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ラーメン店が農業参入! 農業部門を開設してから店舗数を急速に増やせた理由

ラーメン店が農業参入! 農業部門を開設してから店舗数を急速に増やせた理由

岩手県盛岡市にある有名なラーメン店「柳家」が農業に参入したのは2008年。2013年には「株式会社やなぎやのうえん」を設立し、農業生産法人(農地所有適格法人)となった。自家製麺の原料となる小麦の栽培を行い、それがラーメン店としてのブランド化にもつながっている。一方で企業の農業参入は収益化が難しく、農業部門から撤退する事例も多い。実際の経営状況はどうなっているのか。やなぎやのうえん取締役で農場長の神田重一(かんだ・しげかず)さんに話を聞いた。

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■神田重一さんプロフィール

1_プロフィール写真 2011年、柳家入社。2013年、株式会社やなぎやのうえん取締役に就任。農場長として小麦栽培に従事する一方、農閑期は飲食部門に出向。前職はコンピューター関係の仕事。退職して新規就農者研修を受け、雇用型の就農を果たした。
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農地30アールからのスタート。13年間で13.6ヘクタールまで拡大

柳家が農業部門を法人として独立させたのは、小麦栽培を開始して6年目のこと。法人化したのは、飲食店部門と経理を分けるという実務的な理由があったことに加えて、会社として認定農業者となり地域からの信用を得たい狙いもあったためだ。

「法人化してからは岩手銀行との取引が始まり、農業近代化資金などの融資を受けられるようになった」と、神田さんは資金面でのメリットも明かす。

農地は、花巻市大迫(おおはさま)町に30アール借りたところからスタートした。その後少しずつ農地を増やしていき、現在は約6ヘクタールとなっている。
紫波(しわ)郡紫波町でも果樹園跡地7.6ヘクタールを借りており、全部で約13.6ヘクタールを確保している。

やなぎやのうえんで栽培している小麦は「ゆきちから」という品種。たんぱく値が高い強力粉に加工できることから、柳家の自家製麺の原料として栽培を始めた。

農研機構東北農業研究センターが示す岩手県の標準的なゆきちからの反収(10アール当たりの収量)は436キロ。大迫町で栽培を始めた当初は180キロくらいだった。紫波町の農地はもともとラ・フランスの果樹園で土壌が良く、初年度から260キロ近く収穫できた。
一番収量の多かった年は400キロ超。現在の平均は約300キロだ。

2_ゆきちからの種もみ

寒さに強い「ゆきちから」は秋田県を除く東北5県で奨励品種になっている(画像提供:柳家)

収穫期は7月頭。岩手県ではちょうど梅雨時にぶつかる。
登熟(出穂後に成熟していくこと)したところに雨が降ると、穂が発芽してしまい小麦粉にできなくなってしまう。同社でも一度全滅したことがあった。
そのため、天気のいいタイミングで、1週間以内に一気に刈り取らなければならないという気候的な課題がある。

収穫した小麦は農協へ出荷。製粉会社から全量買い取り

やなぎやのうえんの小麦は、すべて柳家オリジナルの小麦粉「○ッ粉(わっこ)」に製粉し、自家製麺の原料として使用している。

収穫した小麦は、まず全量を農協に出荷する。その小麦を製粉会社が農協から仕入れて小麦粉に加工し、それを柳家が買い取る、という流れになっている。
同社で生産する小麦だけでは、柳家で使う4~5カ月分の小麦粉しかできない。不足する小麦は協力農家にも作ってもらっている。

なぜ直接製粉所に卸さないのかという疑問が湧く。
じつは小麦栽培の収入は、その大半が国からの交付金(ゲタ対策)などで補填されている。岩手県産のゆきちからは市場での落札価格が1トン当たり約3万7000円(1キロ37円)であり、10アールで300キロの収量だと1万1000円ほどの売り上げにしかならない。

ところが、交付金をもらうための申請は、農協に卸さなければ手続きが難しくなるという実情がある。不足する収益を交付金で補填するためには、やなぎやのうえん→農協→製粉会社→柳家という流通経路をたどるしかないのだ。

雇用スタッフはゼロ。小麦栽培の収益は?

