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千年産業をめざして 「日本の耕作放棄地の1%を耕す」生産法人の挑戦

千年産業をめざして 「日本の耕作放棄地の1%を耕す」生産法人の挑戦

東京ドーム約40個分を耕すというスケールの大きな石川県の農家、それが金沢大地です。事業形態も多岐にわたり、さらにビジョンも「千年産業を目指して」をうたっています。社長は井村辰二郎(いむら・しんじろう)さん。北の宇宙人農家はこの人抜きには語れません。農林水産省の専門委員なども務め発言力もある、そんな名実共に日本を代表する農家を経営する井村さんに、その経歴や思いを聞きました。

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金沢大地と井村辰二郎

株式会社金沢大地は耕作面積約180ヘクタールのオーガニックファームを持ち、作付けは麦、大豆、米がほとんどを占めます。また麦茶や小麦粉などの多岐にわたる加工品も自社製造・委託製造し、卸販売を手掛けています。従業員約40人、グループ全体で年商5億。2018年10月には金沢市内にフレンチ農家レストラン「ア・ラ・フェルム・ドゥ・シンジロウ」を開店しました。耕作規模も日本有数ながら、業務展開も幅広いというほかにはあまり例のない農業法人です。

様々な加工品

規模が大きいだけでなく6次産業にも積極的に取り組む金沢大地。イベント販売にて

その社長である井村辰二郎さんは、高度経済成長に向かう起点となった東京オリンピック開催の1964年に農家の次男として生まれました。明治大学農学部卒業後、IT系の企業に就職が決まっていましたが、父親ががんで胃を全摘したことから急きょ故郷に戻ることを決め、地元の広告代理店に入社。県や通信会社、ビール工場などを顧客とした大型案件を受け持ち、北陸屈指の企画営業マンに。収入もかなり良かったようです。

西田

ビジネスマンとして安定し所得も良かったにもかかわらず、なぜ農家になろうと思ったのですか? 親に勧められてでしょうか?
むしろ親は反対しました。安定した仕事からなぜこの仕事に就くのかと。実際前職にもやりがいを感じてましたし、仕事も順調で頼りにされてました。そんな時に国際的な大企業の会社案内パンフレットの制作をいくつかまかされたのですが、どこも共通していたのは「これからは環境と仲良くできない仕事は残っていけない」ということ。それを考えれば考えるほど、おやじの守ってきた農業はすごいと思うようになりました。

以前から生物多様性と持続可能な社会には興味がありました。それは幼少期に自然の中で育ち、おやじが羊や牛を飼っていたこと、また高度経済成長の弊害からか、河北潟干拓地周辺の自然環境が激変して行くのを、子供の目線で体験したことです。妻が農業への転職に反対しなかったのも大きいですね。

井村さん

西田

ご実家に就農した時の状況、また就農して変えたことを教えてください。
就農した時は両親とパート1人で米を10ヘクタール、それとは別に河北潟干拓地の30ヘクタールで米、大豆、麦を育てていました。農業経営を続けていくためには理念とビジョンが必要という思いから、「千年産業を目指して」を経営理念として核に据えました。農業は千年以上続く歴史があり、千年先の子孫へ継承すべき産業であるという思いを込めたものです。それを実現するために、有機農業への転換、経営の多角化を目指す、規模拡大に乗り出す、この三つを実行しました。

まず有機農業に転換することで、環境への負荷が減ってさまざまな生物が生きられるようになり、生物多様性が生まれます。

そして経営を多角化し加工も行うことで、市場価格に左右されない価格決定権を持つことができます。また、食べてくださる方との関係も深くなります。

河北潟干拓地は国のパイロット事業として開拓され全部で1100ヘクタールの農地があったのですが、新規就農当時そのうち200ヘクタールが耕作放棄地になっていました。そこで、1年10ヘクタールずつ耕作面積を増やしていきました。そうすると不思議なもので、周りの人も井村のあんちゃんがやるならとどんどん開拓していき、10年でうちが100ヘクタール増やしたところで河北潟に耕作放棄地がなくなりました。農地は耕してこそ。耕作放棄地はなくすことができるという原体験になりました。

