西日本最大級のシステム農場および体験型農園
山口県山陽小野田市の「干拓地」に、東京ドーム約3個分を超える総敷地面積18.7ヘクタールで広がる農場があります。西日本最大級のシステム農場および体験型農園を運営する、株式会社花の海です。
現在、常時250名を超える従業員(正社員43名、パート・アルバイト・実習生210名)が稼働し、2025年8月期の売上高は18億5000万円を誇ります。その数字を支えているのが、「生産事業(BtoB)」と「交流事業(BtoC)」の二本柱です。
主軸である生産事業は、農家や大手ホームセンター向けに、年間2,200万本もの野菜や花の苗、そして170万本の鉢花を供給しています。そしてもう一つの交流事業は、いちごやブルーベリー、さつまいもといった収穫体験、無料で解放する四季折々の花畑、パン工房、旬の直売野菜を使った本格石窯ピザが楽しめる直営カフェレストラン「いたりあん食堂」など、年間33万人の来場者が詰めかける「アグリ・パーク」です。

花の海がある干拓地の空撮写真
不毛の地で生まれた独自の農業モデル
研究者から農業経営者へ
代表の前島さんは、元々、愛媛大学大学院で植物の細胞に細いガラス管を突き刺し、細胞内の圧力を測定する「水分生体計測学」を専門とする研究者志望の若者でした。
「研究は楽しかったのですが、ある時、『自分のやっている研究 は、本当に現場の人の役に立っているのだろうか』と悶々とするようになったんです」
モヤモヤとした葛藤を抱えていた25歳の時、船方総合農場の創業者であり、日本の農業法人化の先駆者である坂本多旦(さかもと・かずあき)さんとの出会いがありました。「農業を近代的な企業経営に昇華させる」という坂本さんの言葉に感銘を受けた前島さんは、研究者の道を捨てて山口県へと飛び込みました。
2000年、坂本さんが塾長を務める「尊農塾(次世代の農業経営者を育てる塾)」に参加した前島さんは、使われていない干拓地と自らの農学知識、船方農場の経営哲学を結びつけ、日本の農業を持続可能な産業へ変革するための「大規模システム生産農場構想」を発表。これが、現在の花の海モデルの原型となりました。
そして、この壮大な構想を実現するため、考えに賛同した山口県で酪農の多角化・6次産業化を先導する「有限会社船方総合農場」と、熊本県で観光イチゴ園を展開する「有限会社木之内農園」という、2つの先進的な農業法人がそれぞれの強みを持ち寄る形で、2003年に同社は設立されました。
船方総合農場が培った経営哲学や人材育成力と、木之内農園が持つ観光農園としてのノウハウ。これらが融合した農場として、花の海の挑戦が幕を開けたのです。

花の海の施設案内
「不毛の干拓地」への挑戦と、失敗から見出した新たな活路
花の海が創業の地に選んだのは、長年にわたって耕作放棄地として放置されていた干拓地でした。海沿いの広大な干拓地は、農業を営む上では致命的とも言える「強い潮風による塩害」「さえぎるもののない強風」を抱えた不毛の地だったのです。当然、周囲からは「あそこでの農業など不可能だ」と声が上がりました。しかし、前島さんたちの視点は違いました。
「露地ではなく、高度な『大規模連棟ハウスによる施設園芸』に特化すれば、塩害や強風といったデメリットは排除できる。むしろ、遮るもののない『日照時間の最大化』、機械化しやすい『平坦でまとまった大区画』、そして『豊富な水資源』という、干拓地ならではのアドバンテージを独占できると考えたのです」
この「逆転の発想」のもと、2003年の会社設立から4年後の2007年には、広大な大規模連棟ハウスが完成。花苗・野菜苗の受注生産事業と、観光イチゴ園の営業を同時に開始しました。
しかし、事業がすぐに軌道に乗ったわけではありません。「実は創業当初、4ヘクタールほどの露地部門を立ち上げて、広島のお好み焼き向けにキャベツを周年出荷する事業に挑戦していたんです」
大規模なトラクターを導入して栽培に挑んだものの、他産地との激しい価格競争、段ボールなどの資材代や物流コストに圧迫され、採算ラインは厳しいものでした。そして3年目、追い打ちをかけるように大型台風が直撃。植えたばかりのキャベツ苗は、すべて風に吹き飛ばされて全滅してしまいました。
「ここで価格競争の露地野菜にしがみついても、他産地には勝てない。得意とする施設育苗に経営資源を集中させるべきだ」
その後、撤退した4ヘクタールの土地は、10年近くにわたり年に数回の草刈りを行うだけの荒れ地となっていました。「せっかくの土地を荒らしたままにしておくのは切ないし、もったいない。何か別のチャレンジをしよう」と考えた前島さんは、痩せた土壌でも育ち、土づくりのための緑肥にもなる「コスモス」の種を蒔くことにしました。これが、予期せぬ大ブレイクを呼び起こすことになります。
入場料を取らずにお花畑を無料開放したところ、噂を聞きつけたカメラマンや観光客がSNSを通じて殺到。周辺の道路が大渋滞を起こすほどの賑わいを見せたのです。
「それに味を占めて、夏はひまわり畑、春はポピーやネモフィラと、季節ごとに移り変わるフラワーエリアを作ろうと展開していきました(笑)。結果として、観光農園や直売所、レストランと他の事業が伸びる要因に繋がりました」

