スマート農業とは?
農林水産省は、「スマート農業」を「ロボット技術やICT等の先端技術を活用し、超省力化や高品質生産等を可能にする新たな農業」と定義している。海外では「スマートアグリカルチャー(Smart Agriculture)」「スマートアグリ(Smart Agri)」「アグテック(AgTech)」などとも呼ばれており、日本よりも一足先に様々な国で導入されている。
・世界に広がる「AgTech」による先進農業の事例
産業機械やIT技術は、私たちの業務や暮らしを劇的に変えてきた。電話は無線の携帯端末に、計算機はパソコンに、さらにパソコンからタブレット端末にと、技術の進歩によって形態も機能もガラリと変化してきている。では、農業の分野はどうか。くわやすきによる手作業から、耕運機やトラクターといった機械へと力仕事は移行し、収穫した作物の運搬もクルマやコンベアーを使った自動化は進んだ。しかし、人間が判断しなければならない部分はまだまだ残されており、この部分はこれから「スマート農業」が担っていくことになるだろう。
「スマート〜」という先進技術を利用した取り組みは様々な分野で進められており、製品やソリューションも多々存在する。スマートフォン、スマートウォッチ、スマートスピーカー、スマートホーム、さらにこうしたデバイスを活用したスマートコミュニティという言葉さえも生まれている。そのなかでスマート農業は、特にこれまでITやICTといった技術とあまり縁がないと思われがちだった分野だけに、規模の大小を問わず、導入も急速に拡大しつつある。
そんな中でのスマート農業の目的のひとつは、農作業における省力・軽労化だ。日本の現在の農業分野は、個々の農家の高齢化が進み、深刻な労働力不足に陥っている。そんな日本の農業の現場の苦労を、ICTなどを活用して支援していく。
もうひとつは、新規就労者への栽培技術力の継承。跡継ぎや農業を継承する人材が不足し続け、これまで家族の継承のなかで培われてきた農業技術を、スマート農業のシステムなどによって継続的に継承していけるようにすることにある。
スマート農業の主な取り組み
では、スマート農業の取り組みとは、いったいどのようなものなのだろうか。例を挙げてみよう。
ロボット技術×農業
農機ロボットの自動操縦技術によって省力化を図ったり、収穫作業などをロボット技術により自動化する。
ロボットとひとことで言っても、カメラやセンサーを搭載して分析に活用するロボットもあれば、農薬散布などの重労働を担うドローン、レタスなどの作物の自動収穫を行うロボット、収穫した作物の選果や箱詰めをするロボットなど様々な目的と用途がある。そして、従来は大規模農場や食品工場などでしか使われなかったこれらのロボットが、より安価に、身近な農家レベルでも使えるような導入コストの低減も進むだろう。
このようなロボット技術の開発が進めば、24時間365日の作業も夢ではなくなり、生産性の向上や市場規模の拡大も見込める。究極的には、人間が行う作業をすべてロボットが肩代わりするという世界も実現できる。
さらに、実作業だけでなく、人間しかできなかったような判断や選別といった部分も、AIと組み合わせることでロボットに任せる取り組みも進められている。
世界的にも高齢化が進む農業界において、こうしたスマート農業によるロボット技術の活用と導入、そして普及は喫緊の課題だ。
・ヤンマーのスマートトラクター、ヤマハ発動機の除草剤散布ボート
・ドローンによる画像解析を実現したアメリカ、巨大ビニールハウスの自動制御システムを国レベルで実現したオランダ
ビッグデータ×農業
圃場の状況を撮影したり、センサーで計測したりして集めたビッグデータを解析し、効率的に栽培管理する方法を提示する農業も進められている。
たとえば、生育状況や病気、日照などの状況による変化が、データ解析により誰でも手軽にわかるようになる。野菜の収穫可能時期は、一定濃度の炭酸ガス(CO2)の量によりある程度予測することができるが、炭酸ガスの量などを測定することで、収穫/出荷時期を予測することもできる。
さらに、気象データなどのビッグデータを解析していけば、栽培に関するリスクを予測することも可能になる。過去のデータから生育の傾向を導き出し、確実に成長した作物の収穫に結びつけることができる。天候は人間がコントロールするのは難しいが、不足している水分や日照などを他の方法で賄うことはすでに行われている。これらをIoT機器やロボットと結びつけることで、人間の作業がなくとも収穫まで行える農業も実現可能だ。
