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シールディング・マルチ栽培で、傾斜地でも糖度12度以上のブランドミカンが生産可能 専用アプリで潅水管理も省力化

斉藤 勝司

ライター:

シールディング・マルチ栽培で、傾斜地でも糖度12度以上のブランドミカンが生産可能 専用アプリで潅水管理も省力化

木に乾燥ストレスを与えることにより、温州ミカンの糖度を高めることができる。そのため地面にシートを敷いて根域に雨水が浸透するのを抑えるシートマルチ栽培が普及したが、糖度を高めるほど乾燥ストレスを与えることは難しかった。そこで農研機構の研究グループは畝の周囲を掘削してサイドからもシートで囲うシールディング・マルチ栽培を開発した。当初の方法は平坦地、緩斜面地向けだったが、急斜面に造成した階段畑に適応できる改良版も実現。さらに潅水管理を助けるアプリも開発し、甘い温州ミカンを生産しようとする生産者を支援している。

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マルチシートを敷いても糖度を高められない?

消費者から高糖度の甘いミカンが求められていることを受け、温州ミカンの産地では非破壊で測定可能な糖度センサーを選果場に取り入れ、糖度12度以上のミカンはブランド品として高値で取引されるようになっている。

適度な乾燥ストレスを与えることで糖度を高められることから、雨水の浸透を抑えるマルチシートを地面に敷き、潅水はシートと地面の間に設置した潅水チューブで行う「シートマルチ栽培」が普及してきた。しかし乾燥ストレスを与えられるように潅水量を調節しても、シートマルチ栽培では期待するほど糖度を高めることはできなかったという。その理由について農研機構果樹茶業研究部門カンキツ研究領域の上級研究員、岩崎光徳さん(いわさき・みつのり)がこう説明する。

「果樹の周囲の地面にシートを敷くことで、雨水が地面から浸透するのを抑えられますが、シートを敷いていない通路に降った雨水が横から根域に浸透しますし、シートを敷いていないところまで根が伸びることもあります。こうした問題からシートマルチ栽培を取り入れても、思うようにミカンの糖度を高められない園地が少なくなかったのです」

岩崎上級研究員

高糖度の温州ミカンを生産する技術の開発に取り組む農研機構果樹茶業研究部門カンキツ研究領域の上級研究員、岩崎光徳さん

岩崎さんらは根域に雨水が浸透する問題を改善するため、2016年に温州ミカンの木を植えた畝の周囲をシャベルカー(バックホー)で掘削し、防水シートで畝を囲い、マルチシートで地面を覆う「シールディング・マルチ栽培」を考案した。掘った溝に埋設するシートには防水性に加え、伸長した根が突き抜けない防根性が求められるため、新たにシート「NARO S.シート」を開発し、2017年から実際の園地で栽培試験を実施した。

シートマルチ栽培と同じように地面とシートの間に設置した潅水チューブを介して適切に潅水量を調節した結果、糖度12度以上のミカンを生産できることが確かめられた。

シールディング・マルチ栽培 断面図

畝の周囲を掘削してS.シートを埋設することで、サイドからの雨水の浸透を抑えることができる。S.シートは日本園芸農業協同組合連合会、株式会社エーワン新潟で購入することができる

S.シート埋設

バックホーで掘削し、S.シートを埋設していく。詳しくは農研機構のウェブページの技術マニュアルで紹介されている

急斜面の階段畑

そこでシールディング・マルチ栽培の技術マニュアルを制作し、2020年に農研機構のウェブサイトでPDF版をダウンロードできるようにした。公開以来5年が経って徐々に普及しているが、当初の埋設方法では導入できるのは平坦地、緩斜面地に限られた。

「温州ミカンの園地には急勾配の傾斜地に階段畑を造成したところが多く、こうした園地には平坦地、緩斜面地を前提に開発されたシールディング・マルチ栽培を導入することはできません。そのため平坦地、緩斜面地向けの標準型に加えて、急勾配の傾斜地でも導入できる片側S.マルチを開発しました」(岩崎さん)

