【プロフィール】
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■プロフィール 山下義仁さん 有限会社大崎農園代表取締役社長 中山清隆さん 同専務取締役 佐藤和彦さん 同取締役農場長 東海大学・海洋学部の同級生3人で1994年に設立。大根125ha、サツマイモ23ha、小ネギハウス栽培、延べ10ha、苗1ヘha、切り干し大根製造、その他野菜の販売。JGAPやGLOBALG.A.P.などの認証も取得し、シンガポール・香港・タイへも輸出している。 |
■岩佐大輝さん
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株式会社GRA代表取締役CEO 1977年、宮城県山元町生まれ。大学在学中に起業し、日本及び海外で複数の法人のトップを務める。2011年の東日本大震災後に、大きな被害を受けた故郷山元町の復興を目的にGRAを設立。著書は『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)ほか。 |
大学時代に海を通じて絆を結んだ3人

岩佐:鹿児島県の大崎農園に来ました。たった1代で大規模生産法人を作ったビジネスに迫っていきます。大崎農園は3人で起業したのですよね。
山下:はい。私たちは、大学時代のライフセービングクラブの同級生です。当時、同じ釜の飯を喰いながら「将来、一緒に仕事をしたいね」という夢を話していました。岩佐さんもサーフィンをしていますよね。私たちもクラブ活動の延長でサーフィンをやっていて、今でも趣味にしています。
岩佐:山下さんの前職は漁業だそうですね。
山下:私はここ大崎町が地元で、以前は船に乗って、しらすを取っていました。ただ不安定なところもあり、漁業と同時にできる仕事として、農業を選びました。そこで声を掛けたのが同級生の中山君と佐藤君です。
中山:私は鹿児島に行くことを機に、結婚式を挙げて、新婚旅行がてらサーフィンをしながらここに来ました。もともとは神奈川県の出身です。以前は鰹節や佃煮を大手百貨店に卸す会社に勤めていました。
佐藤:私の出身は東京都です。前職は土木系のゼネコンです。
山下:2人は移住型の就農をいち早く実践したようなものですね。当時は町に前例がなかったのですが、地域の人も歓迎してくれました。
佐藤:ゼロからのスタートで「果たしてできるのか?」とは思いました。しかし、3人の夢でしたしね。当時20代後半で若気の至りではないですけれど「やらないで後悔」より「やってみて失敗」のほうが良いかなと思って。
岩佐:もう“胸熱”過ぎますね。
周囲の信頼を築きながら規模拡大

山下:最初は小ネギの周年栽培からスタートしました。ハウスを5棟だけ借り、徐々に面積を広げて実績を作っていきました。ですが相場変動のリスクもあり、売上の平準化のために、他の野菜も作り始めました。ダイコンもその一つです。最初は試験的にミニダイコンからスタートしました。1作目は5アール程度でしたが、意外とスムーズにできちゃって。翌年は5ヘクタールぐらいに広げました。
岩佐:一気に拡大しましたね。土地はあったのですか?
山下:私たちは後発組でしたので、やはり良い土地は回ってはこなかったんですよ。それでも地道に、近隣の農家さんや地主さん、農業委員会などに声を掛け続けたことで、少しずつ借りられるようになりました。当初は毎年1ヘクタールずつくらい増えていきました。
岩佐:「1ヘクタールずつ」とさらっと言いましたが、そうそう簡単ではなかったですよね。
山下:小さかったり、排水が悪かったり、形の悪いところもありましたよ。そういうところをしっかり管理していった結果、周囲から評価をいただいてお声掛けが増えました。
岩佐:“信頼貯金”ですね。
中山:あとはかなり初期から、各品目への投下労働時間を記録して、作業予測を立ててきました。それがスムーズな規模拡大につながったのだと思います。また、身の丈に合った投資をするようにしています。機械を導入するときは、なるべく利益の中から、現金で買うようにしています。これらは今でも変わりません。
販売面での取り組み
栽培・販売を全て見える化