人工知能(AI)×農業
AIは新規就農者向けの技術やノウハウをシステム化して提供することにも活用できる。これにより、農業の経験や知識がない人でも、農業に従事できるようにして、人材不足の解決につなげたい考えだ。すでに、作物の形状や色から成長度合いを解析し、収穫時期を予測・判断するプログラムなどが開発され、実用化している例もある。
・GoogleのオープンソースAIエンジンできゅうりを選果
また、AIによる画像解析で農作物の病害虫の情報を早期発見したり、対処方法を提示したりすることもできる。いずれもすでに実証実験は始まっており、部分的に実用化されているケースもある。
・土壌管理システムをAIで分析・管理する「ゼロアグリ」
IoT×農業
IoTにより市場の動向や消費者のニーズを把握でき、ニーズに合った産物の生産が可能になる。需要予測が成り立てば、必要とする人に確実に野菜などを届けることもできる。より規模が大きいレベルでは、生産・流通・販売を連携させることで、輸送コストを低減し、効率化を図れる。
・トヨタの生産方式「カイゼン」のノウハウを農業に取り入れたソリューション「豊作計画」
・富士通のセンシング・ネットワーク技術を活かしたブドウ農園
スマート農業のメリット
このような技術を導入することで、農業のあり方も働き方も大きく変わるだろう。農家がスマート農業を導入するメリットはどれくらいあるのだろうか。
たとえば、人が操作しなくても自動で作業可能なロボットの登場により、長時間の作業が可能になれば、これまで人員的に広げられなかった圃場の規模を拡大することもできるだろう。また、複数の作業が行えるようになるため、生産量も増加する。人件費もかからず、従来よりもきめ細やかな栽培が実現できる。
農業=きついというイメージも、スマート農業が本格的に導入されれば払拭されていくだろう。作業の自動化は、きつい作業や危険な作業から人間を解放してくれる。人力でしかまかなえない収穫や積み下ろしなどの作業も、アシストスーツなどを使って負担を軽減できるようにもなっていく。
・高齢の農家をサポートする様々なスマート農業デバイス
なにより、農業のノウハウや技術をデータ化することで、経験値のない人でも農作業が可能になる。つまり、初心者であっても農業に取り組みやすくなるのだ。コンピュータによる調整や計算を行うため、経験によるノウハウは必要なくなり、誰でも品質や収益性の高い農作物を栽培できる世界になる。野菜を売ることが儲かる仕事だという認識の転換や、「きつい・汚い・危険」といったマイナスイメージのあった農業からの脱却も、スマート農業の普及がカギを握っている。
スマート農業の導入事例
ここまで語ってきたようなスマート農業は、決して理想だけを追い求めた夢物語ではない。一般の農家まで普及するのには時間がかかるが、すでに世界中でスマート農業の導入事例がある。
スマートアグリ先進国と言われるオランダは、スマート農業を語るときに必ず挙げられる先駆者だ。オランダは耕地面積は日本の4分の1、農業人口は43万人と日本の7分の1以下の規模ながら、農業輸出額は米国に次ぐ世界第2位の農業大国。そんなオランダの農場では、スマートフォンやタブレットによるインフラが整備され、作物の発育状況を24時間把握できるようになっている。また、各種センサーによるセンシング技術=IoTによるネットワーク技術、さらには再生可能エネルギーも活用されているなど、最先端技術を駆使した農業が展開されている。
・オランダ北部の完全制御ビニールハウス「アグリポートA7」の例
国内で特に話題に上るのが、農業用ドローンだ。圃場情報の収集や種子・農薬の散布などに活用されており、従来使われてきたヘリコプターに比べて、GセンサーとGPSによるホバリングの安定感の高さと操縦の簡単さも手伝って、各社から農業用ドローンが登場。小回りも利き、操縦性・安定性ともに優れている。それだけでなく、本体に搭載したカメラを用いて、空撮で生育状況を把握でき、農耕面積が広くてもピンポイントで農薬を投入できるなど、大規模農場から個人の農場まで、今後必須のシステムとなっていくだろう。
・農薬散布やデータ解析に活躍する農業向けドローンを各社が開発