夏には巨大なひまわり畑
18億円を生み出す花の海の事業とは
キャベツ事業の失敗から得た「施設園芸での苗生産への集中」と、偶然から生まれた「花畑の観光資源化」という二つは、現在の「生産事業(BtoB)」と「交流事業(BtoC)」という、2本柱をより強固なものに昇華させていきました。
パートが即戦力になる「組織農業」と管理システム「恵 MEGUMI」
その中でも、同社の売上のうち約75%を占めるのが生産事業部です。
育苗は、「苗半作」と言われるほど重要で、熟練者の「勘と経験」に頼る世界です。しかし、そんな職人技に依存していては、250名もの多様なスタッフで大規模な計画生産を回すことなど不可能です。そこで前島さんがとったのは、かつて研究者を目指した彼ならではの、科学的アプローチによる「暗黙知の数値化」でした。
「5〜6年の歳月をかけて、ハウス内の温度、日照量、灌水量と、苗の生育スピードや病害虫リスクとの因果関係を、泥臭くデータとして計測し、蓄積していきました。職人が『なんとなく肌感覚でやっていること』を、すべて数字として解き明かしていったんです」
この膨大なデータベースを核として、2013年に本格稼働したのが、独自の苗生産管理システム「恵 MEGUMI」です。システムに顧客からの注文データが登録されると、自動的に必要な資材が算出され、最適な播種日、ハウス内の配置計画、そして出荷日にちょうど「最高の開花・適期」を迎えるためのスケジュールが瞬時に弾き出されます。現場のスタッフには、「今日はこの苗のスペースを広げる(スペーシング)」「この苗の先端を摘み取る(ピンチ)」などといった具体的な指示が、システムから届くといいます。
「このシステムのおかげで、農業の専門知識が全くない未経験者や、パートの方々であっても、指示書に書かれた数字や手順に従うだけで、専門的な育苗作業ができるようになりました」

接ぎ木の様子。何十人ものスタッフが分かれて行う
前島さんは、このシステム化が目指すべきゴールを、「常に80点の合格点を出し続けること」だと定義します。
「職人がこだわり抜いて作った100点の芸術品は素晴らしい。しかし、それにこだわって、安定した供給に失敗しては信頼が一瞬で無くなります。失敗を徹底的に排除し、いつでも、誰がやっても安定して80点を出せること。これこそが、企業として組織農業を営む上で大切にすべき基盤です」
もちろん、システムだけでは防げない事態に備え、ハウス内は設備投資がなされています。育苗ポットをパズルのように隙間なくスライドさせてスペース効率を最大化する「ムービングプールベンチシステム」や、薬剤散布を省力化する自走式自動噴霧器、さらには局所冷房や環境制御装置。こうした「植物工場」に近い科学的インフラと「恵 MEGUMI」が一体となることで、年間2,200万本もの野菜や花の苗、170万本の鉢花を天候に左右されない安定的な計画出荷が保たれているのです。

