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基盤整備で農地が持続可能に! 悪条件の耕作放棄地でも進む担い手確保

基盤整備で農地が持続可能に! 悪条件の耕作放棄地でも進む担い手確保

京都市の大原地区は20年ほど前まで耕作放棄地が目立つ地域でしたが、さまざまな取り組みの結果、新規就農者も参入し農村風景が復活しました。その重要なきっかけとなったのが、地域住民の力が合わさって実現された基盤整備事業でした。
一方、大原地区から山間に入った百井地区でも基盤整備事業が実施されましたが、気候条件や立地の厳しさから、大原地区とは少し違った展開で農地の利用継続が図られています。今回は基盤整備によって農業の担い手としての新規参入者を受け入れる重要性を、実際の就農時の事例紹介を交えて考えます。

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基盤整備事業区域内の耕作放棄地への参入

筆者が経営する「つくだ農園」がある京都市の大原地区では、地元の人々のさまざまな工夫と、農業しやすい環境を作るための基盤整備事業の導入により、耕作放棄地がほぼ解消されています。
その中心人物となったのが、宮﨑良三(みやざき・りょうぞう)さんです。宮﨑さんは大原地区の基盤整備のための「土地改良区」を組織。また、地域の農産物を販売する「大原ふれあい朝市」の企画や直売所「里の駅大原」の設立にかかわったりと、大原の田園風景復活に大いに貢献してきた人物です。

宮崎良三さんが主導した大原地区の改革とは?
耕作放棄地を解消して「有機の里」づくりへ! 新規就農者を呼ぶ基盤整備の立役者とは
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大原三千院などの観光スポットで知られる京都市左京区の大原地区。この地では筆者が営むつくだ農園をはじめとして、多くの若者が耕作放棄地や遊休地を借り受けるなどして新規就農しています。今では多くの若手農業者が有機農業を実践す…

宮﨑さんをはじめとした地元の農家の人々は、基盤整備によって営農環境を改善、さらに朝市や直売所の運営で農業者の所得向上を実現させてきました。しかし、これによって「うれしい誤算」も生じます。大原に若手農業者が相次いで参入してきたのです。筆者自身もその頃やってきた参入者の一人でした。

2006年、筆者が所属していた同志社大学大学院総合政策科学研究科は、「地域における社会課題を実践的に解決すること」を目的とした「ソーシャル・イノベーション研究コース」の新設立に際し、大原地区に農地と農家施設を借りました。ここを拠点とした研究活動が筆者の農園の始まりです。大原地区には地域づくりを中立的に進めるための組織「NPO法人京都大原里づくり協会」があります。当時このNPOの理事を務め、大学と地域の橋渡し役であったのも宮﨑さんでした。宮﨑さんは「学生さんたちが定住するくらいのつもりで、ここにどっと腰を落ち着けてやってくれるんやったら」と期待を込めて我々を受け入れてくれました。

当時、筆者が研究事業の一環で借りた農地のうち、多くは耕作放棄地。基盤整備事業がちょうど実施される手前で、実施計画策定のためにも担い手を確保し、線整備(農道や水路の整備)導入後に営農の継続が保証されていると示さなければならない土地でした。すでに30年ほど耕作放棄されていた土地を、大学院生だった筆者らが、樹木を伐採し、イバラの生い茂るやぶを切り開いて開墾しました。草に覆われていた石積みも姿を表し、棚田の景観が本来の姿に。地域住民からは、「見晴らしが良くなった」「あぜ道が通りやすくなった」「懐かしい景色や」といった声をかけられました。宮﨑さんからも、「こんなとこ、どうもならんと思っていたのに、見違えるようになった」と言われたことを覚えています。

2008年の春には、筆者が管理する農地がある「つくだの棚田」でも線整備事業が実施されました。これまで一輪車でしか野菜や資材を運べなかったあぜに、軽トラで入り、積みおろしできた時の驚きとうれしさは忘れられません。また、この線整備で棚田の全体に農道が付けられ、さらに奥まった部分にあった農地を開墾することもできるように。こうした一連の開墾に始まる筆者らの活動を見た地域住民からは、「こっちの畑もやれるか?」といった声がかかり始め、筆者が個人的に管理する農地がぐっと増えました。

