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コメ政策どう見直す? 市場原理に任せるだけでは量も価格も不安定に

吉田 忠則

ライター:

コメ政策どう見直す? 市場原理に任せるだけでは量も価格も不安定に

「令和の米騒動」の余波が続いている。米価がニュースになることは減ったものの、稲作の将来への懸念は払しょくできていない。長期的に見て、何が課題でどんな手を打つべきなのか。コメ政策研究の第一人者、日本国際学園大学教授の荒幡克己(あらはた・かつみ)さんに話を聞いた。

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西日本は増産の余地が乏しい

荒幡さんは毎年20県近くのコメ産地を回り、2年で全国をカバーするペースで現地調査を長年にわたって続けている。歴史的な経緯を踏まえた制度の理解と充実したフィールドワークを兼ね備えた分析に定評がある。

1978年に東大農学部を卒業し、農林省(現農林水産省)に入省。96年に岐阜大農学部助教授に就き、本格的に研究の世界に入った。コメの生産調整をテーマにした著書が数多くあり、2025年9月には「令和米騒動」を出版した。

メディアの関心はいまも米価の動向に集中している。だがより重要なのは、コメの生産の持続可能性をいかに確保するかだろう。インタビューでは主にそうした観点から、稲作とコメ政策の課題について質問した。

稲作の持続可能性に黄信号がともっている

――米価の高騰をきっかけに、コメを増産すべきだとの意見が強まりました。稲作の現状はどうなっているのでしょうか。

特に西日本の多くの地域は深刻です。「稲作農家は年寄りばっかりで、このままではコメを作れなくなる」という危機感があります。なので「いま増産にかじを切らないとまずいことになる」というムードが政治的にもあります。

農地の集約や大区画化を進めて、若い担い手に入ってきてもらうしかありません。できれば50~60ヘクタールの経営を増やしたい。ただそれがうまくいっても、いまの生産水準を維持できるかどうかという状況です。

一方、東日本の産地はずっと生産を抑えてきました。2025年は生産抑制を少し緩めたので、需要をかなり上回りかねない増産になりました。飼料米の縮小に加えて、大豆からコメにシフトした地域もあります。

ただし東日本の産地も、高齢化という課題は共通です。過疎化に関していえば、むしろ東北の方が深刻です。。いまは生産過剰を心配する必要がありますが、10年もすれば、恒常的に生産力が足りなくなる可能性があります。

食料安保で麦や大豆も増産が必要

――コメ不足を防ぐにはどうしたらいいのでしょう。

市場原理に任せればいいという意見が一部にあります。でもそうすると、生産量と米価の振幅がこれまでより大きくなる可能性があります。

2025年に続いて26年も増産になったとします。26年にはコメが余っているかもしれないので、増産で過剰に拍車がかかる可能性があります。

一方でたとえ作付けを自由にしても、生産量に余裕を持たせるのは簡単ではありません。作付けが過剰になると、その反動で減らし過ぎることになるからです。トータルでみれば、そんなに過剰にはなりません。

自由にすれば、需給が締まりすぎたり、緩みすぎたりといったことが起きます。農家の反応にはタイムラグがあるので、こうしたことが起きるのです。政策を考える際には、これを踏まえて工夫が必要です。

市場原理に任せても生産量は安定しない

――主食米の生産調整の一環として、麦や大豆に出す転作補助金をなくせば、主食米の増産につながるという意見があります。

これまで主食米の生産を抑えるように(自治体などが)農家に求めてきました。一部の地域で実質的に減反はいまも続いているのです。2025年はそれを少し緩めただけで、主食米が増産になりました。

食料安全保障のことを考えれば、主食米も麦や大豆もどちらも増産すべきです。そのためには単収を増やすことが必要です。

コメなら高温耐性があり、収量が多い品種に切り替えて、しっかり追肥すれば収量をかなり増やすことができます。10アール当たり1俵(60キロ)余分にとるのはそんなに難しいことではありません。

麦に関して言えば、寒くて雪がたくさん降るような地域でも主食米の転作で作ってきましたが、あまり意味がありません。北九州や愛知のようにもっと栽培に適した地域できちんと作れば、収量を増やすことは可能です。

セーフティーネットは収入保険の拡充で

――主食米の生産量が増えて、米価が大きく下がれば、離農が増えるかもしれません。政策的にどう対応すればいいのでしょうか。

収入保険の拡充が答えの1つだと思います。米価が下がった分の全額を補填してもらえるわけではないので、作り過ぎるとまずいということが農家にわかるからです。自己責任の部分も必要なんです。

これに対して、不足払いと呼ばれる補助金は、米価の下落分を全額埋めるので、そうした効果がありません。財政負担が重くなりすぎるというデメリットもあります。セーフティーネットとしてあまり評価できません。

セーフティネットにも自己責任が必要

――主食米を増産して余った分は輸出に回せばいいという意見もあります。

ある程度は可能だと思います。でも輸出しようと思えば、生産者米価が1俵9000円でも高すぎるという話がかつてありました。農家の側からすれば、そんな水準ではやっていられないということになります。

そんな状態で、例えばベトナム産の短粒種とどうやって張り合えばいいのか。輸出の議論は売り先と価格帯をしっかり詰めることが大切です。ここまで米価が上がると、いまの輸出量を維持するのも簡単ではないと思います。

極端な意見に処方箋はない

令和の米騒動が始まって以降、原因と処方箋をめぐって極端な意見が多く見られた。「生産調整がすべて悪い」「流通業者がコメをため込んでいる」「日本のコメはおいしいのでいくらでも輸出できる」といった内容だ。

これと比べると、荒幡さんの指摘は「歯切れがよくない」と映るかもしれない。だがそれは問題の経緯と実情を熟知しているだけに、わかりやく見える処方箋が必ずしも現実的ではないとわかっているからだ。

慎重に検討を重ねた分析の中にこそ、解決のヒントが潜んでいる。今回の取材のポイントの1つは、市場原理にゆだねて作付けを自由にするだけでは、かえって生産が不安定になりかねないという指摘だろう。

農家の多くが納得する見方だと思う。稲作は1年1作なので、相場動向への対応が遅れ、増産や減産の影響が過大になりかねないからだ。

農林水産省は2027年度に水田政策を見直すことを予定している。そのためには、26年の半ばには青写真を示す必要がある。どこまで丁寧に議論を尽くすか。日本の農業にとって重要な期間がこれから始まる。

荒幡克己さん

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