失敗必至の異業種からのブドウ栽培参入が大逆転⁈ 地域の農業の守り手になれたわけ
公開日:2022年02月08日
最終更新日:
全国の農場を渡り歩いているフリーランス農家のコバマツです。今回は富山県魚津市に来ています。「地域の異業種企業が農業に参入したことで、農業の担い手不足、耕作放棄地の増加などの課題が解決されてきている」という話を聞きやってきました。異業種の企業が農業に参入することで地域にどのような効果があるのか、農業のノウハウがないのにどうやって参入したのか、気になることをいろいろと取材しました。
異業種のガス会社が農業に参入したワケ
転職理由は、農場が失敗すると思ったから。県庁職員が農業法人に転職
今回は富山県魚津市に来ています。富山県といえばお米の産地と思いがちですが、魚津市は100年以上の歴史を持つナシ、リンゴのほか、ブドウ、モモの栽培も盛んな果樹の産地。
その魚津市の中でも、ここ西布施(にしふせ)地区ではブドウが特産品となっています。
中山間地域に広がるブドウ畑
■株式会社丸八 土井祐樹(どい・ひろき)さんプロフィール
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富山県出身。山形大学農学部卒業後、富山県庁に改良普及員(現普及指導員)として就職。穀物の普及員を3年間務めた後、5年間の果樹試験場勤務を経て、20年間果樹の普及指導に携わる。株式会社丸八の農業参入を機に2020年に転職、執行役員およびアグリ事業部長に。現在、同社が運営(一部は子会社の株式会社天空<かなた>が運営)する農場でブドウやサツマイモの栽培指導を行うとともに、同社のワイナリー作りにも力を入れている。ワインが大好き。
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コバマツ
土井さん、もとは富山県庁で普及指導員として働いていたそうですね! 普及指導員時代はどんなことをしていたんですか?
はい、県庁には28年間勤務していました。勤務時は果樹栽培を担当していて、生産現場に行き、農家に対して栽培技術の指導をしていましたね。新規就農のサポートのほか、いろいろな畑に出入りして農村地域の課題を聞いて回って解決できるように日々取り組んでいました。
土井さん
コバマツ
そんなに長く栽培技術を指導してきたなんて、果樹栽培のプロですね!! 地域の農家とのつながりも濃そうです。なぜ、普及指導員を辞めてまで丸八に転職したのでしょうか?
普及員時代も、やりがいはあったんですけど、もっと現場に近い場所で働きたいという思いが年を重ねるごとに強くなっていったんです。
そんなふうに思い始めたころ、地元の株式会社丸八というエネルギー関連会社の当時の会長が、魚津市の中でも果樹栽培の歴史がある地区で「ブドウ農家を引き継いでワイナリーを作る」という話があったんです。そこで、「一緒にやらないか」と声をかけていただいたのがきっかけで、転職することを決めました。
土井さん
コバマツ
長年農家を支援する仕事をしてきて、自分も農業を現場から変えていきたいという思いが強まっていったんですね!
いえ、
これは絶対失敗する!
富山県内の歴史あるブドウ産地でブドウの事業が失敗したら目もあてられない!
失敗させることができない!
そう強く思って、丸八への転職を決めました。
土井さん
コバマツ
地域のガス会社が農業に参入!!
コバマツ
株式会社丸八はエネルギー関連企業とのことですが、異業種から農業分野に参入しようなんて、ハッキリ言って無謀だと土井さんも感じたということですか? 初期費用もすごくかかりますし、丸八の会長には稼げるという勝算があったのでしょうか。
丸八は長年、地域に根差してきた会社だからこそ、さまざまな地域の課題が会長の耳に入ってきていて。「耕作放棄地が増えている、担い手が減少している」という農業の課題も会長の耳に入り、「だったらうちでブドウ畑を引き継いで、ワイナリーでも建てよう。そうすれば耕作放棄地もなくなるし、ワインを作ったら地域のお土産も作れて地域が盛り上がる!」という思い一つで農業参入したんです。
土井さん
コバマツ
儲けとかじゃなくて思い一つだけで動けちゃうのがすごい……。でも軌道に乗せるには思いだけじゃなくて、栽培や販売方法、ワイン作りについても、知識が必要ですよね。それが必要だったから土井さんに声がかかったのでしょうね。
会長は、地元の短大や温泉宿が無くなり、さらに歴史ある果樹栽培までもなくなっていってしまうという、地域が衰退していく現状を少しでも食い止めたかったんだと思います。
僕は普及員時代、果樹栽培を担当していましたし、過去には県内のワイナリーでブドウ栽培とワイン作りの指導や支援をしていたので、思いだけでは失敗するとわかっていました。それで、これまでの経験が丸八の力になれるのではないかと思って、誘いに乗ったんです。
土井さん
コバマツ
ブドウの栽培技術だけではなくてワイン作りにも精通している、普及指導員時代からの長年の経験が生かせそうですもんね。土井さん、農場の救世主ですね!
