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農家の農協離れ なぜ農協に頼らない農家が増加傾向にあるのか

吉田 忠則

ライター:

連載企画:農業経営のヒント

農家の農協離れ なぜ農協に頼らない農家が増加傾向にあるのか

農家が農産物を農協に出荷するのが当たり前だった時代は今や昔。就農したばかりの農家かベテラン農家かに関わらず、農協を通さずに自分で売ることこそ営農の醍醐味(だいごみ)だと思っている人が少なくない。なぜ彼らは自ら販売しようと思うのか。農協はこうした動きにどう対応すればいいのだろうか。

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各品目で低下傾向にある農協のシェア

まずデータから確認しておこう。
農協の上部組織で、農産物の販売を担う全国農業協同組合連合会(JA全農)によると、牛肉の流通に占める農協ルートの比率は2018年で40.6%と、30年前の1988年と比べて13.1ポイント低下した。鶏卵は同じ期間に13.8ポイント下がって16.1%。豚肉もおよそ半分の16%に下がった。
コメは1995年に食糧管理制度の廃止という大きな制度改革があったため、30年前と比べるのは条件が違いすぎて難しい。そこでJA全農が示してくれたデータは2004年との比較。2018年は7ポイント低い38%だった。
筆者は農協が競争にさらされることは農業全体にとってだけでなく、農協にとっても必ずしもマイナス面だけではないと思っているが、そのわけは後述したい。いずれにせよ、多くの品目で比率が下がっているのは確かだ。

農協のシェア

さまざまな品目で農協のシェアは低下傾向にある(東京都千代田区のJAビル)

意外なのが野菜のシェアだ。2018年のシェアは58.7%と、30年前と比べて7.4ポイント高まった。例外的に農協が健闘しているように見える。
野菜は他の品目と比べて初期投資の負担が軽く、新規就農のハードルが相対的に低い。筆者のこれまでの取材をふり返ると、彼らの多くは独自販売を模索していた。にもかかわらず、なぜ全体としては農協出荷が増えているのか。
取材とのギャップのわけは、データの取り方にある。JA全農が野菜について把握しているのは、市場流通に占める農協出荷の比率。農産物流通の中で卸売市場の地位は下がり続けているため、農家が農協に野菜を出荷する量が増えていると、JA全農のデータだけで判断するのは難しいだろう。

生産者に聞く、なぜ農協に頼らないのか

なぜ農協に頼らず、自分で販路を築こうとするのか。「自分で売らないと食べていけないと思った」。稲作を中心にした農業法人、まんま農場(岐阜県高山市)の社長、小林達樹(こばやし・たつき)さんはそう話す。
小林さんがまんま農場を設立したのは2004年。もともと畜産が中心だったが、高齢の稲作農家のリタイアで農地が流動化し始めたことを受け、会社の設立と同時に稲作が軸の経営にカジを切った。場所は北アルプスのすそ野にある中山間地。栽培面積は2ヘクタールからスタートし、現在は40ヘクタールと地域では大規模の部類に入る。
当初は農作業が終わった後にコメを1キロずつ袋に入れ、居酒屋などを回って売り先を増やしていった。「そのままそこで飲むので、飲み代のほうが高くついたけどね」。小林さんは楽しそうに当時をふり返る。いまはホームページを通した消費者向けの通信販売が、売り上げのほぼ半分を占める。

小林達樹さん

農業法人を設立し、自ら販路を開拓した小林達樹さん

もし、農場が平地にあったら販売は農協に任せ、自分は生産効率を高めることに専念したかもしれない。だが、まんま農場は山あいにあるため、効率的にコメを作るのは難しい。一方で、北アルプスから雪解け水が流れ込み、昼夜の寒暖差が激しいなど、おいしいコメを作るのに適した土地でもある。
自ら売ることにした背景には、そうした事情がある。小林さんは「自分で値段を決めることで、利益を確保したかった」と話す。コシヒカリに加え、粒が大きくて食感がしっかりした「いのちの壱(いち)」を育てるなど、品種で特色を出して売り先をつかむための努力もした。
その結果、「クレームも含め、消費者の反応を直接知ることができて面白かった」という。購入後のコメの保管の仕方が悪かったのに、品質が落ちたと文句を言ってくる消費者もいる。そんなときは保管の仕方を丁寧に伝え、代わりのコメを送ると、安定的に買ってくれるリピーターになる。営業の王道だろう。
消費者とつながり、その反応を直接確かめながら、営農の方向を模索する。小林さんはそれを励みの一つにして、これまでまんま農場を経営してきた。都市近郊で農業をやれば、消費者とつながる機会は一段と増える。

