■清水寅さんプロフィール
ねぎびとカンパニー株式会社代表取締役。高校卒業後、金融系の会社に就職し、20代でグループ会社7社の社長を歴任。2011年より山形県天童市にてネギ農家を始める。2014年に株式会社化。1本1万円のネギ「モナリザ」など、贈答用ネギでブランド化。2019年に山形県ベストアグリ賞受賞。著書に「なぜネギ1本が1万円で売れるのか?」(2020年・講談社+α新書)。 |
バイヤーのある言葉が価格アップのヒントに
就農2年目のネギ農家としては全国1位の栽培面積を達成した清水さんは、次に単価を上げることを目標に掲げた。ネギは太さによってMサイズ、Lサイズ、2Lサイズと規格が設けられているが、市場価格と生産コストから計算すると、2Lサイズが最も利益率が高いとわかった。そこで清水さんの関心は、「いかに太くておいしいネギをつくるか」に移っていく。
こうして品質の高いネギづくりと、緻密な計算や情報収集などによる交渉力から、スーパーの小売価格を順調に上げてきたねぎびとカンパニー。3本98円からスタートした小売価格は、3本158円、3本198円、2本198円とスムーズな単価アップに成功した。1本当たりの価格で見ると、32.7円、52.7円、66円、99円と推移している。
標準的な小売価格を超えることはさほど難しいことではなかったが、そこから先が大変だった。現在の2本298円にするまでには、さらに3~4年を要したという。
きっかけは、バイヤーから「ネギをお歳暮で送ってもらいたい」と頼まれたことだった。販売のプロから評価されたばかりか、野菜がお歳暮になるというのだ。
自分のネギが贈り物になる──「これだ!」と清水さんは考えた。
以前から価格を上げるためにはブランド化しかないと考えていた清水さん。特別に立派なネギを、おいしい時期にだけ特別価格で売り出すことを思いついた。
年間200万本ものネギを出荷している中で、その約7割が2Lサイズである。2Lサイズは一般に流通しているネギとしては最大の規格となるが、中にはさらに大きなサイズで収穫されるものもある。4L、5Lともなると取引先のスーパーからも取り扱ってもらえない規格外品なので、スタッフたちで消費していた。これを贈答用として販売することを考えたのだ。
1本1万円のネギ「モナリザ」は損得を超えた芸術作品
現在ねぎびとカンパニーで販売している贈答用ネギは3種類ある。
- モナリザ(4L~5Lサイズ):1本1万円
- 真の葱(ねぎ)(3L~4Lサイズ):8本1万円
- 寅(とら)ちゃんねぎ(2Lサイズ):10本3500円
無謀な価格設定のようだが、あくまで個数を限定しての販売である。売れ残りのリスクはないし、完売することでさらにブランド価値は高まる。
贈答用ネギは、厳選された数カ所の畑のみで栽培され、土作り、肥料なども通常の畑よりも手間とコストをかけている。素人目にも一目瞭然の見た目であり、味もバイヤーからのお墨付きだ。最高級品の「モナリザ」は日本一高いネギということでメディアからも取り上げられた。贈答用ネギの販売は順調で、毎年完売している。
それまで清水さんは、どうやって200万本のネギの価格を上げようかという発想で考えていた。それが贈答用の高級ネギを販売したことで、200万本のネギも価値がつり上げられたのである。
2本298円のネギをいきなり示されたら、消費者は「高い」と感じるだろう。しかし「1本1万円のネギと同じ農場のネギ」という情報が頭にあると、「本来高いはずのネギが安く売られている」という、まったく逆の印象を抱くようになる。
こうして2本198円だったねぎびとカンパニーのネギは、2本298円になった。中には2本398円や2本498円で販売する店も出てきた。
「モナリザ」というネーミングについて尋ねた。清水さんいわく、「『作品』という考え方ですね。損得を超えた芸術作品なんです。芸術作品でパッと頭に浮かんだのが、レオナル・ド・ダヴィンチの『モナリザ』でした。芸術の象徴ですよね」。
1本1万円の高価格だが、多くても年間10本程度しかとれない。モナリザを販売するために少なからぬ手間はかかっているので、実際のところ利益が出る商品ではない。損得を超えた芸術作品とはそういう意味である。
「果樹園をネギ畑に」。農家の常識を超えた発想
