SNSで発信するだけ
埼玉県桶川市にある「手島農園」。ここで生まれる“男気トマト”は、都内の有名フレンチやイタリアンレストランのシェフたちから指名が絶えない。現在、栽培面積は約20アール。家族と少人数のパートで運営する小規模農園ながら、いま全国の注目を集めている。
「営業はしていません。SNSで発信しているだけなんです」という手島さん。XやInstagramを通じて発信する“本気の農業”への姿勢が共感を呼び、シェフやバイヤーが自ら農園に連絡を取るケースが後を絶たない。
「味が違う」と言わせる理由――“水を与えない”栽培法
手島さんのトマトが特別なのは、その栽培法にある。一般的にトマトは自動潅水設備を使って定期的に水を与えるが、手島さんは真逆の方法を取る。「植え付け時に一度だけ水を与えたら、あとは一切あげません」。
この“無潅水栽培”を始めたきっかけは、農業1年目の大失敗だった。
「当時は水をあげれば元気になると思って、たっぷり水を与えていました。結果、実がつかず、大味で売れなかった。スーパーでもうちのトマトだけが売れ残っていたんです」
悔しさをバネに、手島さんはトマトに関する書籍を10冊以上読み込み、独学で知識を積み上げた。その中で出会った一文がすべてを変えたという。
「“トマトは水を必要としない作物である”という言葉に衝撃を受けました。調べていくうちに、トマトの原産地・南米アンデスの乾燥地帯では、ほとんど雨が降らない環境で育っていることを知ったんです」
トマトが本来生きてきた環境に近づけることこそ、真の“トマトらしさ”を引き出す鍵だと確信した手島さん。以来、乾燥状態を保ちながら、トマトが自ら空気中の水分を取り込む力を育てる方法を突き詰めてきた。

トマトが「自ら生きる力」を取り戻す
「トマトには産毛のような細かい毛がたくさんあります。実は、あれが空気中の水分を吸うための器官なんです」
夜間や曇天時など湿度が高いときに、トマトは空気中の水分を取り込んで生命を保つという。
「つまり、水を与えなくても、自分で生きる力を持っているんです。人間も同じで、与えられるばかりでは強くならない。自分でつかみ取る力を持ったトマトは、味にも芯が通るんですよ」
手島農園のトマトは糖度6~7度前後と、いわゆる“フルーツトマト”よりは控えめ。しかし口にした瞬間、甘さよりもまず旨み、酸味、香りのバランスが際立つ。「“甘いだけじゃない”トマトを目指しています。料理の中で生きるトマトを作りたいんです」
実際、手島さんのトマトは、加熱するとさらに旨みが増す。トマトソースにすれば、塩ひとつまみで味が決まるほど。素材の力で勝負できるトマトとして、プロのシェフから絶大な信頼を得ている。

「営業はしない。でも発信はする」
そんな人気ぶりにもかかわらず、手島農園では営業活動を一切行っていない。代わりに、日々の気づきや栽培の様子をSNSで発信している。
「僕は“営業される”のが嫌いなんです。だから自分も一方的な売り込みはしたくない。でも、自分の考えや農業のリアルは伝えたい。それで共感してくれる人とつながれれば、それが一番うれしい」
取材を受けたYouTube番組では、トマト栽培の技術や農業への考え方を丁寧に語っている。独学で積み上げてきた経験談が、多くの新規就農者の励みになっている。
「農業って、正解がないんです。だからこそ、自分の頭で考えて行動する。僕はそれを楽しんでるんですよ」

栽培の様子や手島さんの人柄がわかるSNS投稿が楽しい。
「人に届く」トマトを
手島さんの次なる挑戦は、「手島農園=ブランド」に頼らず、“人に届く”農業を広げていくこと。
「おいしさは、味だけじゃなくて、人の思いも含めて“おいしさ”になると思っています。食べた人が笑顔になるような、そんなトマトを作り続けたい」
手島さんは2024年、自身の経験をまとめた書籍『人に届く オンリーワンブランド』(KADOKAWA)を出版。脱サラからの挑戦、苦悩、そして信念を詰め込んだ一冊は、多くの若手農家や経営者に支持されている。
手島農園の“男気トマト”が教えてくれること
水を与えず、手をかけすぎず、トマトの力を信じて見守る。そんな“引き算の農業”こそ、手島さんが辿り着いた境地だ。
「自然に逆らわず、トマトが本来持つ力を信じる。それが僕のやり方です」
営業しないのに全国のレストランから注文が絶えない理由は、トマトそのものの味だけでなく、作り手の“哲学”にあるのだ。
















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