中山:うちではダイコンの生産性が1番高いです。ダイコンは他の野菜よりも見た目がより重視される品目です。そのため、無理をしてダイコンを二連作せず、輪作、緑肥など、土壌に投資をして、プラスのスパイラルを生んでいます。
岩佐:多くの農家が最初に苦労するのは単収ですが、大崎農園はわりと初期に確保できた。栽培などは、どのように勉強をしたのですか?
中山:初期は種苗メーカーの人などに「もうかっているネギ屋を紹介してくれ」と。いろんな師匠がステージごとに居ます。
岩佐:ネギ師匠だったり、ダイコン師匠だったり(笑)。
佐藤:面積が小さい頃から、収量や正品率を見るようにしていました。その結果、お客様もついて、少しずつ規模を拡大しました。
岩佐:すると、農地ごとの生産性は見える化されているのでしょうか。
中山:アグリノートで全部管理しています。歩留まりと販売単価もいつも見られる状態です。
岩佐:全て見える化しているから、すごいスピードで改善をしていけるのですね。
欠品を回避し信頼関係を構築

岩佐:販売の設計はどうでしょう。
中山:ダイコンは春が高くて、秋冬は安いんですよ。なので、秋冬は仲卸との契約販売で、価格・数量も固定ということが多かったです。現在、自社で価格設定ができるような取引先は9割です。中には週ごとに値段を決めるようなところもあります。こちらで余りそうなときには2週間前などに特売をお願いしたりします。
岩佐:市場が厳しいときも、最低価格を担保できる設計にしている。ちなみに売り先は何社くらいですか?
中山:ダイコンは30社ぐらいありますね。
山下:私たちは、お客様が絶対に欲しい時期に欠品をしないというポリシーを持って計画を立てています。その実績が信頼関係につながりました。営業と栽培のコントロールは中山君です。
岩佐:佐藤さんはどんな役割ですか。
佐藤:私は約7年、ベトナムに行っていて2025年2月に戻ってきました。「日本と海外で仕事をしたい」という夢もあったので、ベトナムでレタスやイチゴなどを作っていました。その7年間に、2人が会社の規模を大きくしてくれていました。社員もすごく成長していましたね。
社員の待遇に力を入れる理由

岩佐:採用に当たって「土の上で体を動かすことの良さ」をPRする農業法人が多い中で、大崎農園は全く違う。住宅手当や福利厚生などに力を入れている印象です。
山下:地域になくてはならない会社になるためには、やはり良い人材に集まってほしい。腰を据えて仕事をしていくためには、定住してもらいたいですし。これまで大崎町で家を建てた人が5人ほど居ます。
岩佐:それはすごい!
中山:大崎町の人口を増やしています。
山下:会社は「皆でもうけた利益を分配する」という器でしかない。なので、利益を出して分配することを一般企業並みに行う。そうでないと良い人材は集まりません。まだまだ不十分ですので、一層力を入れていかなきゃいけないと思っています。
北海道と鹿児島。南北の産地間連携
岩佐:今後は、どういった展開を考えていますか。
佐藤:産地間連携ですね。北海道で、人的交流と販売協力できる会社と連携しています。鹿児島で労働力が余る夏場に、熟練した人材を北海道へ移動するという仕組みを作っています。
岩佐:北と南の産地間連携ですね。
中山:スタートしてもう10年ぐらいになりますかね。最初は私たちも元気で「自分たちで拠点を作ろう」と前のめりでした。ただ、通っているうちに、その土地で長くやっているところとコラボレーションしたほうが良いと考えるようになりました。協力し合いながら、それぞれが「この時期にも商品がちゃんとある」とお客様に頼られる会社になれるように日々取り組んでいます。
岩佐:本当に素晴らしい仕事です。胸熱なストーリーでした。次回はサーフボードを持ってきますから、一緒に海にも入りましょう。今日はありがとうございました。
まとめ
岩佐:大崎農園のすごいポイントを3つ、振り返りたいと思います。
| 大崎農園の農業戦略のポイント | ||
| ① | 経営陣の結束と役割分担 | 地域との関係性構築、定量的アプローチでの生産原価管理と戦略策定、外部からの知見収集など。地元に強い人、外に強い人、数字に強い人で、チームを作る。 |
| ② | 生産管理の細分化 | 標準作業時間、標準工程を徹底的に管理しコントロールする。細かく管理して生産することで販路との信頼関係を強固にできる。 |
| ③ | 人材と地域に対する愛情 | 手厚い待遇により、一緒に働く仲間に利益をしっかりと還元していく。腰を据えて働いてもらうことで地域にも貢献できる。 |
岩佐:以上、3つが大崎農園のポイントでした。ぜひ皆さん参考にしてみてください。
(編集協力:三坂輝プロダクション)



