傾斜に造成された階段畑では谷側から雨水が浸透することはないが、山側から雨水が浸透し、地面にマルチシートを敷くだけでは糖度を高めるほどの乾燥ストレスを与えることができなかった。岩崎さんらが開発した片側S.マルチは、その名が示す通り山側だけにS.シートを埋設し、雨水の浸透を抑えるようにした。片側S.マルチについても実際の園地で栽培試験を行っており、糖度12度以上の甘いミカンを生産できることが確認されている。

片側S.マルチ断面図

急斜面に造成された階段畑では谷側から雨水が浸透することはないため、山側を掘削してS.シートで囲うことで適度な乾燥ストレスを与えられる

片側S.マルチの園地

植栽列の山側にS.シートが埋設された石垣階段畑

標準型S.マルチ、片側S.マルチはいずれも十分な通路幅を確保していれば、走行しながら薬剤を散布するスピードスプレーヤーなどを取り入れた機械管理が可能で、大規模な園地にも適しているという。

「シールディング・マルチ栽培は、バックホーで溝を掘ってシートを埋設するため、大がかりな園地改良を行うように思われるかもしれません。しかし近年、大規模な園地ではバックホーを所有して、伐根などに使っているところも多くあり、普及していっていますよ」(岩崎さん)

潅水量の適切な調節を支援するアプリも開発

ただし、シールディング・マルチ栽培では根域への雨水の浸透が抑えられるため、潅水管理を誤れば過度な乾燥ストレスを与えてしまうリスクがある。乾燥ストレスは糖度を高める一方で、ストレスが過剰になると果実の酸味を強めて品質を落とすだけでなく、ひどい場合は樹勢を弱めかねない。そのため岩崎さんらは潅水管理を支援する技術の開発にも取り組んできた。

「果実の大きさを目安に管理していただくことを推奨しています。着果した木の中から数個の果実を選んで、1週間から10日に一度、横径をノギスで測ってもらいます。乾燥ストレスが適切であれば果実は1日に0.25~0.30mmほど大きくなりますから、この範囲を下回ればストレスが過剰で、上回れば水を与えすぎていると判断することができます」(岩崎さん)

果実の大きさを参考に潅水管理を行えば、適度な乾燥ストレスによって高糖度のミカンを収穫できそうだが、1週間から10日に一度とはいえ、果実の大きさをノギスで測って回る労力は決して小さくはないだろう。測定結果を集計し、潅水管理に生かすのも手間がかかるため、岩崎さんらはスマートフォンで利用できる「S.マルチ管理導入支援アプリ」を開発した。

このアプリは専用のウェブページでアカウントの発行申請を行うことで、専用サイトにログインして誰でも利用することができる。アカウント申請時に登録した住所に測定に使うプラスチック片が郵送されてくるため、アプリで発行されたQRコードを貼り付け、果実に添えてスマートフォンで撮影する。すると果実が1日に大きくなるサイズ(日肥大量)を推定し、過去のデータと照合して日肥大量が0.25mm以下になると「水やりしてください」と潅水が推奨されるようになっている。

S.マルチ管理導入支援アプリ画面

S.マルチ管理導入支援アプリの画面。アプリは「S.マルチ管理導入支援アプリ アカウント申請フォーム」にてアカウント発行申請すると、専用サイトにログインしてアプリを利用できる

現在提供しているアプリは使い勝手などを調べる研究用のβ版(試供版)であるため、予告なくサービスを終了する可能性はある。また研究機関である農研機構が恒久的にアプリを運営管理していくことは難しく、今後はアプリの改良を進め、近い将来、JAや民間企業に技術を導出し、生産者に使ってもらえるようにすることを検討しているという。

シールディング・マルチ栽培が普及し、アプリを参考に適切に潅水管理を行えるようになれば、多くの生産者が高糖度の温州ミカンを生産できるようになると期待される。

画像提供:農研機構

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