虫をもって虫を制す!? 天敵を使った病害虫対策が農家に優しいワケ
全国の農場を渡り歩いているフリーランス農家のコバマツです。今回は沖縄県農業研究センターにきています。日本の中でも特に温暖な気候の沖縄では、病害虫の被害も多そうなので、どうやって害虫対策をしているのか疑問です。「やっぱり農薬をたくさん使うしか方法がないのでは?」と思っていたところ、農薬だけに頼らずに「虫」を活用した、農家にも環境にも優しい病害虫対策があるそう。さらに農家の収量アップにもつながるメリットについても聞いてきました。
温暖な地域でも効果がある「虫」を使う病害虫対策
今回も引き続き沖縄県で農作業をしています。全国の農家を渡り歩いているコバマツが沖縄で農作業をして感じた一番の驚き。
虫がデカイ。
平均気温23度の沖縄県。年中通して温暖な気候ということもあり、病害虫の被害も多そうです。
暖かい沖縄で病害虫対策はどうしているのでしょうか? 農薬をたくさんまいているのかな?
そこで、沖縄県の病害虫対策について話を聞くために、沖縄県農業研究センターに取材に行きました。
沖縄県農業研究センター(以下、農研センター)主任研究員の秋田愛子(あきた・あいこ)さんと研究員の安次富厚(あじとみ・あつし)さんを訪ねました。
沖縄県農業研究センター主任研究員の秋田愛子さん(左)と安次富厚さん(右)
コバマツ
暑い沖縄で、病害虫の対策はどうやってしているんですか? コバマツは「暑い地域=虫が多い」というイメージを持っているので、農薬をたくさん使うのかなと思っているのですが……。
農薬を多く活用する方法もありますが、「天敵」を活用して病害虫を駆除する方法も沖縄でも広がってきています。
安次富さん
天敵!? 天敵っていうと、ネズミにとってのネコみたいなやつですよね?
そうですね。作物に害を与える悪い虫を食べてくれる良い虫を「天敵」と呼びます。天敵を畑に増やすことで、害虫を駆除することができるんです。
そんな方法があるんですね! 薬剤じゃなくて、虫を活用するなんて、なんだか環境に優しそう!
本土では暖かい西日本を中心に活用されていました。沖縄でもここ5年くらいで広がってきています。沖縄の生産現場では天敵を使用するようになってから、農薬や殺虫剤の使用回数も6割ほど減った事例もあるんですよ。
沖縄では最近普及してきた方法なんですね! 本土と同じやり方で、害虫が防げるんですか?
沖縄は本土と異なる気候であることや、栽培されている作物が違うことから、沖縄県ならではの天敵の活用方法を研究する必要があるんです。
天敵となる虫を購入する方法と、元からその地域にいる良い虫「土着天敵」を増やすという方法があります。農研センターではそれらの活用方法を研究しているんです。栽培試験圃場(ほじょう)もあるので、実際に行ってみてはどうでしょうか。
農研センターでは栽培の試験も実際にしているんですね!
作業中の試験圃場にお邪魔しますー!
気候に合った天敵の研究で、圃場での効果を上げる
早速、栽培試験用のハウスにお邪魔したところ、ハウスのすぐ外にきれいな花が咲いていました。
ハウスの前にある植物
秋田さん、ハウスの外に何か植わっていますね! これはなんですか?
これは「クレオメ」といって、天敵となるタバコカスミカメを誘引・増殖させるための「温存植物」なんです。作物にとって害虫であるアザミウマ類、コナジラミ類の土着天敵を集めるために育てている植物なんですよ。
秋田さん
タバコカスミカメ
土着天敵が集まるためのお家のような役割の植物なんですね!
そうなんです。本土では比較的簡単に育つ温存植物が、沖縄という日本の中でも特殊な気候の地域で育つのかというところから研究しています。温存植物が本土で発芽する時期でも、沖縄では暑すぎてそのままでは発芽できなかったりするんです。夏場から10月ごろは台風が常襲するので、温存植物の管理には毎年苦労しています。本土のやり方をベースに沖縄ならではの方法を研究しています。
本土のやり方をそのまま導入できるわけじゃないんだ……。
外の温存植物に土着天敵が集まってきて、温存植物が安定的に育ってきたら、ハウスの中に土着天敵をお引越しさせて、作物上で働いてもらいます。こちらは、食用ヘチマのハウスです。沖縄では一般的にヘチマを食べるんですよ!
