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シャインマスカットの栽培権を供与したらどうなる? 先行事例から考える課題と可能性

少年B

ライター:

シャインマスカットの栽培権を供与したらどうなる? 先行事例から考える課題と可能性

シャインマスカットの栽培権(ライセンス)を農林水産省がニュージーランドへ供与することを検討しており、山梨県が強く反発しているというニュースが世間をにぎわせている。今回はブドウマニアの筆者が、この問題について考えてみた。

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山梨県が反発する理由とは

ライセンスの供与は、日本産の品種が海外で無秩序に栽培されるのを防ぐ取り組みの一環として検討されているという。

ひとつ誤解しないでいただきたいのは、「ニュージーランド全体にシャインマスカットのライセンス供与を行う」わけではないということだ。あくまでも「日本企業がニュージーランドでシャインマスカットを生産し、正規品として販売することを許諾する」ことを検討しているのだという。

では、山梨県はいったいなぜ反発しているのだろうか。

報道によると、山梨県の長崎幸太郎知事は「輸出ができない中でライセンスが供与されれば生産者が大きな打撃を受ける。せめて同じ土俵で対等な競争をさせてほしい」と小泉進次郎農相に訴えたという。

植物検疫などが障壁となり、国産シャインマスカットの輸出が一向に進まないという。長崎知事は小泉氏に「輸出ができなければ対等な競争すらできない」と強調。ニュージーランドへのライセンス供与の前に、輸出のための体制整備を求めた。(引用:ロイター、9月25日)

輸出におけるハードルの高さ、そして「海外で作られたシャインマスカットは輸入されるのに、日本産のシャインマスカットは輸出できない」という不公平感が理由のようだ。

輸出におけるハードルの高さ

もちろん、2025年現在でも海外にシャインマスカットを輸出している農家はいる。しかし、そのハードルは高いこともまた事実だ。

海外にブドウを輸出しているある農家は「農薬の使用制限が非常に厳しい」と話す。では輸出用のブドウと国内用のブドウの畑を分ければ解決するか、というとそうでもない。

なぜなら、出荷量が読めないからだ。

ある程度の成熟時期は決まっているとはいえ、近年は毎年のように異常気象が起こっている。ブドウの収穫時期も10年前とはずいぶん異なっているし、年による変動も激しい。

シャインマスカット

シャインマスカットの畑(画像はイメージであり、輸出用の畑ではありません)

農家によると、「Aの畑では収穫できるが、Bの畑ではまだ収穫できない」ということはもちろん、同一の畑でも木によって収穫できる・できないが違うような状況すらあるという。

前述の農家は、「そのような状況では畑を分けるのはリスクが大きすぎる」と判断し、結果的に最も厳しい「輸出用」の農薬基準をすべての畑で採用することにしたという。農薬を減らすということは、当然ながら農家の負担は増えることになるし、それをすべての畑で行うのはかなり苦労がいったことだろう。

農家の技術でカバーできる部分もあるかもしれないが、例えば栽培面積が多ければ、そこまで手をかけられないケースも出てくる。すべての農家がその基準で栽培できるわけではない。

このような状況で、「国が他国に働きかけて輸出基準を下げるように要求してほしい」というのが山梨県側の主張なのだろう。

他の果物での先行事例

では、他の果物ではどのようなことが起こっているのだろうか。例えば、リンゴでは長野県果樹試験場が育成した「シナノゴールド」で海外の団体とライセンス契約が結ばれている。

シナノゴールド

シナノゴールドの果実(筆者撮影)

シナノゴールドはイタリアの南チロル地方に拠点を置く生産者団体・VOGおよびVI.Pと「yello」の商標でライセンス契約が行われ、2016年にイタリア市場で販売を開始した。2020年にはオーストラリアのMontague Farm社とも契約し、2025年10月現在では2団体・1社と契約を締結している。

香港で毎年行われている、アジア最大のフルーツ見本市「アジアフルーツロジスティカ」でも、「yello」としてブースに陳列されているのを筆者は見た。

アジアフルーツロジスティカ

アジアフルーツロジスティカにて、大きく宣伝されていたシナノゴールド

ライセンス契約によって、長野県はイタリア・オーストラリアの生産団体から許諾料収入が得られる。国産のものと競合さえしなければ、育種者にとってもメリットは大きいといえるだろう。

そして、シナノゴールドが世界中に広まったことで、長野県は各地の生産者・消費者のニーズも把握できたはずだ。このニーズは育種にも生かすことができる。この情報アドバンテージは想像以上に大きいのではないかと推察する。

シナノゴールド

アジアフルーツロジスティカのブースで紹介されていたシナノゴールド

反発する山梨県、沈黙の長野県

筆者はシナノゴールドを育成し、シナノゴールドのライセンス契約の実務を担当している農業試験場研究企画・知的財産部に話を聞いた。

──シナノゴールドのライセンス契約の締結を決めた理由を教えてください。

県育成品種が世界中で栽培・販売されることで、県育成品種のみならず長野県の知名度向上に寄与できるためです。許諾料収入を利用してさらなる優良品種の育成を加速化することで、県内生産振興に寄与できると考えます。

──このライセンス契約による県の収益はどのくらいですか?