農家の子弟でもなければ、技術もない。そんな状況でネギ農家となった清水さんは1年目で1ヘクタールの面積をこなした。まさに「規格外」の農家といえる。栽培方法や経営などに対する考え方も、地域の農家とは違っていた。
例えば、ねぎびとカンパニーのある天童市はサクランボの産地で有名な地域だが、農家の高齢化と後継者不足により放置されてしまう果樹園も少なくない。清水さんはそんな元果樹園を引き取ってネギ畑にしたというのだ。
果樹がそのまま残っているので、まっさらな畑にするだけでも大変な作業だ。伐根する費用も10アール当たり20万円はかかるという。清水さんが「師匠」と慕う金平芳己(かねひら・よしみ)さんも反対した。
しかし、清水さんには勝算があった。
ネギは湿気を嫌うので水はけのいい土地を好む。果樹園の多くはまさにそうした土地であることが多く、ネギ畑にも適していた。また果樹園では下草を刈ったまま緑肥として分解させるので、土壌がふかふかになっているところが多い。ネギを栽培するのに適しているなら、10アール当たり150万円の売り上げも期待できる。
「それだけの売り上げがあるなら、伐根の費用をかけてでも使うべきでしょう。最初は反対していた師匠も、説明したらさすがに納得しましたね」と清水さんは言う。
「常識はこういうものだ」と言われることを清水さんは嫌う。実際に、これまで周囲の農家がやってこなかったことを実践してきたのがねぎびとカンパニーだ。
1年目で1ヘクタールの面積で栽培を始めたこと。元果樹園をネギ畑にしたこと。ネギの贈答用商品を売り出したこと。スーパーや飲食店などへ直接営業に出向いたこと。
近年は、一般消費者向けのネギ苗を商品化し、着実に売り上げを増やしている。これも、今までの農家がやってこなかったことである。
年商2.3億円の会社に成長させるまでは失敗の連続
1日20時間労働。農業経験ゼロからのスタートながら、農家が忠告する「常識」を疑って独自の栽培方法を追究し、自らの足と頭で販路を広げ、わずか10年で年商2.3億円の会社に成長させた。端から見ると順調に進んできたように感じられるかもしれないが、これまでやってきたことの9割は失敗の連続だった。
「あまりにも農業に取りつかれている」と清水さんは自らについて語った。「僕の性格に合っているんでしょうね。農業はうまくいかないことが多すぎる。でも、いくらやってもわからないから続けられる。かえってすべてがうまくいくようだったら、やめていたかもしれない」
わからないからこそ農業の魅力や面白さがあるということでしょうか──。
筆者の問いに、清水さんはこう答えた。「面白くはないね。苦しいですよ。苦しんでこそのプロだと思ってますから。楽しい、面白いっていうのは、草野球みたいなもの。アマチュアレベルが言うことでしょう」
清水さんはやや思いを巡らす表情をしてから、こう付け加えた。「農業を始めたころは楽しかった。そのころは、農業が好きだった。でも、今はつらいですね。つらいけど、今は農業を愛しています。楽しいとか、面白いとかだけでは表現したくないですね」
2017年から、清水さんは東京の芸能プロダクションに所属している。「野球だったら王や長嶋が、サッカーだったら三浦知良や本田圭佑といったスター選手がいます。でも、農業だったら誰がいる? 誰もいない。有名な人の名前が出てこない分野は、人が少なくなっていきます」(清水さん)
スポーツ界のように、農業界にも憧れられる存在が必要だ。そんな思いから、清水さんは自らが「芸農人」となるべく、メディアでの露出を増やすようにしている。
講演を頼まれたことがきっかけとなり、2019年に地元の小学6年生を相手に、年間50時間の農作業の授業を行った。校庭の一角で育てたネギを、修学旅行で訪れた東京のスーパーで自ら販売までさせた。
全国の学校に「農業部」という部活が作られたらいいという望みも清水さんは抱いている。
もともと「山形の農業を元気にしたい」という思いが農業を始めるきっかけだった。
「あのときは何もわかってなかったね」。そう言って清水さんは笑ったが、毎日50件は届くという生産者からの質問のメールにも一つ一つ返答し、「芸農人」になって子どもたちの憧れになろうとしている。その姿からは、むしろ就農当時よりも強い使命感を抱くようになったのではないかとすら感じられる。
今後も清水さんとねぎびとカンパニーのさらなる活躍に期待したい。
初代葱師 清水寅
https://www.shimizutora.com/