キュウリのおいしさに覚醒
斉藤さんは、出版社で会社員として働いていましたが、忙しくストレスの多い日々から、体調を崩してしまいました。これを機にこれまでの生活を省みて、仕事をしながらおにぎりを頬ばるような食が、健康の基本であると気付かされたそうです。そして、父親が家庭菜園で作った朝採れのキュウリを食べたときに、あまりのおいしさに衝撃を受けたのです。
「まさに素材そのものの味で、食べ物が『おいしい』ということをはじめて全身で感じたんです。人が生きていくために食は基本で、『人間が本能的に感じるおいしさ』というのでしょうか。大げさではなく、体の隅々の細胞が喜んでいるような感覚でした。体が治ってきたら味覚がどんどん研ぎ澄まされていったようなんです」(斉藤さん)。
それまでは食事をじっくり味わうこともほとんどなかったのに、コンビニで買った飴ですら、添加物のせいか薬っぽさを感じるようになっていたそうです。そして、「この喜びを伝えなければいけない。自分が感じた食べ物の『おいしさ』に、まわりの人も気付いてほしい」という思いが沸きたち、会社員を辞め、料理人としての道に進むことを決意しました。斉藤さんが34歳のときのことです。
料理学校入学 そしてパティシエへ
料理のことは右も左もわからないため、まず料理学校に入学し、フランス料理を専攻して基礎から学んでいきました。学校に通いながら、斉藤さんが行っていたのは食べ歩きです。様々なレストランを訪れて、料理法や味などを研究していました。
学校での勉強も必要だけれど、実践による経験も大切だと感じていた斉藤さんは、横浜市関内にあるフレンチレストランに「雇用はしていませんか?」と聞いたそうです。「思い切って料理学校も退学し、実践で学べる場を探していたところだったんです。偶然その店のパティシエが怪我をしてしまい、空きが出ると連絡がきたのです。本当にラッキーでした」。
料理学校入学から約半年後、フレンチレストランでの仕事が始まりました。担当は、パティシエとしてのデザート作りです。その店では「初心者はデザートから」という考えがあり、学校で学んだことや食べ歩きで得た知識などを使って、フレンチレストランの一シェフとしてまい進していきました。
「1年8カ月ほど続けていたのですが、『デザート以外の料理のことも覚えたい』という思いは、やはりありました。でも、前菜やほかの仕事はポジションが空かないとやらせてもらえません。他のレストランの仕事を探すことも選択肢としてありましたが、36歳という年齢を考えると、決して簡単ではないことは明らかでした」。
そこで斉藤さんが出した結論が、自分の店を作ることでした。フレンチレストランでの料理経験があるとはいえ、作っていたのはデザートのみ。「今考えると無謀ですよね」と斉藤さんは笑いますが、自分の店で勝負するしかない、という確固たる信念があってこその決断でした。
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農家から直接仕入れ野菜が主役のレストランへ
2005年、横浜市港北区菊名に、現在の「野菜レストラン さいとう」の前身となる「カジュアルフレンチ れすとらん さいとう」をオープンしました。野菜のおいしさが料理人を志すきっかけになったことや、自身が野菜好きということもあり、斉藤さんが作る料理の主役は、野菜です。横浜市は農家が多い地域のため、週に3日ほどランチとディナーの合間や休日に、自ら十数件の農家をまわって、その日に最もおいしい野菜を仕入れています。
「うちのレストランは、畑でメニューができると思っています。メニューありきではなく、野菜ありきなんです。農家さんの日々の忙しさはよくわかっていますから、こちらから『あの野菜を作ってほしい』なんてことは言いません。その日そのときに旬を迎えて最高においしい野菜を使っています」。
堆肥を使ったり、農薬をできるだけ少なくしたり、作り手のこだわりやポリシーを知ることができることも、自ら畑に出向き、農家と顔をあわせることで得られる利点だと斉藤さんは言います。
「店の厨房で、いつも私は農家さんの顔を思い浮かべながら調理をしているのですが、作り手の思いや心意気も全部お皿にのせて表現できないと、野菜にも農家さんに対しても失礼になると思っているんです」。野菜にも農家にも敬意を払うことが、斉藤さんの信条です。そんな思いが込められた料理に対して、お客さんがどんな風に食べたか、どんな感想があったかを、必ず農家にも伝え、農家との信頼関係を築いていっているそうです。
斉藤さんは、出版社時代の経験から、広告を出しても集客はなかなか難しいと知っていました。最初の3年間は広告は一切打たず、日々料理作りに誠心誠意を込めて向き合い、料理のおいしさを極めることに集中していたそうです。今では、地元住民だけでなく遠方からもお客さんが訪れる人気店になっています。
レストランのホームページに書かれている「野菜が喜ぶ、すべての環境を揃えてお待ちしております」という言葉のとおり、斉藤さんの野菜への愛情は尽きることがありません。