本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった人々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
部会のトップとして日々奔走する僕・平松ケンのもとに、会社員時代の友人・木下から「農作業を手伝いに行くよ」と連絡が入った。ありがたく迎え入れたものの、実際にはほとんど戦力にならず、それどころか家族や友人まで連れてきて、畑はさながら「農業体験ツアー」のような有様に。
原因は「手伝い」という言葉に対する認識のズレだった。相手の善意に過度に期待するのではなく、こちらの事情もきちんと伝えること。その大切さを改めて学ぶこととなった。
農道をふさぐ見知らぬ1台
それは、ある朝のことだった。
僕はいつものように、畑へ向かうためトラクターを走らせていた。
天気予報によれば、午後からは雨。降り出す前に、少しでも作業を進めておきたいところだ。
ところが、畑へと続く農道の途中で、僕は思わずブレーキを踏んだ。道の脇に、見慣れない乗用車が停まっていたのだ。

「え?なんでこんな細い道に車が停まってるの?」
軽トラなら何とかすり抜けられるかもしれない。しかし、車幅のあるこのトラクターでは、どう考えても通れない。あたりを見回しても、持ち主らしき人の姿はなかった。
僕は仕方なくトラクターで来た道を引き返し、遠回りをして畑へ向かうことにした。
たった10分ほどのロス。そう思う人もいるかもしれない。だが、農繁期には、その10分の積み重ねがじわじわと大きな負担になってくるのだ。
「ここに車を停められると、めちゃくちゃ困るんだけどな……」
そうつぶやきながらも、この日の僕は誰に何かを言うでもなく、そのまま黙って作業を続けることにした。
地域住民の「ちょっとだけ」が迷惑に
しかし、同じようなことは一度では終わらなかった。最近になって、農道の脇に車が停まっている場面が明らかに増えてきたのだ。
近隣の家を訪ねてきた来客の車。車を停めて休憩する運送会社のトラック。近隣の商業施設で無断駐車の取り締まりが厳しくなったという話を耳にしたので、そのせいもあるかもしれない。とにかく農家にとってはどれも困るものばかりである。

そんなある日、畑にトラクターを入れるための進入口の前に、車が停まっているのを見つけた。ちょうど近くに持ち主らしき男性の姿があったので、僕は思い切って声をかけることにした。
「すみません。ここに停められるとトラクターが通れないので、移動してもらえませんか?」
できるだけ穏やかに伝えたつもりだった。しかし男性は、あからさまに不満そうな顔でこう返してきた。
「え?ちょっと停めてるだけじゃないですか」
この“ちょっと”の感覚が、こちらとはまるで違うのだ。僕にとっては、その“ちょっと”のせいで作業の段取りが狂ってしまうのだから。
この日は、その場で車を動かしてもらえたので、ひとまず事なきを得た。ところが後日、近所の人からこんなことを耳打ちされることになる。
「ケンさん、ちょっと言い方がきつかったって聞いたよ」
どうやら僕は、知らないところで「あの農家、なんだか偉そうだよね」と言われていたらしい。
作業のために必要なことを伝えただけなのに、まるで悪者になったような気分である。僕は、なんとも言えないモヤモヤした気持ちを抱えることになった。
今度は僕が「注意される側」に
ところが数日後、事態は思わぬ方向に転がる。今度は僕自身が、近隣住民から注意される側になってしまったのだ。
それは、畑の脇に軽トラを停め、収穫物をせっせと積み込んでいたときのことだった。
犬を散歩させていた年配の男性が、不満そうな表情を浮かべてこちらに声をかけてきた。
「すみません。この車、いつもここに停めているみたいですけど、道路に停めたまま作業するのっていいんですか? 犬を連れて通るときに邪魔で仕方がないんですけど……」

収穫作業の最中は、軽トラを畑のすぐ近くに置かなければ効率が悪い。僕としては、作業のためにほんの少し停めているだけのつもりだった。農家にとっては、ごく当たり前の光景である。
しかし、男性の立場からすれば、道をふさぐように停まっている軽トラは、単純に「邪魔な車」でしかないのだ。
「すみません、できるだけ早めに切り上げますので」
僕は慌ててそう答えたものの、内心は複雑だった。
人の車に「邪魔だ」と思っていた自分が、近隣住民からすれば、同じように邪魔な存在になっていることに気付かされたからだった。
農家の道であり、地域の道でもある
その夜、部会の集まりでこの話をすると、ベテラン農家たちは一斉に苦笑いを浮かべた。
「昔はみんな農家だったから、お互い様で済んだんだけどな」
部会の大先輩である徳川さんも、腕を組みながら言った。
「今はこの地域にも農家じゃない人が増えたし、農道の使い方の感覚が変わってきたんだろうな」

確かに、農家にとって農道は作業のための道だ。だが、近隣住民にとっては、ペットを連れて散歩するなど、日々の生活の一部にもなっている。
トラクターが通れなければ、農家は困る。一方で、軽トラが道をふさいでいれば、住民も困る。結局のところ、どちらか一方が正しいという話ではない。同じ道を違う目的で使っているからこそ、摩擦が起きるのだ。
後日、僕は地域の集まりで話をする機会をもらい、思い切ってこの件を切り出してみることにした。
農繁期には農機具や軽トラの出入りが増えること。農道への駐車によって、作業が止まってしまう場合があること。そして同時に、農家の側も軽トラを停める位置や時間帯に気をつける必要があると、自戒を込めて話した。
「農家だけが我慢する話でも、それ以外の方が気をつける話でもないと思うんです」
そう言うと、集まった何人かが静かにうなずいてくれた。
もちろん、問題がすぐに解決したわけではない。それでも、農道は“農業のための道”であると同時に“地域の道”でもあるのが現実だ。その認識をほんの少し共有できただけで、僕の気持ちはいくらか軽くなったのだった。
レベル39の獲得スキル「『邪魔だ』と攻め合うのではなく歩み寄る姿勢も大切
農道は、農家にとって欠かせない“仕事場の一部”のような存在である。一方で、近隣住民にとっては散歩や日常の移動に使う生活道路でもあったりする。そのため、農家とそれ以外の住民との間で、同じ道を巡って正反対の不満が生まれてしまう。とりわけ農地と住宅地が混在するような都市近郊の農業では、こうしたトラブルが頻繁に起こりがちだ。
大切なのは、どちらか一方を責めることではなく、お互いの使い方を理解することだろう。農繁期には農機の出入りが増えることを住民に伝える。農家の側も、停める位置や時間帯に気を配る。地域で共有する道だからこそ、少しずつ事情を伝え合いながら、無用なトラブルを減らしていくことが大切なのかもしれない。


















