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「旅行業×農業」の相乗効果がもたらす、新しい営農のカタチ

「旅行業×農業」の相乗効果がもたらす、新しい営農のカタチ

近年、増加傾向にある一般企業の農業参入は、地域経済の底上げが期待され、雇用の創出などの観点からも重要と言えるだろう。そうした中、大手旅行会社の株式会社エイチ・アイ・エス(以下、HIS)が2021年11月に農業事業プロジェクトを立ち上げた。コロナ禍の長期化で大打撃を受けた同社の転機を見据えた取り組みからは、日本の農業が抱える課題解決の糸口が見えてきた。

HIS農業プロジェクトとは

ボックス入りミニトマト

HISが新たな事業の柱を目指し立ち上げた「HIS農業プロジェクト」は、新型コロナウイルスが猛威を振るう2020年4月、緊急事態宣言下で産声をあげた。コロナ禍以前より電力事業や関連事業(ホテル、テーマパーク)など多岐にわたる事業展開で旅行事業の進化・発展を進めてきた同社が農業事業に着手したきっかけは、社員の声だった。

「コロナ禍で休業状態に陥った当社は危機感を抱き、新しいビジネスモデルを社員に募りました。5500件ほどの多彩なアイデアから10件程度にしぼった中に農業があり、ビジネスとして成立するかを検討したことがプロジェクト発足のきっかけです」と、HIS農業プロジェクトの市原伸悟(いちはら・しんご)さんは当時を回顧する。

発足当初は観光農園の運営を検討していたがそれでは旅行業の域を出ない。「ならば自分たちで農業をやってみよう」と、自社農園を想定したプロジェクトにかじを切ることになった。とはいえ、メンバーに農業経験者はいない。作付け品目はどうするか、圃場(ほじょう)はどう用意すればいいのか、栽培技術の乏しさをどう補うかなど、さまざまな課題に直面した。特に、圃場や栽培施設への投資にはビジネスとして成立するかの判断が必要である。そこで、埼玉県蓮田市でミニトマト栽培を手がける株式会社ヨシダに検証支援を依頼。同様に異業種から農業へ参入した同社のアドバイスを受けながら、HIS農業プロジェクトは本格的に動き出すことになった。

誰でも、簡単に、楽しく。持続可能な農業を目指して

誘引作業

同社が作付け品目として選んだのは「ミニトマト」。栽培には農業ITベンチャー企業のプラントライフシステムズが提供する「アイリッチ農法」を採用し、栄養価の高い高糖度トマトの安定生産を目指す。さらに、データを活用したかん水の自動化や温度の見える化を進めることでムダなく、効率よく、簡単に結果を出せる農業の実現にも取り組んでいる。

「日本の農業は長く生産者の感覚によって支えられてきました。そのため、新規就農者が栽培技術を習得するためにはベテラン生産者のもとで学ぶ期間が必要。一人前になるまでに費やす時間は膨大です。この、感覚という曖昧な部分をデータによって見える化し、ロボット技術やICTなどのスマート農業で技術や経験を補うことができれば、誰でも、簡単に、楽しく農業ができることに気づきました」(市原さん)

担い手不足や後継者問題、農業従事者の高齢化など日本の農業が抱えるこれらの課題に対し、スマート農業導入は確かに効果的といえるだろう。しかし、個人が高額な設備に投資するには限界がある。資金力がある企業が最先端技術をもって農業に参入することは地域農業の活性化のみならず、就農希望者の受け皿となり、雇用創出にもつながるというわけだ。

さまざまな可能性を秘めたHIS農業プロジェクトは、2021年12月、約700坪(約23アール)の圃場にミニトマトの人気品種「プチぷよ」を6000本定植。この大きな一歩の価値を市原さんは次のように説明する。
「実証実験段階ではまず、データを蓄積することが最大のミッションと考えています。最新技術とデータを活用した持続可能な農業と自社農園の実現に向け、メンバー一丸となって取り組んでいます」

HISのリソースを活用した販売形態の確立と6次産業化への挑戦

枝についたミニトマトアップ

同社が手掛けるミニトマト「プチぷよ」は甘みと酸味のバランスが良く、皮残りがほとんどない新食感の人気商品だが、一方で傷がつきやすく、日持ちがしないことから小ロットで仕入れる卸業者や小売店が多い。そのため、店頭ではなかなかお目にかかれない希少なミニトマトとしても知られている。HISではこの問題を解決するため、独自のリソースを活用した販売を試験的に行った。初収穫となった2022年2月中旬、宮城県仙台市のHIS店舗にて店頭販売を開始。アーケード内にあるこの店舗は人通りが多く、消費者の目に留まりやすいことも相まって売り上げは上々。消費者からも「『プチぷよ』は知っているけど、どこにも売っていない。まさか、HISで買えるとは思わなかった」、「ミニトマトの中でも『プチぷよ』は別格。甘くて本当においしい」など喜びの声が寄せられたという。年間約28トンの収穫を計画している同社は今後、全国のHIS店舗での店頭販売及び、ECサイトでの販売、通信販売を予定している。

「自社で農作物を作り、販売することで生産者と消費者を直接つなぐことができます。当社が持つさまざまなリソースを活用し、生産、加工、流通、販売まで行う6次産業化の形態で効率化を図る方針です」(市原さん)

ミニトマトで確かな手応えをつかんだHISは、宮崎県日南市で国産かんきつを栽培する「緑の里りょうくん」と連携し、国産グレープフルーツの栽培を進めている。果樹の場合、収穫まで数年を要するため、ミニトマトで基盤を固めながら他の作物を含んだ事業展開を計画中とのこと。また、2021年9月にはサクランボや西洋ナシなど果樹の宝庫として知られる山形市と観光及び農業の振興による地方創生の推進に関する連携協定も締結している。旅行業に加え、農業事業がHISの柱になる未来はそう遠くないだろう。

「異業種からの農業参入はリスクがあるのも事実です。ただし、何もわからないからこそ事業として成り立たせるために無我夢中で取り組むことができました。私も含め、農業未経験者9人でスタートしたプロジェクトですが、近い将来、確実に実を結ぶと確信しています。何より、作物を作ることは本当に楽しいんです。この思いを消費者と共有することがHIS農業プロジェクトの最大の喜びです」と、農業プロジェクトのやりがいを語る市原さん。

トマト枝_引き

「旅行業×農業」。この異業種の組み合わせがもたらすのは同社の新たな事業創出のみならず、担い手不足や高齢化による離農、耕作放棄地などわが国の農業が直面する問題解決への糸口である。一見、相反する業種だが、旅行業を通して全国に広がるHISのネットワークを駆使することで、圃場の確保や現地の農業情勢にそった自社農園の運営、雇用の創出、さらにはデータ化や自動化などスマート農業の促進にも期待が持てる。

アフターコロナを見据えた同社のチャレンジは、「どんな作物を作り、だれに届けたいか」という営農理念のもとに成り立っている。農業界に新風を吹きこむHIS農業プロジェクトの今後の取り組みにも注目していきたい。

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