オーガニックとは?
オーガニック(organic)の意味を英和辞典で引くと「有機の」という意味がまず出てきます。化学の分野では、有機(物)とは無機(物)の対義語で「炭素」を含む物、生物だけが作り出せる炭素の化合物という分類で使われる言葉です。
農業分野で「有機」というと、肥料や土壌改良の目的で使われる「堆肥(たいひ)」をまず想像するでしょう。そのため、「有機農業」というと、化学肥料を使わず、殺虫剤などの化学合成された農薬を使わない栽培方法「有機・無農薬」とイコールで結びがちですが、歴史をたどると必ずしもそれだけではないことがわかります。
オーガニックという言葉が生まれた背景にあるのは、戦後の農業近代化でした。
食糧増産のため、化学肥料や化学農薬、農業の機械化が急速に普及した時代です。そのなかで、土壌の「地力」や「自然環境」は軽視されるようになり、土地は痩せ衰え、当時は毒性の強い化学農薬も存在していたために、人体にも生態系にも深刻な影響をもたらしました。
こうした近代農業のあり方を批判するなかで生まれたのが、オーガニックという考えです。近代化によって農業から切り離されてしまった地力や生態系などの自然環境を、農業と一体にあると考えて、関係性を結び直す。いわば「農業と自然との関係」を修復する取り組みの総体です。
この目的にたどり着くための手段のひとつとして、現在の「有機・無農薬」といった農法があるのです。
オーガニックの目的
オーガニックに取り組む主な目的としては、次のようなものが考えられます。
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オーガニックは、すべての生命を尊重しながら、多様性のある環境のなかで持続可能な農業のかたちを目指す取り組みと言えます。
その具体的な内容を見てみましょう。
生態系の保全
土壌に有機物を投入すると、有機物を餌とする微生物や土壌生物が増え、土中の生態系が豊かになります。さらに、化学肥料の多投をやめることで、用水から排出されていた過剰な肥料成分が減り、水辺の生態系を守ることもできます。
また、農薬を使わないことでさまざまな虫が繁殖します。当然害虫も増えますが、害虫を好んで食べる「天敵」や鳥などの小動物もやってきます。
健康的な食生活の推進
近代化のなかで数々の食品公害問題が取りざたされ、消費者の健康意識は高まり、オーガニックの普及を後押ししました。
農薬を使わないことで残留農薬の心配をなくすほか、かつて食糧増産の目的で勧められていた化成肥料の多施用による作物中の「硝酸態窒素」(※)残留リスクも軽減できます。
※ 植物が自らの組織を構成するために必要な要素だが、作物中での濃度が高くなりすぎると、ビタミンCや糖分の含量が低下するといわれている。
地域の農業の活性化
堆肥の原料となる家畜ふんは、地域の畜産農家が処理に困っているものです。もみがらも同様で、稲作農家が持て余している場合が多いです。
これら地域資源を積極的に利用することで、地域内での「結びつき」や「循環」を生み出すことになります。
類似用語とオーガニックとの違い
オーガニックには、似た意味に捉えられがちな言葉がいくつかあります。
有機 | オーガニックと同じ意味合い |
自然農法 | 無農薬・無施肥で、播種(はしゅ)と収穫以外は人間の関与をなるべく排除する農法 |
自然農 | 無農薬・無施肥で、不耕起・不除草の農法 |
自然栽培 | 無農薬・無施肥だが、耕起や除草は必要に応じてする |
無農薬栽培 | 農薬を使わずに栽培すること |
ボタニカル | 植物性や植物由来などを指す |
有機JAS | JAS法(日本農林規格等に関する法律)に基づいた有機食品の生産方法に関する規格 |
環境保全型農業 | 化学肥料や化学合成農薬を低減するなど、環境への負担を減らすことを目的とした農業 |
※ 言葉の定義については一般的なものであり、実践者によってさまざまな解釈がある。
それぞれの概要と、オーガニックとの違いについて説明します。
有機とは?
・用語の意味
1971年に有機農業研究会を立ち上げた一樂照雄(いちらく・てるお)さんが生み出した言葉。もととなったのは「天地有機」という言葉で、「自然のしくみを生かす」という意味。有機農業は、自然のしくみを活用し、化学合成された肥料や農薬を使わないことなどで環境への負荷を抑える農業です。
・オーガニックとの違い
一樂さんは海外の「オーガニックファーミング」に色濃く影響を受けているため、オーガニックを日本語に翻訳したものと考えてもよいでしょう。
自然農法とは?
