に守り続けたいという気持ちは同じなんじゃないですか?」
僕の言葉に、2人はしばらく黙り込んだ。もちろん、それですぐに仲直りしたわけではない。それでも後日、翔太さんに一部の畑の管理を任せ、そこで新しい販売方法も試してみる──という話が持ち上がったと聞いた。
僕自身は新規就農者として、農地を借り、農機具をそろえ、栽培技術を学び、地域の信頼を得るまでに長い時間がかかった。親元就農なら、そうした苦労は少ないはずだと思っていた。ところが、親元就農には親元就農なりの難しさがある。
「もしかしたら、一から農業を始めるより、親から一人前と認めてもらう方が難しいのかもしれないな」
同じ畑で一緒に作業する2人の背中を見ながら、僕はそんなことを考えるのだった。

レベル40の獲得スキル「親元就農にも、親子ならではの難しさがある」
親元就農には、農地や農機具、栽培技術をそのまま受け継げるという大きな利点がある。ゼロから始める新規就農と比べれば、経営基盤も指導者も最初からそろった、恵まれたスタートに見えるだろう。だが、実際に親子で農業を始めてみると、長年の経験を重んじる親と、新しい方法に挑戦したい子どもとの間で、考え方の違いが表面化することは少なくない。
大切なのは、子どもがまず農業の基礎を着実に身につけることであり、同時に親側も、仕事や判断を少しずつ任せながら後継者として育てていく姿勢を持つことだろう。恵まれた環境に見えても、経営者と後継者である前に「親子」だからこそ、難しい面がある。その事実を双方が肝に銘じておくことで、事業承継の道のりは少し歩きやすくなるのかもしれない。


















