本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった人々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
部会のトップとして新規就農者の育成に取り組む僕・平松ケンは、就農2年目の片桐くんから「畑は順調なのに資金繰りがきつい」と相談を受ける。会社員の感覚が抜けず、「自ら経営する」という意識が欠けているのが原因だった。
僕は「売上より利益、そして時給(時間あたりの収益)を意識することが重要」と説き、がむしゃらに働いても儲けが出ない状況にならないための考え方を教えたのだが……。農家は単に農作物を生産するだけでなく、経営感覚を養わなければいけない。それを伝えて後進を育てる難しさを改めて痛感するのだった。
ありがたい旧友の申し出
収穫の最盛期を迎えた畑で、僕・平松ケンは朝から作業に追われていた。
玉ねぎを引き抜き、葉を落とし、コンテナへ運ぶ。ただそれだけの作業に見えても、実際には段取りとスピードがものをいう。

そんな畑作業の合間、ポケットの中のスマホが鳴った。画面に映っていたのは、会社員時代の元同僚・木下の名前。就農前にはよく飲みに行っていた長年の友人である。
「ケン! ちょうど今週末に休みが取れたんだけど、手伝いに行っていい? 前から農業に興味があってさ」
電話に出ると、木下がいつもの明るい声で「農作業の手伝い」を申し出てきた。
正直、繁忙期の真っただ中だ。手が足りないのは事実だし、来てくれる気持ちは純粋にありがたい。断る理由も見当たらなかった。

「ありがとう、助かるよ。じゃあ、無理のない範囲でお願いしようかな」
そして迎えた当日、木下はアウトドア用の服装に真新しい長靴、そしてなぜだか大きなカメラを持って現れた。
「いやあ、せっかくだから写真も撮ろうと思ってさ」
その姿を見て、僕は思わず苦笑いを浮かべた。
(まあ、せっかく来てくれたんだし……)
そう思いながら、まずは簡単な作業をお願いすることにした。ところが、木下はやる気こそ満々なのだが、とにかく質問が止まらない。
「これ、どっちに向けて置くの?」
「これって引っ張っていいの?」
「この小さいのも収穫するの?」
一つ教えるたびに、こちらの作業の手が止まる。気づけば僕は、農業体験教室の先生のようになっていた。

その日の収穫量は、一人で黙々と進めていた方がむしろ多かったかもしれない。それでも木下は、夕方になると汗をぬぐいながら、晴れやかな笑顔で言った。
「いやー、農業って大変なんだね! でも楽しかった!」
その顔を見ていると、さすがに「今日はあんまり進まなかった」とは言えなかった。
手伝いのはずが農業体験に
翌週、木下からまたメッセージが届いた。
「農業って大変だけど、めちゃくちゃいい汗をかいて楽しかったよ! 今度は家族も連れて行っていい? 子供たちにも農業体験させたくてさ」
画面を見た瞬間、僕は思わず心の中でつぶやいた。
(え……。)
手伝いに来る、という話ではなかったのか。いや、最初から木下にとっては「農業を体験する」という意味合いの方が強かったのかもしれない。
そう思いながらも、無下に断ることはできなかった。木下の善意はおそらく本物だ。来てくれること自体はありがたいし、子供たちに農業を見せたいという気持ちも、決して悪いことではない。
僕は少し迷った末に、こう返信した。
「助かるよ。じゃあ、少しだけなら」
そして翌週。畑に現れたのは、木下夫婦と小学生の子供ふたり。そこまでは聞いていた。
ところが、車からさらに木下の友人カップルまで降りてきた。計6人の一団である。

子供たちは畑に着くなり走り回り、友人カップルはスマホで写真を撮り合っている。木下の奥さんは「すごいねえ」と感心しながら、子供たちの後を追っていた。
作業をしているのは、ほぼ木下だけだった。しかも、先週よりもどこか手つきが悪い。
「これ、どうやるんだっけ?」
その一言を聞いた瞬間、どうやら作業の流れは一週間できれいにリセットされてしまったらしいと悟った。
こちらは自分の収穫を進めたい。けれど、子供が道具の近くへ行けば声をかけ、安全確認をする。玉ねぎについて質問されれば説明する。
木下が手伝いのつもりで来ていることはわかる。けれど、現実はどう見ても「農業体験ツアー」だった。

夕方になって、6人全員が口々に感想を言いながら帰っていった。
「楽しかった!」
「野菜ってこうやって育つんだね」
「子供にもいい経験になりました」
僕は笑顔で手を振りながら見送った。そして、車が見えなくなったところで畑を振り返る。
予定していた作業は、ほとんど進んでいなかった。