・用語の意味
「無農薬」「無施肥」が原則の農法。岡田茂吉(おかだ・もきち)さんと福岡正信(ふくおか・まさのぶ)さんといった先駆者により提唱されました。いずれも自然本来の力を生かす農法ですが、後者は「不耕起」「不除草」をも加えた4大原則としており、播種と収穫以外は何もしません。
・オーガニックとの違い
有機物を施肥するオーガニックに対して、自然農法では肥料をやらない「無施肥」が原則です。耕さない、草を刈らない場合もあります。
自然農とは?
・用語の意味
前述の福岡さんの自然農法に影響を受けた川口由一(かわぐち・よしかず)さんが提唱する農法で、「耕さず」「肥料・農薬を用いず」「草や虫を敵としない」が原則。
・オーガニックとの違い
自然農法と同様に「無施肥」で、圃場(ほじょう)内の生命バランスを生かすために不耕起・不除草としています。
自然栽培とは?
・用語の意味
世界で初めて無農薬・無施肥でリンゴの栽培に成功した木村秋則(きむら・あきのり)さんが実践する農法。自然農法や自然農と違い、植物がうまく育つためのサポートは積極的に行うという考えです。たとえば植物の根をよく張らせるために耕起をしたり、必要に応じて部分的除草をしたりもします。
・オーガニックとの違い
無施肥が原則です。オーガニックと同じく耕起はしますが、回数は控えます。
無農薬栽培とは?
・用語の意味
農薬を使わない栽培方法のことです。
・オーガニックとの違い
「無農薬」の解釈はさまざまです。オーガニックでは、環境負荷を与えにくい微生物農薬など、化学合成ではない天然の農薬の使用を許されている場合がありますが、無農薬栽培では、そのようなものも含めたあらゆる農薬を使わないというストイックな考えの人もいます。
ボタニカルとは?
・用語の意味
「植物由来の」を意味する英語です。植物からつくられたもの、植物から抽出した成分を使ったものなどに幅広く使われます。
・オーガニックとの違い
植物は有機物なのでオーガニックや有機といった言葉とは親和性こそあるかもしれませんが、直接的には関係がありません。
有機JASとは?
・用語の意味
JAS法(日本農林規格等に関する法律)に基づいた生産方法に関する規格です。有機JASの基準に適合した生産が行われていることが認められると、認証を受けることができます。
・オーガニックとの違い
日本では「有機農産物」「オーガニック」などの表示ができるのは、有機JASによる認証を受けた生産物に限られます。しかしこれはあくまで流通販売する際に消費者が混乱しないようにするための「規格」で、認証外のものが「オーガニック」ではない、ということではありません。
環境保全型農業とは?
・用語の意味
地球温暖化防止や生物多様性保全を目的に、環境負荷の軽減に配慮した農業。「環境保全型農業直接支払制度」では、化学肥料や化学合成農薬の使用を5割以上低減するなど一定の条件をクリアすれば、市町村から交付金をもらうことができます。
・オーガニックとの違い
化学肥料や化学合成農薬を低減する農業のため、使用することはできます。ハードルが低く、多くの人が取り組みやすいものになっており、地域ぐるみで取り組むことが想定されています。
オーガニックと表示するための基準
上記のように、オーガニック以外にもさまざまな似た言葉や呼称があります。かつては、オーガニックといっても表示方法や意味が統一されていなかったため、消費者は何を参考にして、どれを買ったらいいのか、混乱していました。
そこで農林水産省では2006年に、化学的に合成された肥料や農薬を使用しないこと、遺伝子組み換え技術を利用しないことを基本とした有機農法の定義を「有機農業の推進に関する法律」で定めました。
現在は、収穫した農作物をオーガニックの商品として表記する場合には、「有機JAS規格」の認証を受けて「有機JASマーク」を表示することが法律で定められています。
有機JAS規格の認証には、登録認証機関の検査を通過する必要があります。基準は細かく設定されていますが、有機JAS制度で「有機」および「オーガニック」の農産物とされる大まかな定義は以下の通りになります。
・化学的に合成された肥料および農薬の使用を避ける。
・遺伝子組み換え技術を利用しない。
・播種または植え付け前の2年以上の間(※)、有機肥料での土づくりを行った田畑で生産されたもの。※ 多年生作物の場合は最初の収穫前3年以上
オーガニックの農作物を栽培するメリット
オーガニックの農作物を栽培すると、どんなメリットがあるのでしょうか。
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信頼や価値が高まるだけでなく、周辺地域の環境が良くなったり、地域の結束が高まったりと多方面に良い影響をもたらします。
それぞれのメリットについて詳しく見ていきましょう。
信頼感の高い作物を提供できる
