加温設備なし! ヒミツはあの資材
県内屈指のブドウ産地である広島県福山市の沼隈地域。見渡す限りのブドウ畑は、全部合わせると約64ヘクタールにもなるという。
この地域にある1.1ヘクタールの畑で、家族でブドウをつくる久下本健二(くげもと・けんじ)さんが「これが、私の『実験ハウス』です」と案内してくれたのは、一見、なんの変哲もない10アールほどの連棟ハウスだった。
中をのぞくと、ブドウやウメ、イチジクなどが植わっており、ハウスの外の地面には、古びた発泡スチロール製の板が顔を出していた。
「こういう取材の時に写真が撮りやすいよう、ここだけはあえて地面から出していますけど、ハウスの外周すべてに発泡スチロール製の断熱パネルを埋め込んでいるんですよ」と久下本さんがニヤリと笑う。
2005年からこのハウスでさまざまな実験を繰り返してきたそうで、国内からはもちろん、海を越えて、韓国からも問い合わせが来たことがあるという。あえてむき出しにした断熱パネルは劣化してしまっているが、埋設したパネルは15年たってもいまだ現役だそうだ。
久下本さんが「ECOM(イーコム)工法」と名付けたこの方法。仕組みはいたって単純で、ハウスを囲うように断熱パネルを地中に埋め込むだけ。
このハウスの場合は、90×180センチ(建材でコンパネサイズと言われる大きさ)、厚さ8センチの断熱材を使っており、地表から地下3.6メートルの深さまで断熱パネルが埋まっている。ハウスの外周に4メートルほどの深さの溝をユンボで掘り、断熱パネルを縦に2枚埋め込んでいるわけだ。
「だいたい、3メートルの深さまであれば効果がありますね」と久下本さん。
すると、なにが起きるのか?
ハウスの仕組みと植物に優しいワケ
「どんなところでも、地下の深いところでは温度が一定なんです。たとえば、このハウスの外も内も、地下3メートルのところはどんなに冷え込んでも16度前後。ところが、地表にいくにつれて、外気温や風雨などの影響で表面の地温が冷やされるわけです」(久下本さん)
ところが、ハウスを断熱パネルで囲うこの方法では、ハウス外の冷たい地温の影響を遮断することができるうえ、地下3メートルから「上がってきた」地温が地表面へと伝わり、植物の根っこ近くの土が温められるという。また、そうして温められた地温も断熱パネルのおかげで外に逃げない。
すると、外気温が0度のときに、通常のビニールハウス内(ビニール被覆済み)の地下1メートルの地温が5度程度なのに対して、断熱パネルを埋め込んだハウスでは14度と、なんと暖房なしで10度前後も地温が上がったらしい。
断熱パネルのおかげでハウス内に侵入する冷たい地温を遮断でき、地中深くにある温かい地温によって、ハウス内の表面地温や気温が上がるうえ、根っこは快適。
「ハウスの中にウメが植わってるでしょう? ハウス内のほうが、露地よりも2週間早く開花します。イチジクなんかも、ものすごい勢いで伸びますよ」と久下本さんが笑う。
さらに、露地では3月後半に出芽するアスパラが、断熱ハウスでは1月10日頃に出芽したり、1月下旬にはもう、サンショウやフキノトウが芽吹いてくるそうだ。もちろん、無加温でのことだ。
また、暖房をたくのと比べると、農産物の育ち方も違うそうだ。
久下本さんいわく「暖房だと、熱源の周りと、そこから離れたところでは温度が違うでしょ? これが、植物にとってはストレスなんですよ。ブドウの場合だと、熱源の近くでは着色が悪かったり、糖度が低かったりする。それが、このように地熱を利用したハウスはどこも均一な温度になるので、植物もストレスフリーなんです」。
暖房代がかからず財布にも優しいうえに、植物にも優しい、ということか。
ただしこの方法は、ある程度大きなハウスのほうが効果が高いそうだ。小さいハウスは保温力が弱いうえに、ハウス外の地温の影響を受けやすい。
住宅などにも応用できる
じつは、農家であるとともに建築にも携わる久下本さんは、このECOM工法を導入した3階建てのコーポをつくったことがある。その時に、室内温度を測定した結果が上の図だ。
「冬に雨が降ったら建物が冷えてしまって3日は戻らないんですけど、これなら1日半くらいで室温が元どおりになるんですよ。暖房もいらないくらい」と久下本さん。
ビニールハウスや建築物のほかにも、道路の凍結防止などにも使えないか、そんなことも考えているそうだ。
株式会社ECOM・De・SE(久下本さんの会社)