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ネギ1本が1万円!【中編】~スーパーの売上増も提案、営業の最大のポイントとは~

ネギ1本が1万円!【中編】~スーパーの売上増も提案、営業の最大のポイントとは~

農業を始めた当初から1日20時間労働を続けているという、ねぎびとカンパニー代表取締役の清水寅(しみず・つよし)さん。がむしゃらに走り続けているようでいて、実は緻密な計算と細かな作業は決しておろそかにしない。営業も作業も経営も、すべて「1%の重みが大事」という清水さんに、農業に数字が重要である理由や営業活動のポイントなどについて語ってもらった。

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■清水寅さんプロフィール

ねぎびとカンパニー株式会社代表取締役。高校卒業後、金融系の会社に就職し、20代でグループ会社7社の社長を歴任。2011年より山形県天童市にてネギ農家を始める。2014年に株式会社化。1本1万円のネギ「モナリザ」など、贈答用ネギでブランド化。2019年に山形県ベストアグリ賞受賞。著書に「なぜネギ1本が1万円で売れるのか?」(2020年・講談社+α新書)。
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農業経験ゼロ、コネも売り先もなしの状態で初年度から約1ヘクタールのネギ栽培を開始した清水寅(しみず・つよし)さん。新規就農2年目のネギ農家としては日本一の栽培面積約5.4ヘクタールを達成し、10年で年商2.3億円の会社にまで発展…

自ら直接取引を勝ち取り、3年目には農協出荷ゼロに

就農当時に苦労したことの一つがネギの販売先だった。よそ者で自己主張の強い清水さんは他の生産者からよく思われず、農協の系統出荷から外されて新しい支所の所属にまわされてしまった。しかもその年はネギが大豊作となり、価格は暴落。せっかく他の生産者よりも面積を広げたのに、これでは売り上げを増やせない。

そこで清水さんが考えたのが、そば屋への直接販売だ。農作業の合間を縫って山形県内のそば屋に飛び込みで訪問してまわった。当時清水さんが作っていたネギは、細長くて皮がやわらかく、また鮮度もいいとあってそば屋からの評価が高く、約50件の契約を取ることができた。

次の年にはスーパーへの営業も開始した。山形県のおーばん、山梨県・長野県・静岡県のオギノといった地域密着型スーパーとの契約から始まり、4年目には首都圏で店舗展開しているいなげやと契約を結んだ。農協への系統出荷も、3年目にはゼロとなった。

そば屋やスーパーとの直接取引によって売り上げが大きく増えたわけではないが、経営は安定した。直接取引では市場のような競りがないため、価格が乱高下しない。年間を通して安定した収入が得られれば事業計画も立てやすくなる。数ヘクタールの畑をこなすために大勢のスタッフを雇用するねぎびとカンパニーにとって、経営が安定することはなによりのメリットだった。

農産物販売の営業について、「まずは農家が自分で行くべき」と清水さんは言う。「もちろん、口下手でしゃべれなかったり、うまく説明できなかったりする人だったら、誰かにお願いしてもいいと思います。要は誰がやったら結果が出るかが重要ですから」

営業が苦手であれば、必ずしも農家自ら売りにいく必要はないと言う清水さんだが、一方ではこうも語っている。「生産者ではない営業マンは、その生産者の野菜を売らなくても生活していける人だということはわかっておく必要があります。どこかの営業マンに委託しても『ダメでした』って帰ってこられるだろうけど、僕は自分の作ったネギを売らなければ生活ができない。だから、他人に任せるのと自分で売りにいくのとでは熱意が違います」

スタッフと作業手順を確認する清水さん

スタッフと作業手順を確認する清水さん(画像提供:ねぎびとカンパニー)

営業のポイントは相手が望むものを提案できるか

営業の最大のポイントは、相手の事情を知ることだという。例えばスーパー側の事情を考えてみる。店の棚に並ぶネギの価格が3本198円とした場合、相手方の利益率が30%に設定されていれば卸値は198円×0.7=138.6円、利益率35%のスーパーならば卸値は198円×0.65=128.7円となる。よほど交渉力の強い商品ならばともかく、一般品種のネギを売る場合にはこの価格以下で交渉を始めなければ相手にもされない。

営業先を訪問しているうちに気づくことも出てくる。契約していたスーパーでは昔から続く3本セット198円で販売されていたが、地方よりも核家族化の進んでいる東京では3本を使い切れずに捨ててしまう家庭もあると聞いた。

そこで清水さんは2本セット198円での販売を提案した。1ケースでネギ45本なので、従来の3本セットと2本セットでは次のような違いが出る。

1ケース当たりのスーパーの売り上げ
3本セットの場合:198円×15セット=2970円
2本セットの場合:198円×23セット=4554円(※)
※ ねぎびとカンパニーではLサイズ46本で出荷。

消費者にとっては同じ198円でネギ3本が2本になるわけだが、結果的には問題なく売れた。消費者のニーズに合わせて視点を変えただけで、53%の売上増をスーパーに提案できたわけである。

いきなりネギの小売価格を1.5倍にすれば消費者は拒絶するだろうが、同価格で3本を2本にすると、事実上1.5倍の値上げにもかかわらず受け入れられた。
スーパーの売り上げアップに貢献したねぎびとカンパニーも、卸値を引き上げてもらった。

「先方の事情を考えてみれば、質のいい農産物を直接紹介してくれる生産者の存在はありがたいはずです」と清水さんは言う。2021年10月時点で24社のスーパーと契約している同社だが、数々の営業をこなしてきた経験から、「スーパーはいい生産者を求めている」と清水さんは感じている。スーパーとしては新たな産地開拓をしたくても、そこに割く費用も時間も不足しているのだ。わざわざ向こうからいい商品を提案しに足を運んでくれる生産者に、興味を持たない企業はないということだ。

