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出荷頭数は年間僅か200頭。希少な熊野牛のブランド力向上を目指す二刀流農家の奮闘 

湯川真理子

ライター:

出荷頭数は年間僅か200頭。希少な熊野牛のブランド力向上を目指す二刀流農家の奮闘 

日本には、松阪牛、神戸牛、近江牛など有名なブランド牛を始め、各都道府県でさまざまなブランド牛が肥育されている。実は和歌山県にも熊野牛(くまのぎゅう)というブランド牛がある。生産者が限定されていることから和歌山県外にはめったに出回らない希少な銘柄だ。「熊野牛を食べるために和歌山に来てもらいたい」と、熊野牛のブランド力を高めるために日々奮闘しているのが、和歌山県紀の川(きのかわ)市の西口寿一(にしぐち・としかず)さんだ。西口さんは標高600メートルの通称「天空の村」と呼ばれる山間地域で、熊野牛の肥育と柿などの果樹栽培も行なう二刀流農家である。自由に楽しくを理念に、思い立ったらすぐに実行することを身上にする西口さんを取材した。

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約90頭の熊野牛を肥育。一頭丸焼きイベントも主催

◎イベントポスター_n

農林水産省によると、神戸牛や松阪牛などの銘柄牛は、全国で320種類以上ある。品種や種別、枝肉の格付、飼育方法など、それぞれのブランドを推進する団体が定めた基準に沿って、その土地ならではの逸品に育てられる。

熊野牛は、和歌山県南部の熊野地方で昔(旧藩時代)から飼われていた和牛で、農耕用の貴重な労働力として活躍していた伝統ある牛である。1991年に和歌山県特産の黒毛和種としてブランド化された。

西口さんが営む西口畜産は、紀の川市の山間部で、牛舎のすぐそばには柿畑が広がる風光明媚(めいび)な場所である。年間を通じて豊富な水源に恵まれ、手入れの行き届いた牛舎で約90頭の熊野牛を育てている。

「水源が豊富なので、牛は自分たちと同じ山水を飲んでいます。環境の良い所で飼われている牛は人のもとに寄ってきますし、足元が奇麗な牛舎だと牛もストレスが少ないんです」と西口さん。

人懐っこい牛の表情を見れば、愛情いっぱいに育てられいることがよく分かる。熊野牛は年間約200頭しか出荷されていない希少な牛で、和歌山県内でも食べられるお店は少ない。

「もっと多くの人に熊野牛のおいしさを知ってもらいたいので、和歌山で和牛を扱っている所全てで熊野牛を取り扱ってもらうのが今の目標です。とにかくがむしゃらに思い立ったらすぐに行動しています」(西口さん)

チャンスがあれば思い切って行動に移す西口さんには協力者も多い。精肉店や卸業者、レストランと協力しながら、新しい試みを図っている。

2023年6月には熊野牛のおいしさを味わってもらいたいと、和歌山市のGAJU CAMP (ガジュキャンプ)場で熊野牛丸1頭を贅沢に丸焼きにしたカリフォルニアBBQパーティーを2日間にわたって開催した。

「こんな手法で食べることはあまり無いと思います。2日間に分けて開催したんですが、1日目もおいしいですが、2日目は脂が落ちて熟成されてまた違うおいしさを味わってもらえるんです」(西口さん)

今まで熊野牛を食べたことの無いという人も数多く訪れた、インパクト抜群の同イベント。大好評を集めたこともあり、2024年は11月16、17日の両日、同じ場所での開催を予定している。

〇丸焼きイベント)

熊野牛丸1頭をぜいたくに丸焼きにしたカリフォルニアBBQパーティー

3人のプロが生み出した熊野牛ブランド「紀の川天空和牛」

西口さんは育てた和牛を、熊野牛の新ブランド「紀の川天空和牛」として売り出している。同ブランド誕生のきっかけは、和歌山県岩出(いわで)市で精肉店「松牛(まつぎゅう)」を営む松下隆紀(まつした・たかき)さんとの出会いだった。当時、ふるさと納税で自身が納得する品質の熊野牛を出したいと考えていた松下さん。全国各地のブランド牛を目利きし、肉の品質を見極めることにかけては絶対の自信を持つ同氏が「この熊野牛を使いたい」と思ったのが、西口畜産と西岡畜産の2軒の肥育農家だった。西岡畜産の西岡将彦(にしおか・まさひこ)さんの牛舎は、西口さんとは屋根続きくらいの近さで、2人は熊野牛全体のレベルアップという目標を持った同志である。

西口さんと西岡さんの育てた熊野牛にほれ込んだ松下さんは、2人の熊野牛を「紀の川天空和牛」という独自ブランドとして販売し、気軽に購入できるようにと、松牛本店前、岬町の産直市場「よってって」敷地内などに自動販売機を計4台設置した。「紀の川天空和牛」のステーキやスライス、ローストビーフやハンバーグ、コロッケなどが昼夜問わず24時間、誰もが気軽に買うことができ、これまで入手することが難しかった熊野牛が簡単に手に入るとあって、地元でも大きな話題となった。

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熊野牛の自動販売機

この試みは熊野牛を広く知ってもらうための大きなチャンスになったと西口さんは言う。

熊野牛を食べるために和歌山に来てもらえるように

〇西口さん

西口畜産の牛舎

西口さんは熊野牛全体のブランド強化のために、和歌山県熊野牛ブランド化推進協議会の会長に自ら名乗りを上げ、2024年6月に就任した。会員は、熊野牛販売店、熊野牛提供料理店、熊野牛肥育農家、繁殖農家などで構成されている。会員数は約30名。そのうち熊野牛肥育農家は6軒だ。

「熊野牛を食べるために和歌山に来てもらえるよう、ブランド力を上げて品質で勝負できるようになることを目指しています。今後は観光関係の人も巻き込んで、一緒に盛り上げてもらいたいと考えています。白浜にパンダを見に来るように、熊野牛目当てに白浜に来てもらえるようにしたいんです」(西口さん)

熊野牛の基準は、和歌山県内または熊野牛認定委員会が指定する牧場で 出荷月齢の半数以上飼育された24カ 月齢以上の黒毛和種から生産された枝肉で、(公社)日本食肉格付協会による枝肉格付が A3 、B3 以上のもの、もしくは委員会が委嘱した調査員により肉質等が確認され、委員会において適当と認められたものと規定している。

目下の課題は、まだまだ飼育農家が少ないことだという。西口さん自身、あと20頭は飼育頭数を増やしたいと考えている。Instagramなどでの情報発信にも積極的だ。

熊野牛全体の品質向上のため、飼育方法の情報共有も積極的に行う。果樹栽培との二刀流は作業量は増えるが、どちらかの調子が悪いときにカバーできるメリットもある。この他、熊野牛の牛糞を丁寧にかき混ぜて発酵させ、堆肥舎で長期間熟成させた完熟牛糞堆肥も作っている。自身の果樹園に使用するだけでなく、販売もしている。

熊野牛を県産食材として観光地、地産地消してもらえるように、西口さんはまだまだ走り続ける。

◎完熟牛糞堆肥_n

完熟牛糞堆肥

写真提供:西口寿一さん

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