「農地が維持できなければ集落そのものが崩壊する」。挑戦の原動力

大阪から荷台に農機具を積み込んだ2台のトラックが島根県雲南市へ出発
2026年5月、荷台に田植え機とトラクターを積み込んだ2台のトラックが出発した。目的地は島根県雲南市。目的は、長年放置された休耕田の田植えだ。事の始まりは、大阪府八尾市で農家を営む橋本さんの知人と、島根県雲南市で建設業を営む中澤さんとの会話だった。
人口が多い大阪に対し、雲南市は過疎化が進み人口減少に歯止めがかからない。市内には、休耕田などの荒れた農地が1,000ヘクタール以上も存在する。
一方で、田植えの時期は雲南市が5月初旬、大阪が6月初旬と約1ヶ月のズレがある。稲刈りの時期も同様に1ヶ月ズレるため、「大阪から島根へ出向き、休耕田のコメ作りを復活させられるのではないか」というアイデアが生まれた。
「『一度、雲南市へ視察に来てほしい』と言われましてね。本当にできるのかなと半信半疑でしたが、もしできたら面白いんじゃないかと思い、農家仲間の西田さんと一緒に2025年9月に視察へ行ったんです」と橋本さんは振り返る。
農家仲間の西田さんはコメ農家でありながら、草刈りから、耕耘、田植え、稲刈りなどの農作業を代行する農業オペレーターとしての役割も担っている。
「実現できたら面白い」という軽い気持ちで現地を訪れた二人だったが、雲南市側は「是が非でも一度やってみてほしい」と、大阪から来た二人の農家に大きな期待を寄せて出迎えた。
橋本さんは大阪府八尾市で「福樹園(ふくじゅえん)」という家庭菜園向けの種苗店を営みながら、自身の農地でのコメ栽培に加え、農地保全業務として近隣から請け負った約3ヘクタールの田んぼを管理している。決して時間に余裕があるわけではなかったが、雲南市の現状を知り、挑戦を決意した。
「大阪は人口が多いですが、雲南市のように過疎化が進んだ地域では、農地が維持できなければ集落そのものが崩壊してしまいます。田んぼが復活すれば、次の世代、その次の世代へと繋ぐことができる。やってみる価値はある、やるしかないと思いました」

雲南市の廃校となった小学校を活用した波多(はた)交流センターに到着
大阪から雲南市までの距離は往復で約600キロ。トラックには、二人が使い慣れた農機具を積み込んだ。
「目をつぶっても動かせる使い慣れた農機具でなければ、作業に時間がかかりますし、メンテナンスのリスクもありました。大変ですが、大阪から運ぶことにしたんです。田植えのために5月6日に出発し、帰ってきたのは16日でした。10日間も家を空けたので、店のほうが大変でしたね」と笑う橋本さん。隣では奥さまが、笑顔ながらも大きくうなずいていた。

2台のトラックの交通費は往復で10万円の出費
2台のトラックで大阪と雲南市を往復すると、交通費は1回あたり約10万円。現在のところ、すべて自腹だ。2025年11月から2026年5月末までに5回往復しており、この時点ですでに50万円の出費である。

6月、大阪で田植えの準備をする橋本さん
コメ作りが目的ではない。農地を次世代に残すことが使命
雲南市で農地を整備し、コメ作りを始めてから、橋本さんは改めて感じたことがある。
「雲南市に行って分かったのは、『農地があるから行政が成り立っている』ということです。農地があるから近くに家があり、バスが走り、電気・ガス・水道が整備される。農地がなくなれば住む必要もなくなり、集落は消滅してしまいます。集落を維持するためには、農地を守らなければならない。私がやっているのは単なるコメ作りではなく、農地を次世代に残すことが一番の目的なんです」
雲南市には、休耕田などの手付かずの農地が1,193ヘクタール(2025年時点)あり、農地全体の約4分の1を占めている。しかも、放置された農地は毎年増え続けている状況だ。
今回、橋本さんたちが耕すことになったのは、雲南市内の3つの集落にある約3ヘクタールの田んぼだ。雲南市長をはじめ、JAの担当者、地元の農家も「こんな方法は誰も思いつかなかった」と声を揃え、地域外の力を借りて環境を維持する新たな可能性に強い期待を寄せている。

雲南市の圃場。長年放置されていた休耕田であるため沈没の危険も
「私たちがコメ作りをしている農地は、長いところで15年間ほったらかしだったところです。放置されていた期間が長ければ長いほど、復活させるための難易度も上がります。大変ですが、田んぼに苗が植えられた景色を15年ぶりに見たと言って涙を流してくれたおばあさんがいたんです」。その涙はどんな言葉よりも橋本さんの背中を押した。
この取り組みに賛同し、大阪府の農業大学校の生徒や大阪の大学で地域創生を学んでいるゼミ生も参加し、徐々に協力者も増えてきている。
「この話に関わったり、この取り組みを理解してくれる人たちの共通点はみんな危機感の共有です。一緒にやっている西田さんと笑いながら話しているんですが、島根がある程度のカタチになれば、次は鹿児島を入れたらいい。鹿児島は2月から田起こしが始まり、4月に田植えなんですよ。鹿児島から島根、大阪と田植えのリレーができる。稲刈りも鹿児島、島根、大阪の順でできるねって。大阪&島根コメ栽培 無理ですが、20人のコメ作りのプロが部隊を作ればできないことではないかもしれません」と橋本さん。
橋本さんたちが復活させた田んぼを見て、農地を手放すしかないと考えていた人が思いとどまったという話もある。孫が売らないで欲しいと言ったそうだ。橋本さんたちが集落の景色を変え、そこに未来への可能性が見えたからではないだろうか。
大阪から何キロも離れた島根の休耕田を復活させるという活動は今まで誰も実現できなかったことである。
「しんどいけど、雲南市へ行っているときは特別な自然を味わえる」と橋本さん。まだまだ課題は多いが、農業の新しいカタチとして、ひとつのモデルになる可能性を秘めている。

写真協力:橋本和則さん
