東京ネオファーマーズ

東京ネオファーマーズのメンバーたち

ここ10年余りの間に、東京都の西多摩地区で大勢の若者が就農した。「東京NEO-FARMERS!(ネオファーマーズ)」と呼ばれる農家たちだ。共同でマルシェに出荷することもあるが、基本は都内で就農した人が懇親会などで交流する緩やかな集まりだ。主に個別に直売所に出したり、宅配で消費者に売ったりしている。
彼らの多くは、農協に出荷することはもともと念頭になかった。というより、何を作るかを自分で決め、自分で売るために農業という仕事を選んだという側面が強い。地方で産地の一員になり、周りと同じものを規格に合わせて栽培し、農協を通して市場に出すことは選択肢に入っていなかった。
まんま農場の小林さんの場合、法人を立ち上げる前は少量ながら農協を通してコメを売っていたため、独自販売を始める際には農協との関係が少し緊張した。いま「有力」と言われる法人の多くが、かつてたどってきた道だ。
これに対し、ネオファーマーズのメンバーなど都市近郊の就農者の中には、農協とほとんど接点がないまま農業を続けている人が少なくない。営農の規模は小さいままにとどまっているケースも多いが、それも農業という仕事にポジティブに向き合うことのできる生き方の一つだろう。

農協と農業法人の関係の再構築、これからどうすべきなのか

ではこうした流れに農協はどう対応したらいいのか。そのヒントを考えるうえで最近、特筆すべき動きがあった。コメを生産する有力な農業法人のフクハラファーム(滋賀県彦根市)が農協への出荷を決めたのだ。
フクハラファームは栽培面積が210ヘクタールに達しており、経営規模の拡大が盛んになっている稲作の中でも飛び抜けたスケールを誇る。販路は農協に頼らず、卸会社やスーパーなどを独自に開拓して成長してきた。
そんなフクハラファームが販路に農協を加えることを決めたのは、JA全農の滋賀県本部が地元の農協と連携して魅力的な条件を提示してきたからだ。仕入れ価格を3年間、原則として変えないというのがその内容だ。
米価は先行きが不透明になっており、相場に左右されずに販売できるのは経営にとってプラス。2021年の出荷量は10トンと、フクハラファームにとってごくわずかだが、手応えを感じれば来年からもっと増やす可能性もある。

フクハラファームの広大な農場

フクハラファームの広大な農場

じつはこうした変化は、まんま農場でも起きている。栽培したコメのほぼ半分を、数年前から地元の農協の施設を借りて乾燥させ、保管しているのだ。農協に施設の利用料を払い、コメはいままで通り自ら販売している。
まんま農場は田んぼが増えて施設のキャパがいっぱいになったとき、新たな設備投資をしなくてすんだ。農協は低下傾向にあった施設の稼働率を高めることができた。両者にとってメリットのある関係を再構築したのだ。
フクハラファームとまんま農場の2つの例が示しているのは、成長する農業法人と農協が新たな形で結びつく可能性だ。かつてのように農産物をすべて農協に出荷し、肥料や農薬のすべてを農協から買うという関係に戻ることは想定しにくい。それでも、両者が手を組める余地は十分にある。
一方、農産物を納めない農業法人や農家と農協がたとえ連携できなくても、その存在が刺激になり、結果的にプラスに働くケースも少なくない。ここで具体例は省くが、引き続き農協に出荷してくれる農家との関係を強化するため、有利な売り先の確保に奔走している農協をいくつも見てきた。
都市近郊で消費者に農産物を直接販売する農家を含め、農協への出荷はすでに営農の前提ではなくなっている。だが、そうした環境変化があるからこそ、農協はいままでの立場に安住せず、農家にとって魅力的な組織になろうと努力する。健全な競争と協調の先に、農業の発展はあると思う。

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