別の友人からも連絡が入り……
さらに数日後、今度は別の旧友・佐藤からLINEのメッセージが来た。
「木下から聞いたよ。俺も行っていい?」
どうやら木下は、さっそく職場で「農業体験」の話を広めたようだった。
その時、僕は改めて実感した。友人たちにとって、これは「作業の手伝い」ではなく「農業体験イベント」なのだ、と。
こちらは早く作業を進めたい。収穫のタイミングを逃せば品質にも影響する。天気も待ってはくれない。
そんな時期に、説明が必要な人間が大勢押しかけてきても、作業は一向に進まず、むしろ安全確認や見守り、質問への対応で手を取られてしまう。
(断りたいけど、気持ちはありがたいし……)
そんな板挟みの気持ちを抱えながら、僕はスマホの画面を見つめ、どう返信すればいいのか頭を抱えた。
その日の夕方、畑の見回りの途中で、部会の大先輩である徳川さんに相談してみることにした。事情を話すと、徳川さんは苦笑いしながら言った。
「ああ、俺も若い頃にそういうことがあったよ。農業に興味を持ってくれてるのはわかるんだけど、教える手間がかかりすぎるし、結局、全然作業が進まないんだよなぁ」

「じゃあ、どうすればよかったんですか?」
僕がそう問い返すと、徳川さんは少し考えてから、ぽつりと言った。
「最初から“遊びに来てもらう”と割り切っていたら、腹も立たなかったんじゃないか?」
お手伝いの意味を伝える
僕は、徳川さんの言葉に大きくうなずいた。
そもそも友人とは、「手伝いに来る」という言葉の捉え方がまったく違っていたのだ。
こちらは「少しでも作業を助けてくれる人手」を期待し、向こうは「農業をちょっと体験してみたい」と思っている。この認識のズレこそが、僕のもやもやの正体だった。
どちらか一方が悪いわけではない。最初にそのズレを埋めておかなかったことが問題だったのだ。
翌日、僕は佐藤に返信を送った。
「来てくれるのは嬉しいんだけど、繁忙期は正直対応が難しい。農閑期に遊びに来るなら、いつでも歓迎するよ」
送信ボタンを押すのには少し勇気がいった。せっかく興味を持ってくれているのに、突き放されたように感じないだろうか。そんな不安が頭をよぎったが、送ってみると気持ちはすっと軽くなった。
しばらくして、佐藤から返事が来た。
「そっか、無理言ってごめん! 落ち着いたら行くわ」
拍子抜けするほど、あっさりしたものだった。
農繁期になれば、誰かに助けてもらいたいと思うことは何度もある。けれど、作業を知らない“お客さん”を迎えながら繁忙期を乗り越えることは、思っているよりずっと難しい。
農業は、外から見ればのどかで楽しそうに見えるかもしれない。けれど、農繁期の現場では、天気や時間との“壮絶なバトル”が繰り広げられている。そこに素人を入れるなら、こちらもバトルに臨めるだけの準備がいる。相手の善意に過度に期待するのではなく、こちらの事情もきちんと伝えなければならない。
そう考えられるようになっただけでも、僕はまた少し、農家として成長できたような気がした。
レベル38の獲得スキル「気持ちに感謝しつつ、丁重に断ることも大事」
農家にとって繁忙期の助っ人は、とてもありがたい存在だ。しかし、農業に不慣れな友人が駆けつけてくれたとしても、かえって作業効率が下がってしまう。問題の根っこは「手伝い」という言葉に対する認識のズレにある。友人側は「農業を体験しに行く」感覚で来ており、農家側は「戦力が増える」と期待する。この前提が合っていなければ、双方がすれ違う結果になりやすい。
本当に作業を手伝ってもらいたいなら、事前に「何をどれだけやってほしいか」を具体的に伝えることだ。収穫物の袋詰め、箱の運搬、畑の草むしりなど、段取り不要で動ける作業を用意しておくだけで、戦力になってもらえる確率はぐっと上がる。その一方で、あくまで最初から「手伝い」ではなく「遊びに来てもらう」と割り切り、農繁期に無理に対応するのではなく、農閑期にゆっくりと農業の魅力を体験してもらうのも一案だろう。
いずれにしても、大切なのは「ありがたいと思う気持ち」と「現場の実情」を切り分け、相手に伝えるべきことをきちんと伝えることだ。それは決して冷たいことではなく、長い目で良い関係を築くためにも重要なことである。


