担当者としっかりコミュニケーションを取り、先方が何を望んでいるのかを考えてこちらから提案し、信頼のできる生産者だと思わせることで契約を取ることができる。

ねぎびとカンパニーの作業場(画像提供:ねぎびとカンパニー)

箱詰め作業で5本つかむか、6本つかむか。1本の差が大違い

どんなに細かいことでも突き詰めて考えるという清水さんは、「1%の重みを大事にしている」と語る。目先のことでは小さな差に見えても、30年でどのような違いが表れるかを必ず計算するようにしている。

わかりやすい例が、清水さんが主張する「5本・6本理論」である。ネギの箱詰めをするときに、一度に5本つかむか、6本つかむかというものだ。

たいていの人は、5本でも6本でも大差はないと感じるだろう。しかし清水さんの考えは違う。1ケース30本入りの箱詰め作業をする時に、一度に5本を手に取る人は6回の手数となるが、一度に6本を手に取る人は5回の手数で済む。1日400ケース出荷するとして、30本×400で1万2000本になるので、5本つかむ人は2400回の作業、6本つかむ人は2000回の作業となり、400回分の作業の差が生じる。

ネギの箱詰め「5本・6本理論」

ネギの箱詰め「5本・6本理論」

400回分の作業というと、5本つかむ人にとっての80ケース分に相当する。1箱ではたった1回の差でしかないが、400箱の作業に換算すると1日でこれだけの差が生じる。これを1カ月、1年、30年で計算するとどれだけ人件費に差が出るか。そう考えれば、一つ一つの細かい作業もおろそかにはできなくなるはずだという。

「こういうことは数字で見ないとわからないんです」と清水さん。たった1%の違いは、すぐ目の前では大した差には感じられないかもしれない。しかしそれが1年先、10年先、30年先でイメージするとまったく異なった世界が見える。清水さんはスタッフにどんなささいなことでもしっかりと計算して示し、それは本当に小さな差なのか、適当に済ませていい作業なのかを考えてもらっている。

毎日のミーティングで情報共有は徹底する(画像提供:ねぎびとカンパニー)

面積を2倍にしても収益が2倍にならない理由

一方で、あまりに計算が単純だと間違った結果を招くこともある。就農当初から作付面積を拡大しつづけてきたねぎびとカンパニーだが、ただ面積を広げるだけでは利益率が低くなってしまうという経験もしていた。

例えば、1ヘクタールで600ケースの出荷をするとして、単価が1000円であれば売り上げは60万円となる。原価率8割として経費は48万円。売り上げから引くと、12万円の利益になる(利益率2割)。

売り上げを伸ばすために面積を2倍の2ヘクタールにしたとする。ケース単価1000円で1200ケースの出荷となり、120万円の売り上げ。原価率は変わらないので経費96万円を差し引いて24万円の利益となる。

面積を2倍にした場合の売り上げと利益率予想

面積を2倍にした場合の売り上げと利益率予想

1ヘクタールでも2ヘクタールでも同じ経営をすれば、利益率が変わらないので単純に2倍の利益となるはずだ。ところが「そうはならない」と清水さんは言う。
「面積がある程度の規模になると、適期で作業ができなくなるからです。面積を大きくすれば人手が必要になる。しかし技術の伴っていない新人スタッフが入れば必ず作業効率が下がります。すると適期での作業ができなくなり、ネギは雑草に負け、病気に負け、収量が下がる。1ヘクタールで600ケース出ていたものが、2ヘクタールにしたところで1200ケースにはならないんです。そのぶん売り上げも落ちて、利益率も下がります」

そこで清水さんは面積を広げるだけではなく、単価アップも必須だという結論に至った。
もしケース単価を1000円から2000円に上げられたら、1ヘクタール600ケースのままで120万円の売り上げを出せる。600ケースに対する原価はそのままなので48万円(原価率4割)。売り上げから経費を差し引いた利益は72万円だ(利益率6割)。同じ120万円の売り上げを得るにしても、面積を2倍にするのと単価を2倍にするのとでは利益率が大きく変わってくる。

単価を2倍にするというのは極端な例だが、単価を上げるとこれだけ利益率も高くなるということがよくわかる。

単価を2倍にした場合の売り上げと利益率

単価を2倍にした場合の売り上げと利益率

最初のうちは面積を広げていってもいいんです。でも、ある程度のところで単価が大事だって気づかないといけない。こういうことはやらなければわからないですからね。実際にやってみて失敗するのはいいことなんです。失敗するのも立派な仕事。僕も失敗だらけですよ」と清水さん。

とはいえ、面積の拡大だけでは利益が出ないと気がついたのはいいが、単価を上げるのは容易ではない。3本98円からスタートして、3本158円、3本198円、2本198円にまで価格を上げるところまではスムーズだったが、そこから先が難しかった。2本298円になるまでにはさらに3~4年はかかったという。

さまざまな試行錯誤を重ねた末に清水さんがたどり着いたのが、1本1万円のネギ「モナリザ」だった。モナリザは年間で10本と取れない希少な贈答用商品だが、「ねぎびとカンパニーのネギは1本1万円でも買う人がいる」というイメージを消費者に与えることで、2本298円という価格すら安く見せることに成功したのである。
品質の高いネギづくりと計算された戦略によりブランド価値を高め、利益率を上げたねぎびとカンパニー。同社の挑戦はさらに続いていく。

品質へのこだわりは苗づくりから

品質へのこだわりは苗づくりから(画像提供:ねぎびとカンパニー)

初代葱師 清水寅
https://www.shimizutora.com/

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