ウリ科食用ヘチマの試験栽培のハウス。クレオメが育てられている
ハウス中で土着天敵が活動できるように、ところどころにクレオメを巻きつけている
土着天敵が集まる作物が育つかどうか、そして実際にそれが害虫に本当に効果があるかもここで研究されているんですね。
ん? これはなんですか? 天敵って書いてある!
ハウスの中で見つけた、天敵と書かれたボトルたち
これも天敵で、こちらは海外から輸入してきたものです! 日本でもメーカーが販売していて1本1万円前後で売っているんですよ。こちらも沖縄の気候で活用できるか、研究しています。「ミドリヒメ」は沖縄県で土着の天敵を製剤化したもので、それ以外は海外から導入した天敵を日本で各メーカーが販売しているんですよ。
天敵って売ってるんですね……! 知らなかった! 虫が売られてるってなんだか不思議!
こんな感じで、農研センターでは、本土の天敵が沖縄でも活用できるかどうかを研究しています。そして、「実際に沖縄でも活用できそうだ」と事例を積み上げて、研究内容を基に実際に農家たちに活用してもらえるように、栽培マニュアルを作成します。そのマニュアルに沿った栽培方法や防除方法を、農家の栽培指導をしているJAや普及所から農家に伝えていってもらうんです。
天敵となる虫を使って防除するって、やったことない人だと「大丈夫なのか?」「虫を使うなんて余計に害虫増えるんじゃないの?」とか思いそうですが、きちんと研究を重ねた方法なら農家も安心して活用できそうですね!
実際に天敵を活用して栽培している農家に行ってみた
実際に天敵活用でどのような効果があるのか、沖縄県豊見城(とみぐすく)市でナスやハーブを栽培している國吉正治(くによし・せいじ)さんの圃場を訪れました。
國吉正治さん。九州・沖縄地方で生産量1位のナス農家になることが夢とのこと
天敵導入で作業効率も収量もアップ!
ハウスの中では、天敵のすみかとなるクレオメが育てられている
天敵を活用して害虫駆除をしているそうですね! 実際取り入れてみた効果や、作業効率の変化など何かありますか?
自分は5年ほど前から取り入れているんですが、天敵を入れる前は週1回農薬を散布していたんですけど、今はほとんど農薬を使わなくてよくなりましたね。
國吉さん
農薬散布って本当に大変ですよね……。機械も重いし、準備も時間がかかるし……。それがほとんどなくなるなんて、その分他の作業に手を回せそうですね!
農薬散布に使っていた時間を作物の手入れにかけることができて、収量アップにつながりました!
作物の手入れに時間をかけることで、規模拡大が可能になり、ますます収量UPにつながってきているとのこと
ナスなどの果菜類は特に、摘心や摘葉など手をかけるだけ実りがよくなりますもんね。
そうなんです。それだけではなく、今までは、暑さと害虫に作物が負けて、沖縄では5月くらいまでしか野菜が育てられなかったのですが、天敵を活用することで6月まで収穫時期を延ばすこともできるようになりましたね。農薬散布では抑えきれなかった害虫も、天敵を活用することで抑えられるようになって、ますます収量アップにつながりました。
農薬では防げない害虫被害も、天敵なら防げる場合があるんですか! 栽培時期を延ばすことにもつながる効果もあるんですね!
暑さは遮光ネットでなんとか防げたのですが、虫の被害はどうにもできなかったんです。天敵導入で、最近では本土の方でも栽培時期を延ばすことができたという声も聞きます。
國吉さん
天敵導入で経費削減にもつながる
うちの場合、以前は1回の農薬散布で1万5000円ほどかかっていたんですが、最近は土着天敵も定着してきて農薬を購入しなくてもよくなってきました。
農薬ってそんなに高いのか……。天敵も畑に定着してきたら農薬を買わなくてよくなっていくんですね! 収穫量が増えて、売り上げも上がって、経費も抑えられるなんて利益もすごく残りそう!
農薬を減らすことで、作業時間が削減できて農家に優しいだけじゃなくて、環境にも優しい農業ができると感じています。「環境保全型農業の野菜」としてブランド化して販売していける可能性もあるんじゃないかと考えています。
暑い沖縄では害虫被害を受けないように農薬をたくさん使っているのでは。そう思い込んでいましたが、沖縄県では天敵を活用し、農薬の使用量を減らすことができる、農家にも環境にも優しい害虫対策が研究・実践されていました。
暑い地域でも農薬だけに頼るのではなく、天敵を活用することで労働力・経費を削減することができて農家の利益向上につながる。さらに、環境にも優しい農業ができる可能性があるのだなと感じました。