荷動き鈍く農協が集荷制限
「令和の米騒動」が始まって以降、感じたのはコメの生産と流通への一般の理解の薄さだ。直近で言えば、卸の倉庫に積み上がった在庫のニュース映像を見て、「やっぱり隠していた」といった書き込みがSNSであった。
2025年の増産と備蓄米の放出でコメが余り、荷動きが滞ったのは関係者の誰もが知る通り。売り先の需要に応えようと高値で仕入れ、逆ざやを恐れて値下げをためらったという事情もある。隠していたわけではない。
過剰在庫の影響は生産現場に波及している。一例を紹介しよう。
話を聞いたのは関東地方のあるコメ農家。コメ卸と地元の農協が売り先で、その両方で異変が起きた。「60キロ当たり1万2000円」。ある品種について、卸が提示してきた価格は2025年の半値にすら届かない水準だった。
値段を提示するタイミングもこれまでと違った。例年なら、農協が概算金を決めてから「それより上」といった金額を提示してきた。だが今回は農協が概算金を示すよりも早く、いくらで買いたいかを言ってきた。
この点で農協側にも苦しい事情があった。米価がどこまで下がるのか、見通せない状況にあったからだ。卸が値段を決めた後、概算金が決まった。
変化はそれだけではない。農協が「実績以上の出荷は受け付けない」と通知してきたのだ。卸に売れなかった分を回してほしくないという意味だ。上限はこれまでの実績や事前の契約分。出庫が滞っているからだ。
大音量でアラームが鳴っている。そのさなかに備蓄米の放出が決まった。

米価が急落した
備蓄米買い戻しと物価高対策のジレンマ
「コメの供給量は十分に確保されることが確認されたことから、政府備蓄米の買い戻し手続きを開始する」。鈴木憲和農相は1日の記者会見でこう語った。予定量は21万トン。農業界に「ようやく」との声が広がる。
ここで気になるのはタイミングだ。なぜここまで引っ張ったのか。
考えるヒントとして、2025年10月の就任会見での発言を紹介しよう。鈴木氏は1年前を振り返りながら「機動的に備蓄米を放出すべきであったと考えている」。当時、鈴木氏は農林水産副大臣という立場にあった。
この言葉は示唆に富む。2024年秋は米価が高騰し、備蓄米の放出を求める声が世論で強まっていた。だが農水省は「新米が出回り始めれば不足が解消し、相場は落ち着く」と説明し、備蓄米の放出を見送った。
周知の通り、予想が外れて高騰が続いたわけだが、ポイントは放出を見送った理由にある。備蓄米の放出で新米価格が低迷するのを心配したのだ。このとき農政は、明らかに消費者より生産者の立場に配慮していた。
買い戻しで働いたのは逆の力学だ。米価が下がるのは事前に誰もがわかっていた。だが決断のタイミングは、2026年産の作況がわかるまで先送りされた。結果は「順調」。不作でないのを確認してから、放出を決めた。
ここでハードルになったのは、政権の最重要課題である「物価高対策」だ。インフレを抑えるのが優先課題なのに、食卓の重荷になっていた高米価の是正にストップをかける手は打ちにくい。官邸は当然ためらう。
このハードルを越えるには、2026年産の作況を確かめる必要があった。だがその結果、放出は後手に回ってしまった可能性がある。各地で概算金が明らかになり、相場の流れは決まっているからだ。急落が始まっている。
放出が遅れて高騰が起きたように、下落に歯止めをかけるには買い戻しが力不足になる恐れがある。米価の先行きを関係者が懸念している。

作況が決まってからでは後手に回る
政府備蓄の運用でトリガーを
かつて経験したことのない状況を前にして、農林水産省を一方的に批判する気にもなれない。農政も政府の政策全般の中にあり、全体の流れと違う動きをするのは難しいからだ。重要なのは混乱からどんな教訓をくみ取るかだ。
