北海道のような広大な農地を持つ地域では、GPSを搭載したトラクターなどが開発されており、自動走行や夜間作業、ひとりの運転者で複数台同時走行といったかたちで、大規模化・低コスト生産が実現されている。自動走行トラクターには安全面などで様々な法整備も必要になるが、農林水産省は2020年までの現場実装を目標にしている。
・ヤンマーと北海道大学が共同開発するスマートトラクター
スマート農業のこれからの課題
このようにいいことづくめに思えるスマート農業だが、当然課題も存在する。
まず、導入にあたってのイニシャルコストが、通常の農機と比べて割高だ。いかに開発コストを低く抑えるかは、メーカーの手腕が問われる。また、たとえ導入できたとしても農業分野で活用が始まったばかりのICTやロボットは、費用対効果の見通しが立てにくいという側面もある。
次に、こうしたICT機器やロボットはメーカーごとに特色のある製品のため、どうしても問題となるのがソフトウェアやデータ形式の標準化だ。OSやミドルウェア、農業関連データなどは、長期的な視点でデータの保存や管理、移行まで視野に入れておく必要が、将来的には必ず出てくる。独自のシステムや規格に分かれていては相互運用ができないからだ。ただし、これらのOSやミドルウェアの開発は、市場シェアを獲得するべく企業や団体などの機関が単独で開発していることが多いため、なかなか標準化が進まないというジレンマに陥っている。
そして、スマート化のための人材育成という視点も必要になってくる。高齢化した農業従事者にとって、このようなスマートデバイスをすぐに活用できる人は少ない。スマート機器を使いこなすためのサポート体制や、ITに精通した人材の育成が、農業の分野の中で急務とされている。
このようなスマート農業の導入にあたっては導入する農家側にも、金銭的・時間的・技術的な負担がのしかかる。従来までのように農機を導入すること以上に覚えることが増え、パソコンやスマートフォン、タブレットなどを用いたデータ入力や、データの分析などは慣れない人には非常に難しいだろう。
そんな課題を解決するために、ITベンチャー企業の株式会社オプティムが、導入コストが一切かからずにドローンやICT機器を導入できる「スマート農業アライアンス」 という取り組みをスタートさせている。高額な農機具を購入してもその代金の回収には何年、何十年とかかってしまうが、そのようなやり方ではなく、無料で最先端のスマート農業を導入・運用することができるという。しかも、この「スマート農業アライアンス」を活用して栽培した作物は、オプティムが全量を買い取ってくれるという仕組みになっている。
「スマート農業アライアンス」は、一般の農家から農業法人などの大規模農家まで様々な営業形態の農家に門戸を開いている。また、このアライアンスの取り組みに賛同したり、共同で推進してくれる企業や研究機関、大学、自治体、金融機関など、農業に関わるあらゆる分野の人々と手を取り合って進めていこうとしている。
・オプティムが推進する「スマート農業アライアンス」の詳細・申し込みはこちら
他にも、今後多くの企業が農業分野に参戦してくることが見込まれている。すでにNTTドコモは法人向けにIoTソリューションを展開しているし、ソフトバンクといった通信・電話会社や、昔ながらの農機具メーカーのクボタ、ヤンマーなども、スマート農業に対応するサービスやハードウェアの開発を進めている。大学発のベンチャー企業なども農業向けのユニークな製品を開発しており、スマート農業への投資は拡大し続けている。
・NTTドコモの法人向けIoT農業ソリューション
・ソフトバンクがオプティムと進めるドローン×AI×農業の実証実験
未来に向けた持続可能な農業の実現
日本における農業従事者は高齢化の一途を辿っている。しかしその一方で、実は農家一人当たりの生産量は拡大しつづけており、暗い話題だけではない。また、日本だけを見れば人口は減少傾向だが、世界的には人口は増加し続けており、今後は付加価値の高い日本ブランドの農作物の輸出なども必ず求められるようになっていくだろう。
そんな時代に向けて、日本の農業がいま抱えている問題を解決するための方法のひとつが、スマート農業なのだ。労働力不足や高齢化、技術の継承といった現在直面している課題を克服し、ビッグデータやAIによる未来予測で農業を安定的に運用できる産業とすることは急務であり、それはスマート農業の活用とさらなる発展をもってすれば十分に実現可能だ。
スマート農業は、日本の未来の農業を持続可能でさらに魅力的な農業へと変えてくれるだろう。