井村さん

西田

その状況で十分大規模だと思うのですが、さらに能登の耕作放棄地なども開拓したのはなぜですか?
一つは思った以上に有機大豆、有機小麦の引き合いが大きかったということ。それで新たな広い農地を探していたところ、能登の輪島市門前町山是清(やまこれきよ)で、国のパイロット事業で整備されたものの土壌や水はけが悪く、耕作放棄地となっていた80ヘクタールの土地を紹介されました。大変だと思いましたがその風景に一目ぼれして、今はその地で50ヘクタール作付けしています。

井村さん

西田

決して恵まれたところではない地で苦労も多いのではないかと思います。そんな中でさらに能登の珠洲市にも農地を取得していますよね。痩せた土地でありながら、フランスのボルドー地方と同じ珪藻(けいそう)土壌であることを生かしてブドウ栽培を始め、ワイン醸造も行っています。さらに金沢市内でフレンチレストラン開業するというすごい展開ですが、師匠もしくは学んでいる人などはいるのでしょうか?
もちろん両親には学んだところが大きいのですが、他には師匠と呼べる人はおらず、自分で計画を立て有言実行していくというのが好きで独学で進んできました。就農当初に書いた計画はすべてかなっていますが、その計画からはみ出しているのがワイン醸造と農産物の輸出です。

2012年頃、前職の先輩に頼まれて農園の視察ツアーをしたその夜、「お前は有言実行でよくやっている。でもまだこれから」と言われました。続けて「今は50歳から脱サラ独立してチャレンジするのも普通。これで満足して老け込む年ではない。まだ何かやりたいことがあるんじゃないか?」と夢の棚卸しをさせられました。そうしたところワインを作ってみたいという夢が心の奥底から出てきて、計画したところ、5年で実現することができ、さらにフレンチ農家レストランをオープンすることができました。

井村さん

フレンチレストラン

古民家を改造したフレンチ農家レストラン「ア・ラ・フェルム・ドゥ・シンジロウ」

西田

井村さんを見てると夢はかなうんだなと思えてきます。これからの日本の農業について思うところがあれば聞かせてください。
今、日本には42万3千ヘクタールの耕作放棄地があります。これを少しでも減らしていきたいので、まずは金沢大地でその1%を耕作したい。その姿を見せることで耕作する人が増えてほしい。規模や栽培方法に関わらず日本の農業の活性化に尽力したいと思っています。

先日、河北潟の20年以上有機栽培で管理している水田があるのですが、そこにコウノトリが飛来して、かなり長い間滞在していました。その姿を見て感無量でした。これは兵庫県豊岡市の方々によるコウノトリの野生復帰への取り組みが゙実を結び、金沢まで飛来したもの。農地を守ることは生物多様性を守ることに直結します。農業は、そんな誇りが持てる仕事であることを伝えていきたい。

井村さん

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帰ってきたコウノトリ

絶滅したコウノトリが河北潟に帰ってきた

西田

最後に新規就農希望者、若手農業者に向けてひと言お願いします。
農業をやるには時代を読むことが重要です。10年前と比べ、今は土地の流動化も進み農地を手に入れやすくなりました。また販売方法も多様化してきました。何をポリシーにするのかは別として、消費者や周りの農家から共感を得て、応援してもらえるようになれば充分やっていける。ただ必要なのは綿密な計画。そして中長期的なビジョン。これがあれば農家になるならチャンスの時代だと思うので、どんどん飛び込んでほしいです。

井村さん

編集後記
まあなんというか、とにかく話の内容、実行力、そしてこれからの夢もすべてのスケールが桁違いで圧倒されました。それも幼少期に体験した自然や環境が大きく影響していることが分かりました。話を聞く中で千年産業という言葉が少しも大げさでなく、地に足のついたものであることを感じました。大きな勇気をいただきました。あらためてありがとうございます。

株式会社金沢大地

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