異業種が農業に参入して農業を救う
コバマツ
実際、参入してみて、地域に起きた変化などはありますか?
うちでは主にブドウとサツマイモを栽培しているんですが、2018年に、離農しようとしていた農家から30アールのブドウ園を引き継いだところからスタートしたんです。今ではブドウ畑がおよそ3.5ヘクタールで、サツマイモも2ヘクタールほど作っています。
まだまだ始まったばかりですが、これまで4軒ほどの農家から「そろそろ畑をやめようと思っているからうちのブドウ畑も使ってくれ」と声がかかっていますね。今後もそういった方の畑を受け継いでいきたいと考えています。
土井さん
コバマツ
新規参入ですが、地域に根差してきた会社だから農家達も信頼して頼めるんでしょうね。
農地って、新規就農者や地域外から参入してきた人が借りるにはまず農家から「この人に貸して大丈夫か」という信頼を得なければならないから、「よくわからないやつに貸すくらいなら耕作放棄地のままでもよい」と考える人も多そう。
うちはそういう面ではブドウ園や耕作放棄地などをうまく借りられていますし、農地を借りた農家から、お客さんも引き継いでますので、販売も比較的スムーズにできています。
土井さん
株式会社丸八のブドウとしてすくすく育ったブドウ達
販売されている生食ブドウ。個人や企業のお中元として需要がある
コバマツ
農地だけではなく消費者とのつながりも残して、ブドウを通して魚津と関わりをつないでいくというのも地域にとって大切なことですよね。丸八が参入しなければそのつながりも途絶えてしまっていたということですもんね。
栽培だけではなく、直接販売もしていて、手間がかかりそうだなと思うのですが、人手はどうしているんですか?
農福連携にも取り組んでいて、地元の就労継続支援B型事業所と連携し、ブドウやサツマイモの管理作業のため定期的に働きに来ていただいています。この事業所は、20年前に会長がひらめいて魚津市内で立ち上げた社会福祉事業者が運営するもので、農業参入する際に農福連携は大前提だったようです。就労継続支援B型事業所には、人手の確保という面でもとても貢献してもらっています。
土井さん
ブドウの作業を手伝う就労継続支援B型事業所の皆さん
丸八のスタッフも援農に来ている
コバマツ
ひらめきですぐに導入しちゃうのが凄いです……! それも地元で長年事業をしてきたつながりがあるからできることなんでしょうね!
今年からは地域おこし協力隊にも、ブドウ栽培やワイン作りを手伝ってもらう予定です。その他にも収穫イベントなど開催して、いろいろな人に農場に関わってもらうことも考えています。先の話になりますが、地域住民に対して新たな雇用を生み出したり、外部から人が入ってくる機会も作ったりしていきたいですね。
土井さん
今後について
コバマツ
まだ、農業部門だけでは事業として成り立たせていくことは難しく、本業のエネルギー事業があるから継続できている状況です。今春には自社のワイナリーも完成して夏頃から稼働していくので、農業生産も、6次化もますます力を入れていきたいです。
土井さん
2022年度春完成予定のワイナリー
コバマツ
農業は機械の導入や農地の整備など、初期投資がかかりますから、会社の本業の事業が安定しているからこそ、挑戦できるというメリットもありそうですね。
会長は異業種から、僕は農家とは違う立場から農業に参入したので、「地域の農業を守ろう!」という視点だけではなく、「農業を生かして地域全体をどのように盛り上げていけるか」という、まちづくりの視点で農業をしています。これからますます離農する人が増えて、耕作放棄地も増えていくと思います。地域の農業を維持していくことで、農業を入り口に雇用が生まれて、地域の人にとって働く場所が生まれたり、外部の人が来たりする可能性も出てくると思うんです。まだ始まったばかりですが、そんな風に地域を維持していくことに貢献できる存在になっていくことができればと思います。
土井さん
異業種が農業に参入するという話は耳にすることが多くなりましたが、都心の外部の企業が参入するという事例が多く、地域にある異業種が参入するという話はあまり聞いたことがありませんでした。しかし、丸八のように長年地域に根差して事業をしてきた企業だからこそ、農家や地域との関係性からスムーズに農業に参入することができ、農家も大事な農地を任せやすいのではないかと感じました。
地域の異業種が参入することで、農業という枠組みだけではなく地域全体を巻き込んだ農地の維持ができる、そんな可能性を感じた取材でした。