この頃、筆者の研究の一環として、多くの体験型農業イベントを実施。その結果、棚田などの営農条件の悪い地域であっても、イベントとしての農作業体験やオーナー制度といった体験型の農業が可能であるとわかりました。むしろ参加者からは美しく整備された棚田の景観の良さが好評を博しました。
さらに、ちょうど基盤整備事業の終わった工区の農地が利用できる段になると、利用予定者が未定であった農地を耕作するように地域から頼まれることもありました。当時、耕作放棄地や遊休地が増えるなど、大原地区は営農体力の高くない地域だったと言えますが、大原ふれあい朝市や里の駅大原などの直売所ができたことで、この地域に新規参入する農業者が増えました。

害獣防止柵周囲の伐採作業にあたる新規就農者たち。2010年の春ごろ

基盤整備事業と新規参入者

新規参入者が増えた背景には、まず、遊休地など空き農地があったということ、次に、耕作条件が悪かった場所が基盤整備事業によって改善されたということ、さらに農産物の販売拠点が充実してきたことという3つの要因がありました。大原地区の場合は、地域内での販売も可能な上、市街地へ直接納品に出向けるほどアクセスが良いということも、新規参入者が増える要因になったと言えます。

中山間地域における基盤整備事業は、平地農業地域と比べて大区画を作りにくく、場合によっては線整備事業のみで実施される場合もあります。つまり、規模拡大を目指す集約的農業を求めるよりも、現存農地の継続的な営農を目的とする性格があります。
もともと小規模農業者が多いこのような地域においては、家族経営を核とする零細農業が盛んです。有機栽培など循環型の農業生産を目指す新規参入者はもともと大規模な営農を目指していないため、中山間地域での就農を希望するケースも多くなってきています。比較的営農条件の悪い中山間地域であっても、最低限の整備事業を導入することで、新しい担い手が参入しようとするときに、より営農を決意しやすい環境を作れるのではないかと思います。
特に、基盤整備事業の予定区域内に遊休化した農地がある場合には、事業完了直後から新規参入者が入る余地がありますので、地域としても新規参入者を受け入れる体制を持つことが求められるでしょう。

百井地区における基盤整備事業と筆者らの実践

基盤整備事業が実施される前の百井地区の農地

大原地区中心部の基盤整備に続き、大原のはずれにある百井地区でも整備事業が行われました。百井地区は大原の一つの集落ですが、大原から車で20分ほどの北部の山間に位置し、標高も620メートルと高地にある集落です。水の湧くところを指す「井」の入る地名のとおり、安曇(あど)川源流域に広がる盆地に村落と農地が広がっており、おいしい湧き水や夏でも涼しい高原性の気候が魅力の一つです。
百井地区では基盤整備事業によって線整備事業を導入。基盤整備事業の実施後は全ての受益農地で営農活動を行うことが条件になるため、整備前に多数あった遊休地での営農を打診されたのが筆者たち新規参入者でした。
当時、百井地区では高齢化が進み、耕運機や手押し田植え機で小規模稲作を中心に営農を続けている農業者が多く、すでに使われなくなり、年に数回草刈りをする程度になっている遊休地が増加。さらに害獣も増えていたため、「中山間地域等直接支払制度」を利用して害獣防止柵の設置事業を行いました。害獣防止柵の施工・設置は、補助事業ではありましたが地域の住民らで行う必要があったため、百井地区の年配の農業者に混じって筆者らも作業を行うなど、地域に入っていきました。

当時6軒の筆者ら若手就農者は、約70アールほどの農地を借り受け、共同で水稲作を行うこととしました。基盤整備前から4作ほど続けましたが、結果的には思うような成果を上げられず断念。一部の農地では畑作物の栽培にも取り組みましたが、冬には厳しい寒さとなり雪に閉ざされることも少なくない百井地区の農地では、年1回の作付けしかできません。大原地区で規模拡大ができていた筆者らは、営農条件の悪い百井地区から次第に足が遠のくようになってしまいました。
しかし現在でも、若手農業者のうち3軒がこの農地での営農を続けています。

