草は“赤ちゃん”のうちに取り除く!
中野式除草機(©中野水田除草研究所)とは、18センチ×45センチの防水合板をベースに数本のピアノ線を平行に張ったもの。このピアノ線で除草部分の土を液状化させ、根っこから草を浮かせるといった原理で、取り除くことができます。
田植えから5〜7日後、まだ草がどこにも見当たらないうちに始めます。「草が確認できるほど大きくなってからでは遅いのです」と中野さん。「草がないのに除草なんて……」と思うかもしれませんが、除草はタイミングが重要です。
除草は田んぼに水を5センチほど張った状態で始めます。板を条間(※1)の土に当て、1カ所につき8回、10センチほどずつ前後にゴシゴシ。力を入れずに「卵を溶くようにブルブルと動かすイメージ」(中野さん)で行います。
すると、もやしのようなものがふわーっと水面に浮いてきます。これが、草の芽と根。よーく見ると、黒い粒のようなものがついています。これは草の種です。中野さんは「植物は芽が出ていなくても根っこが先に伸びています。その時点で除草に入っていかなければなりません」と説明します。
※1 稲の列(条)と列(条)の間。
除草後に大事なのは、田んぼの水の管理。水が抜けてしまうとせっかく除草して水面に浮いていた草がまた根付いてしまうことになります。
そして、1回目の除草が終了してから草の様子を見て約7日後にも再び除草。このたった2回の除草だけで草を抑えることができるというわけです。
田んぼに顔を突っ込んで草の生態を探り続けた
「植物の種は、気温、湿度、酸素濃度といった発芽条件に合った層から発芽します。その発芽した芽と根には若干の気体が含まれています。そこで、発芽層の土を液状になるようにかき混ぜて、雑草は自身に含まれている気体によって水面に浮上するというわけです」と中野さん。こうした“草の生態”と“除草の原理”を解明するまでの道のりは試行錯誤の連続でした。
中野さんは約25年前に茂木町の古民家に移り住んできました。すると、病気で稲作ができなくなったという大家から「田んぼをやってみないか」と言われました。中野さんの本業は陶芸家。それまで農業の経験は皆無でした。それでも、「せっかくやるんだったら無農薬でやってみよう」と挑戦したところ、田んぼは草だらけに。それから中野さんと草との闘いが始まりました。
「腰を曲げて手で草を取ったり、田車(たぐるま:水田用の除草器具)を借りて使ったり、竹ぼうきを引っ張ってみたり……いろいろやってみました。知人から『ぬか除草』が良いと聞いて田んぼに米ぬかをまいてみたら余計に草が生えちゃったりして…」(中野さん)
水中メガネをつけて田んぼの中に顔を突っ込んでみたりもしました。水中メガネの中にライトを入れて、さまざまな道具で除草を試みるときに水中で草がどのような状態になっているのかを観察しようとしたのです。幼い息子を背負いながら、必死で草の生態を探り続けました。
子どもの砂場遊び道具がヒントに
稲作5年目。中野さんは田んぼで1列ごとにさまざまな道具で除草をしてみて、その違いを観察していました。すると、ある1列だけ草が生えてきません。この列で使ったのは、台所で不要になった泡立て器。田んぼに連れてきていた息子の砂場用の遊び道具でたまたま持ってきていたので試してみただけでした。泡立て器でかしゃかしゃと田んぼの土をかき混ぜると、もやしのようなものが浮いてきましたが、この正体が草だとは思いませんでした。しかし、いつまで経っても草が生えない列を見て、中野さんは「もしかしたら、この細いもやしみたいのが草なんじゃないか?」と気づいたのです。
草の生態と除草の原理を発見してからは、除草機の形状、水の抵抗、除草のタイミング、最低限の除草回数などを研究して、商品のクオリティを追究。稲作を始めて10年後の2009年に特許申請して、3年後に特許を取得しました。
農業誌にも取り上げられ、今では北海道から九州地方まで全国の農家、自社栽培酒蔵、保育園など計100軒弱に計200数本の販売実績があります。条間用は1条用から3条用まであり、株間(※2)用は条間よりも細い10センチタイプと15センチタイプ、さらにそれぞれ4条分の株間を一気に除草できるロングタイプがあります。腰を曲げない楽な姿勢で力を入れずにできることから、顧客は小学生から90代の高齢者まで。老若男女が使用可能な除草機です。
※2 条間と垂直方向の稲と稲の間。
注文時には必ず「使用者の身長」と「田んぼの深さ」を聞き、その人、その田んぼに合わせた除草機を製作して届けています。
2回の除草でお米150キロ! ユニークな田んぼオーナー制度
中野さんはこの除草機を使って3年前からユニークな田んぼオーナー制度を始めました。
一般的な田んぼオーナー制度は、日頃の栽培管理を農家が行い、何軒かのオーナーが同じ田んぼに集まって田植えと稲刈りを行い、秋には一定量のお米が届きます。
しかし、中野さんが運営している「3アールオーナー制度」は、田んぼをきっちりと区切ってオーナー1軒につき3アールの田んぼをあてがい、田植えや稲刈りではなく、中野式除草機を貸し出して除草を行ってもらうというものです。
1年に2回、除草の時期はだいたい決まっていますが、平日でも休日でも午前でも午後でも好きなときに来て、3アールの除草をきっちりと行うだけ。秋にはその田んぼでとれたお米が、なんと150キロも届きます。
保管料を払えば農家の冷蔵庫に置いてもらえるので、必要になったら30キロごとに精米・発送してもらえるという仕組みです。
「農薬を使わない栽培のありがたみや大変さが分かるのは田植えでも稲刈りでもなく、除草です。オーナー制度にすることで、農家にとっては管理料込みで農協卸価格の2倍でお米を買ってもらうことができ、オーナーは一般的な無農薬米の半額で買うことができます」(中野さん)
さらに、これまでの援農制度では、参加者が不揃いに植えてしまった苗を農家が植え直したり、昼食などの接待で農家が疲弊してしまったりと、ウィンウィンとは言い難いように感じていたと中野さんは言います。その点、このオーナー制度は接待ゼロ。農家からはお茶も出さないようにしてもらっていると言います。オーナーは都合の良い時間に農家に除草機だけ借りに来て、勝手にやって勝手に帰っていく。そんな気軽さも受けているようです。
「つらい」除草から「楽しい」除草へ
中野さんは草の生態と除草の原理を発見してから「除草が楽しくて仕方なくなった」と言います。
ところが、中野さんの田んぼは耕作層にあった草の種を取り尽くしてしまったため、「もう草が生えなくなった」と残念そうに言います。
「今まで除草に苦労してきた人ほど中野式除草機の除草は『楽しい』と言ってくれます。農家は草に苦しめられてきたんです。農家の草への執念はものすごい。だからこそ、長年草と闘ってきた高齢農家の方ほどなかなか信じてくれなくて…」と中野さん。かつては中野式除草機の効果を信じようとしなかった周辺農家たちも、今では中野式除草機を使って農薬を使わない稲作を行っているそうです。
現在は茂木町の2軒の農家の田んぼがオーナー制度に取り組み、町内や隣県、都内から約20軒のオーナーが来ています。オーナーにはSNSを通して中野さんから田んぼの状態が定期的に報告されるため、除草以外は足を運ばなくても除草の効果や稲の成長が分かるという仕組み。今年はさらに面積を拡大するため、オーナーを募集しています。
「中野式除草機を使った3アールオーナー制度を全国各地に広げたい」と中野さん。すでに近畿や北陸などからオーナー制度を実施したいとの要望が出ているそうで、中野式除草機はますます広がっていきそうです。