やなぎやのうえんでは、代表取締役社長・大信田和彦(おおしだ・かずひこ)さんの兄である英和(ひでかず)さんと神田さんの2人が役員として農業に従事している。
雇用しているスタッフはいない。その代わり、グループの本体である柳家の従業員が出向する形で、草刈りや収穫などの繁忙期に手伝いに来る。

「草刈りは5月ごろから始まります。大迫町の畑は全部で6ヘクタールですが、数にすると100枚あります。そのほとんどが10アール以下と非常に細かく、草刈りをするあぜが多いのです。傾斜地用の草刈り機などを購入して少しは楽になりましたが、常に草刈りと石拾いばかりしていると言ってもいいほどです」(神田さん)
草刈りを特に集中して行うときは、大迫町の農地の1区域(平均2ヘクタールほど)を応援スタッフ含め6人で3日かけて終わらせている。

草刈り作業

「草刈りの作業が多い」と語る神田さん(画像提供:柳家)

収穫時は2~3人のスタッフが応援に来る。コンバインの操作は役員2人が行い、スタッフには刈り取った小麦を農協まで運ぶトラックドライバーとして手伝ってもらう。
一方、紫波町の収穫は地元の農家に委託している。「収穫は梅雨時期に重なるので、1週間以内に終わらせなければなりません。大迫町と同時進行ではできないので、われわれは大迫に専念して、紫波は農家さんにお願いすることにしています」(神田さん)

反対に、農閑期である11~3月は、神田さんが柳家に出向する。これも同社にとっての大きな収入源になると神田さんは語る。
「小麦栽培の年間収益は、大まかに700万円、支出が1000万円くらいですから、300万円不足します。不足分をラーメン店への出向でまかなっているというイメージです」

4_刈り取り作業

梅雨時期と重なる刈り取り作業はスピード勝負(画像提供:柳家)

新規参入の課題は栽培ノウハウと地域との関係

神田さんが入社したのは2011年。その時点では、農業部門は始まってから3年程度であり、まだまだ手探りの状態だった。
特に苦労したのは、栽培のノウハウがなかったこと。収量を上げるために、協力農家や改良普及センターなどをまわって栽培方法を教えてもらっていた。
「農家さんによってやり方は違うので、それぞれから教えられたことを参考に、自分たちの栽培スタイルを作っていきました。われわれのスタイルができてくるまで2~3年はかかりましたね」(神田さん)

地域といい関係を作っていくことも新規参入の大きな課題だ。地域との関係は、農地の確保に直結するからだ。

紫波町の農地は、岩手銀行のサポートもあり、まとまった土地7.5ヘクタールを一気に借りることができた(現在は7.6ヘクタール)。洋ナシの生産組合が解散して手放した果樹園跡地を、やなぎやのうえんが引き受けた。
農地の担い手がない中で借り手が見つかったので、所有者からはとても感謝されている。

紫波町の小麦畑

紫波町の小麦畑は全7枚で7.6ヘクタール。1枚の畑が広く作業がしやすい(画像提供:柳家)

神田さんは、新規就農したある知人から、一人で就農するのがいかに大変かという話を聞かされていた。その知人は首都圏から移住してきたこともあり、地域の風習や消防団の参加といった地方ならではの活動になかなかなじめなかったのだという。
「その点、法人であれば、個人で地域に入るよりも負担は小さくなります。会社のメインバンクが岩手銀行だというところも、信頼を得るうえで大きかったと思います」と神田さんは当時を振り返る。

だが、大迫町での農地拡大には苦労した。集落外から新規参入した企業には、なかなかいい土地はまわってこない。
30アールの土地から開始し、2014~15年にかけてようやく2ヘクタールに増やせた。
「地道に草刈りをしているところなどを地域の方から見てもらって、だんだんと認められて借りられるようになりました。感覚としては、地域から認められるまでに3~5年はかかったと思います」(神田さん)

共同草刈り

集落で行う共同草刈りにも参加する(画像提供:柳家)

現在借りている大迫町の農地は4カ所の集落に分けられるが、それぞれでやなぎやのうえんに対する協力姿勢には濃淡があり、地域性も異なる。

例えば、ある地域では大迫町の伝統芸能「早池峰(はやちね)神楽」(2009年ユネスコ無形文化遺産に登録)で代々演舞を担っている神楽衆の家があり、行事に参加してもらいたいという声がかかる。