そのうちの1軒、大原地区でレストラン「わっぱ堂」を経営する細江聡(ほそえ・さとし)さんは、百井地区で大原との気温差を利用して時期をずらした作付けを行っています。スナップエンドウなど豆類や葉物野菜が中心の春野菜の出荷期間を遅らせたり、秋冬野菜の出荷を早めたりするなど、他の大原の生産者との差別化を図っています。また、水稲作をもち米に絞り、天日乾燥を経て餅作りにつなげる新規参入者の挑戦が始まるなど、差別化と高付加価値化に向けた実践が続けられています。

「わっぱ堂」のカウンターキッチンで料理の下ごしらえをする細江さん

多様化する百井地区の農業

百井地区の整備事業受益農地の中には、排水が悪く、水稲作すらも厳しい農地がありましたが、地域で養鶏業と地鶏料理「とり幸(こう)」を営む林忠夫(はやし・ただお)さんらの発案でショウブやハスが作付けされ、切り花として出荷されています。ハスの花が咲くお盆の頃には夏祭りが開催され、地域住民と都市住民の交流がはかられています。
近年、林さんらを中心に、「ももい菊芋の会」が結成されました。菊芋は、土壌条件を選ばず栽培に取り組むことができ、含有成分のイヌリンは血糖値の上昇を抑える働きがあるなど健康価値も高いことから、栽培が広がってきています。秋に収穫したのちは乾燥させたり、粉末にしたりすることで加工品としての利用も始まりました。
他にも、百井地区では、定年退職者らのグループが参入し、農地の担い手になっている他、地域おこし協力隊を務めたことがきっかけで地域に入った若者が地域に定着するなど、地域外部からの人の流れもできつつあります。

林さん自身が育てる地鶏の肉と卵を料理して提供する「とり幸」

自然条件の厳しさや市街地から離れた立地であることから、農業経営面でのメリットが多いとは言えない百井地区ですが、地域の環境に合った作物の栽培や農地との付き合い方を考えることで農地の持続的利用が可能になるはずです。冬季に収穫が難しいため、保存性の高い夏季作物を栽培したり、またその加工品作りを考えたり、退職後のセカンドライフにおける自給的な農業の拠点として農地を活用したりする、そんな姿を百井地区の農地から垣間見ることができます。

未来の多様な担い手にバトンをつなぐ基盤整備事業

こうしたさまざまな形の新しい農業が可能になるのも、農業の基盤整備事業を導入して、営農条件を改善する道を選んできたからこそといえます。現在、多くの中山間地域で耕作放棄や遊休地化が進み、農業を営むことのできる農地が減りつつあります。将来にわたって営農できる環境を残すためにはどのような条件の改善が必要か、考えることが大切です。高齢化が進む中、地域の人材だけでは解決できないこともあり得ますが、いまは若者の農業への新規参入件数も多く、地域外からの参入を積極的に受け入れながら地域の将来を考えることも可能です。
農業経営希望者の新規参入に限らず、退職後のライフワークとしての自給的農業や、趣味の家庭菜園としての貸し出しといった用途からでも、農地の利用は進みます。筆者の周りでも、貸農園の利用から高じて、個人的な畑の賃貸借契約を結んで小さな農業を営むケースも多くあります。また、筆者がそうであったように、大学の研究や活動の一環で若者が入ってくることもあります。
基盤整備後の農地は、地域内の構成農家で全て利用できることが望ましいですが、そうでなくとも、条件の改善された農地は、さまざまな形の新規参入者を引きつける農地となります。地域の農地を持続的に利用できる条件を整えた際には、誰が担い手になるのか、地域の中で見当がつかなければなりません。農業の継承形態が変化してきている昨今、農地の担い手は、地域外からの新規参入者である可能性が大きくなってきています。さまざまな形の新規参入者にバトンを渡すことを想定して地域計画を立てることも、これからの基盤整備事業の一環と言えるでしょう。

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