秘密保持契約を結んでいるため、非公表となっています。

──ライセンス契約による収益はどのように使っているのでしょうか。

2008年に策定した「信州農産物知的財産活性化戦略」に基づき、新品種の育成や、育成後の保護(品種登録、商標登録など)の財源として活用しています。

──海外輸出先でのバッティング(競合)など、シナノゴールドのライセンス契約による課題はありますか?

輸出先の競合に対応できる契約を締結しているため、現在直面している課題はありません。

──輸出先の競合に対応できる契約とは、具体的にどのようなものですか。

日本への輸出を禁ずるほか、輸出入業者の選定や、果実の輸出量を本県がコントロールできる仕組みになっております。

長野県果樹試験場

長野県果樹試験場

なんと、現状では課題がまったくないという。

シナノゴールドにできて、シャインマスカットにできないということはないだろう。シャインマスカットのライセンス供与については山梨県の反発が大きなニュースになったが、同じくシャインマスカットの一大産地であるはずの長野県が沈黙しているのは、こういった事情もあるのではないか。

筆者はライセンス供与そのものが問題なのではなく、課題を解決するための仕組みを作ることが大事ではないかと考える。

世界における日本の存在感のなさ

筆者は台湾、イラン、タイ、中国とさまざまな国を訪れては現地のブドウ事情を観察している。中でも衝撃だったのは、2024年に香港を訪れた際の出来事だった。

アジアフルーツロジスティカ

アジア最大のフルーツ見本市「アジアフルーツロジスティカ」

香港へ行った目的は、前述した「アジアフルーツロジスティカ」に参加することだったのだが、2024年に出店した約800社の中で、日本の企業・団体は自分が確認できた限りでは3つだけだった。

会場には中国や韓国のブースが立ち並び、至るところでシャインマスカットやクイーンニーナの果実や包装用の資材が並んでいた。アジア最大のフルーツ見本市でさえ、現状ではこうなのだ。

アジアフルーツロジスティカ

アジアフルーツロジスティカの中国ブースに並んでいたシャインマスカット

逆に、日本国内のブドウ農家や果物を扱う企業などに、フルーツロジスティカについて聞いてみると、「知らない」という人がほとんど。日本国内の農業・畜産展示会「農業WEEK」などと比べると、あまりにも知名度が低いのだ。

アジア最大のフルーツ見本市において、日本の存在感はまったくないと言ってもいい。ほとんど世界から孤立しているように思えてしまう。

香港にはそごうやドン・キホーテなどの日本企業も進出しており、日本産の果物もある程度並んでいる。とはいえ、日本産シャインマスカットと中国・韓国産のものの価格差は最低でも日本産が1.5倍、ものによっては10倍という状況だった。

日系資本以外のスーパーでは、中国・韓国産のシャインマスカットだけが並んでいる店もあったほどだ。

香港のスーパー

香港のスーパーに並んでいた韓国産シャインマスカット

現地に詳しい人に話を聞くと、「日本産のもののほうが質がいいのはわかっているけど、日常的に食べるのはやはり中国・韓国産」という人が多いようだ。

中国・韓国産のシャインマスカットが並ぶのは香港だけではない。2024年に訪れたタイの高級スーパーでも陳列されていた。

タイの高級スーパー

タイの高級スーパーに並ぶ中国産シャインマスカット

海外のフルーツ系ニュースサイトをのぞいていても、シャインマスカットは「原産は日本だけど、主に中国・韓国で栽培されている品種」というイメージがついてしまっているように見える。

非常に残念だが、シャインマスカットをはじめとする日本の果物は、世界ではあまり存在感がないように思えてしまうのだ。

輸出に立ち込める暗雲

10月12日の日本農業新聞に、「シャインマスカットの輸出低調 輸出先の景気低迷、海外産と競争も 8月」という記事が出ていた。輸出が低調になった原因のひとつが、中国・韓国産の安いシャインマスカットだと書かれている。

要因の一つが、韓国や中国で生産された安価なシャインとみられる品種の台頭だ。特に韓国産は「品質が年々向上し、包装資材に高級感があることで現地で人気が高まっている」(東京の輸出業者)という。(引用:日本農業新聞

韓国へは渡航経験はないため、はっきりしたことはわからないが、中国に関しては納得できる部分がある。中国産シャインマスカットは農家一軒一軒が信じられないほど広い面積で大栽培しているため、スケールメリットがあると考えられる。

大規模農家が多いということは、農薬の管理もしやすいし、同じ作り方になるわけだ。品質もレベルは置いといて、均一になりやすいはず。日本の栽培法と比べれば、輸出にも向きやすいだろうと思われる。