有機JASを取得していることが農薬や肥料に頼らない方法で栽培していることの証明となり、作物への信頼性を高めます。消費者からはなかなか見えない生産工程が第三者機関によって審査されるため、一定の基準をクリアしたという事実も信頼性の向上につながります。
環境への貢献ができる
環境負荷をできるだけ減らして生産する点で、自然にやさしい農業といえます。
化学的に合成された肥料や農薬を大量に使ったり、誤った使い方をしたりすると、土壌や大気、河川の汚染を招く恐れがあります。これらを使わないことで、生物の多様性を保全することにもつながります。
高値がつきやすい
消費者にもオーガニックという言葉が普及しているため、オーガニックの商品は引き合いがあります。現在も慣行栽培が中心のマーケットでは、オーガニック農産物の供給量はいまだなお少ないといえます。有機JASのように、オーガニックであることが明確にわかるマークで違いをアピールできれば、栽培方法や品質についての保証があるとわかりやすく伝わるため、高値で販売することができます。
ブランディングにつながる
オーガニックであること、それ自体が農産物のブランド価値を高めます。ある程度のロットがそろえば、市場などからも声がかかるかもしれません。
オーガニックの農作物を栽培するデメリット
では、デメリットにはどんなものがあるのでしょうか。
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いわゆる一般的な慣行栽培と比べると、化学肥料や農薬を使わないことで、このようなデメリットが生じます。
病気や害虫による被害が増えやすい
有機肥料は、適当な量を施せば害虫や病気が出にくいです。しかし、いったん害虫や病気が出てしまうと、農薬が使えず、そう簡単に対処ができません。
ただし、農薬使用が原則禁止の有機JASでも、やむを得ない場合に使用できる農薬がいくつかあります。何でも使えるというわけではなく、有機JASの申請時に使用する可能性のある資材を記入しておかなければなりません。
農作業の効率が悪い
農薬を使えないため、基本的に害虫防除は、露地栽培なら防虫ネット、施設栽培なら天敵を導入するなどの工夫が必要で、実行するには手間がかかります。
また、堆肥などの有機肥料は化学肥料と比べると肥料成分の割合が低いという特徴があります。慣行栽培と同じ成分量をまこうとすると、散布量が多くなり、重労働となります。
有機JAS認証に時間・コストがかかる
有機JAS認証を取得するのは無料ではありません。認証手数料がかかります。また、認証に必要な書類を準備しないといけません。
個人で申請すると負担が大きいという場合は、近隣の仲間とグループを組んで、共同で申請をするという手もあります。
申請書類を作成するにも、提出後に認証されるまでにも時間がかかります。目標の作付けまでに間に合うよう、計画的に申請準備をしましょう。
有機JAS認証を取得する流れ
有機JAS認証を取得する手順は以下のとおりです。
① 登録認証機関が定めた書類を作成、提出
記載にあたっては、JAS規格や認証の技術的基準について熟知しておく必要があります。認証されるまでの手順や義務、認証を維持していくのに必要な費用などの情報は登録認証機関から示されます。
② 書類審査
登録認証機関が指名した検査員が、書類の内容が認証基準に適合していることを審査します。その過程で、質問をされたり、改善の指摘をされたりするので、その都度検査員の指示に従って対応する必要があります。
③ 実地検査
圃場や保管倉庫などが認証基準に適合していることや、申請書類の内容が事実に即していることなどを確認するための実地検査があります。この場合も、不適合がある場合は、随時指摘があるため、適合するように是正する必要があります。
④ 判定
登録認証機関に設置されている判定委員会が、検査員から提出された書類の審査や実地検査の結果などをもとに、認証基準に適合しているか最終的な判定をします。判定結果は、結果にかかわらず申請者に通知されます。
⑤ 認定証の交付
判定結果が適合の場合、生産行程管理者として認証され、認証機関から認定証が交付されます。認証取得後も引き続き認証基準に適合している状態を保つことが求められます。
日本でも国ぐるみでオーガニックを応援
オーガニックは、今や世界的な潮流です。
日本でも2021年には、2050年の農業を見据えた農水省の「みどりの食料システム戦略」が正式決定しました。いちばんの目玉は、オーガニック(有機)の栽培面積を100万ヘクタールに増やすというものです。
一部の人のみが手探りで取り組んでいたオーガニックを、これを契機に国をあげて応援しようということで、生産者からも消費者からも注目が高まっています。
オーガニックが改めて注目されるなか、目的や基本理念に今一度立ち返り、自分の暮らしや農業のなかでどう関わっていくか、検討してみてください。