ハウス内の様子。ベットを動かすことで通路ができる
年間33万人が殺到!「観る・採る・食べる・遊ぶ」で顧客をファンにする仕掛け
もう1つの同社の軸となるのが観光農園や収穫体験などを展開する交流事業部です。
観光農園を営むのであれば誰もが頭を悩ませるのが、季節ごとの「売上の波」。花の海でも、大人気のいちご狩りがある冬から春(12月〜5月)は多くの来場者で賑わいますが、それが終わる夏から秋の半年間は来場者が激減し、売店もガラガラになってしまうという課題を抱えていました。
この課題を克服するために、花の海が仕掛けたのが「観る・採る・食べる・遊ぶ」を五感で体験できる仕掛けです。最も効果を発揮したのが、「採る」コンテンツの季節分散でした。いちご狩りがない夏から秋にかけて、ブルーベリー狩り、スイートコーン収穫、秋のサツマイモ掘りなどを展開。中でも西日本では珍しい大粒の落花生「大まさり」の収穫体験は、いちご狩りに続く人気コンテンツとなりました。
「落花生は、土の中から殻付きのまま掘り出す楽しさがあります。広島や福岡といった大都市圏から『土に触ったことのない家族連れやカップル』が求めて殺到するようになったんです」

取材時の7月はブルーベリー狩りのシーズンだった
収穫した「採りたての喜び」を、その場で「食べる」体験へスムーズに繋ぐ設計もされています。
園内のカフェレストラン「いたりあん食堂」では、自分で畑から収穫してきた新鮮な野菜をその場でトッピングし、本格的な薪窯で自ら焼き上げる「ピザ作り体験」が大人気。また、船方総合農場の生乳を使用した濃厚な「船方みるくソフト」やシュークリームなどのシナジー商品も、お土産需要や滞在中の満足度を向上させているといいます。
さらに「遊ぶ」要素として、無料でヤギやうさぎと触れ合える広場を整備。また、芝生広場には、動かなくなった中古のトラクターや遊具を、安全に配慮して配置しています。「エンジンはかからないけれど、子供にとっては遊具。上に乗ってハンドルを回すだけで大喜びです」。
花畑を「観る」ために訪れた顧客を、ただ景色を眺めるだけで帰すのではなく、「採る」「食べる」「遊ぶ」の体験へと繋ぎ、1日中家族で滞在する。この体験のポートフォリオを設計したことで、売上の約25%を占める、年間を通じたキャッシュフローを生み出す、BtoC事業を確立したのです。

直売所には地域の産品や自社のオリジナル商品が並ぶ
「生産」と「交流」が循環する、これからの地域密着型農業
花の海では、野菜や花の苗を、大規模な販売先だけでなく、地域の農家へも販売しています。地元の農家は、この「間違いのない苗」を使用することで、安定して高品質な作物を育てることが可能になります。そして、地元の農家が育てた旬の野菜を、今度は「直売所」やレストランの食材として、適正価格で仕入れて販売しています。
この仕組みにより、地域の農家は「高品質な苗」と「観光客向けの販路」の両方を手に入れ、生産に集中できるようになります。一方の花の海にとっても、自社だけでは生産しきれない多様な「地元産」の新鮮な野菜を毎日直売所に並べることができ、来場者の満足度を高めることに成功しています。

新鮮な農産物が毎日並ぶ
単に苗を売って終わり、あるいは作物を仕入れて終わりではない。生産(苗)から、消費(直売所)までの一連の流れが地域の中で循環し、お互いがお互いを支え合う。「花の海が賑わえば、地域の農家も潤う」という、持続可能なかたちがここにあります。
かつて、強い潮風と強風が吹き荒れ、誰からも見捨てられていた不毛の干拓地。 そこに花の海が蒔いた「システム農業」と「交流事業」という種は、今や地域全体を巻き込むエコシステムへと成長し、次世代の農業を照らす大輪の花を咲かせています。
取材協力
株式会社花の海
