中国のシャインマスカット畑

2025年2月に中国のブドウ研修に参加した際の写真。見渡す限りすべてシャインマスカットのハウスである

また、記事内で言及のあった韓国産シャインマスカットの資材に関しては、確かに感じるところがあった。こちらは2024年に香港そごうに並んでいた韓国産シャインマスカットの写真である。

香港そごうのシャインマスカット

香港そごうに並んでいた韓国産シャインマスカット

非常に高級感があり、価格も280香港ドル(当時のレートで約5100円)と日本産と比べると割安だ。なお、日本産のシャインマスカットは岡山県産のものが599香港ドル(約11000円)、香川県産のものが399香港ドル(約7300円)で販売されており、韓国産は岡山産の半値以下だった。

香港そごうのシャインマスカット

香港そごうに並んでいた国産シャインマスカット

また、香港のスーパーで販売されていた韓国産のブドウには、キャラクターをあしらったパッケージもあった。

韓国産ブドウ

韓国産ブドウのパッケージ

韓国シャイン猫に韓国巨峰熊と、可愛らしいキャラクターが品種別に用意されている。キャラクター名に国名と品種名が入っているため、シャインマスカットが韓国のブドウであることをアピールしているようにも見える。じつにうまいイメージ戦略ではないか。

また、これは韓国ブースだったかは定かではないのだが、アジアフルーツロジスティカにはクイーンニーナの資材も並んでいた。これがまた、日本では決して見ないような高級感のあるものだったので、ぜひ見てほしい。

アジアフルーツロジスティカのクイーンニーナ

アジアフルーツロジスティカに並んでいたクイーンニーナの資材

日本産のシャインマスカットは確かに品質がいい。香港やタイではさまざまな果物を食べたのだが、「やはり日本の果物はおいしいんだな」と改めて実感できた。

ただ、品質本位というのはいいが、手を伸ばしたくなるようなワクワク感や、シャインマスカットが日本の品種であるというアピール力には欠けているように思う。

そもそも輸出のハードルが高いのに、がんばって輸出したところで低調というのはあまりにも悲しい。手間がかかっているぶん、価格の差はどうしようもないだろうが、輸出先での売り方は大いに改善する余地があると言えるだろう。

ライセンス供与は日本のシャインマスカットを殺すのか

実際に海外を見て回ると、「同じ土俵で勝負したい」という山梨県知事の言葉も確かにわかる。正直言って、日本よりも中国・韓国のシャインマスカットのほうが圧倒的に存在感があるからだ。

ただし、それでもライセンス供与を進めたほうがいいというのが筆者の個人的な意見だ。
「同じ土俵で勝負したい」という気持ちはわかるが、ライセンス供与に待ったをかけている間も中国・韓国に負け続けることになる可能性が高い。年間100億円以上(農水省の試算による)とされるシャインマスカット流出による日本の損失も続くことになるだろう。

シャインマスカットのライセンス供与による「正規品」を増やすことで、少なくとも損失の減少が期待できる。もちろん、輸出の拡大や売り方・ブランディングの再検討も同時に必要だろう。

南半球にあるニュージーランドでは、季節が日本と真逆のため、国内の産地とのバッティングの可能性も薄い。シナノゴールドでは契約によって問題が起きていない以上、シャインマスカットも同様の契約を結べばいい。日本産とニュージーランド産、両方の「正規品」の供給を増やすことで、「海賊版」を締め出すという戦法も取れるはずだ。

最後に忘れてはいけないことは、シャインマスカットの育成者権は農研機構が保有しているということだ。国も山梨県も、育成者権を持っているわけではない。農研機構は国立研究開発法人であり、農水省の所管ではあるが、独立した法人である。

このライセンス供与の件が、どうか政争の具として扱われないことを望みたい。なお、農研機構が保有しているシャインマスカットの育成者権は、2036年3月が期限となっている。残された時間は、思ったよりも少ないのだ。

読者の声

  1. 北川一也 より:

    全くそのとおりです。先日タイのスーパーで売られていた長野産のシャインマスカットはセールのシールが貼られていてなんと半額になっていました。そしてその横には高級品をアピールした箱に入った韓国産シャインマスカットが半額になった日本産よりも高値で売られている始末です。

    そもそも日本政府が動いて仮に検疫をパス出来たとしてもそこから先の小売店ベースでどれだけ置いてくれるのかが甚だ疑問です。香港をはじめとした東南アジアではドンキが売ってくれ、地元スーパーでは辛うじて日本ブランドの知名度で置いてもらえているだけだと思います。

    世界ではGAP(適正農業規範)の取得が農産品を売る前提となっていて、世界標準は一番厳しいと言われているEUのグローバルGAPで、アジアGAPはほぼそれに準拠しており、日本のJGAPはそれらと比較して遥かにハードルの低いものです。

    日本の農家はグローバルGAPはもちろん、アジアGAPすら取得できていない農家が殆どで、果たしてグローバルGAPの高いハードルをクリアできる農家がどれくらいあるのか?それともヨーロッパやアメリカには端から売る気がないのか?

    アジアGAPの取得農家の数を見ても山梨県は長野県と比べもかなり少ないようですし…。

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