他にも集落特有の風習が残っている地域や、皆で協力して草刈りをする地域もある。そうした農業以外での集まりにも地道に顔を出すことで、信頼を得ていったという。

50歳を目前に新規就農者へ転身

神田さんは、そもそも自身が新規就農者だった。
前職はコンピューター関係の仕事をしていたが、「最後の仕事は農業をしたい」という夢を持っていた神田さん。「子どものころに祖母の畑を手伝ったり、仕事の中で園芸部門に関わったり、そういう経験が頭に残っていたのかもしれません」と、農業への憧れがあったことを打ち明ける。

2009年に岩手県立農業大学校で新規就農者研修を1年、盛岡市の農家で半年間、ミニトマト、ネギ、イチゴなどの研修を受けた。
「もともとイチゴ農家になりたかった」という神田さん。しかし、新規就農者支援制度の青年就農給付金(現在の農業次世代人材投資資金)には45歳未満という条件があり、当時40代後半だった神田さんは支援を受けられなかった。
ちょうどそのころに、地元で有名なラーメン店「柳家」が、農業部門の人材を募集していた。自家製麺の原料となる小麦の栽培というところにも興味が湧いた。すぐに応募して、採用が決まった。

雇用型の就農について、「作った農産物の出口があるのは、就農するうえでの安心材料でした」と神田さんは語る。

神田さんが入社した時点では、小麦栽培はまだまだ手探りの段階だった。販売先の心配がなかったために、栽培技術の習得に専念できたという。

また、グループの本体が飲食事業であることも、重要なポイントだと神田さんは実感している。
「ほとんどの農家は出荷するまでが仕事なので、消費者にどうやって食べられているのかを見られません。私たちは、自分で作った小麦が製麺されて、ラーメンとして提供される過程がわかります。農作物の最終形を目の前で見られることはとても大きいですね。私も自信を持ってラーメンを出せるし、お客さんに聞かれれば麺の説明もできます。厳しい農作業をするうえでの精神的な支えになっています」

柳家厨房

柳家の調理場に立つ農場長の神田さん(画像提供:柳家)

小麦の収量アップのための新しい計画

今後、やなぎやのうえんでは小麦の収量アップのために大豆栽培にも着手する計画がある。

同じ作物を作り続けていると、連作障害で収量が落ちるリスクがある。小麦の連作障害をなくすために、大豆を組み入れた輪作体系にしたいと神田さんは言う。
「そして、収穫した大豆は納豆に加工します。柳家の名物はキムチ納豆ラーメンですから。店で使うしょうゆも大豆で作りたいですね。すべての食材を自社栽培か県産にしたいというのが、農業部門を始めた当初からの柳家グループの構想です」

元祖キムチ納豆ラーメン

柳家名物「元祖キムチ納豆」ラーメン。納豆も自社栽培の大豆で作る構想を描く(画像提供:柳家)

加えて、神田さんはこうも語る。
「小麦だけではなく他の野菜を作ったり、ジビエ料理を提供したりして、日々の売り上げになるものも必要だと考えています」
同社の役員2人は、ニホンジカなどの獣害に対処するため、狩猟免許を取得して地元の猟友会に入っている。
害獣駆除という考えにとどまらず、命を自然からの恵みとして生かす道も模索する。大迫町の農場近くに会社で古民家を借りており、英和さんはそこにスタッフを呼んでジビエ料理をふるまうこともある。

農業、飲食店、狩猟という暮らしに憧れる若いスタッフも多数いる。
「そろそろ自分の後を継いでくれる若い人がほしい」という神田さん。13店舗ある柳家のスタッフの中から、やなぎやのうえんに移りたいという20代の若者も出てきており、農場長を任せられないかと神田さんは期待している。

企業が農業に参入する意義について

柳家とやなぎやのうえん両社の代表取締役社長である大信田和彦さんは、企業が農業に参入する意義についてこう語った。
「農業のイメージを変えていくためには、切り口が大事だと思います。柳家グループでは、農業だけではなく飲食店でも仕事ができるし、ジビエのふるまいもある。スタッフも飽きずに働くことができています。これはラーメン店が本業であるわれわれだからこそ可能なことだと思います」

大信田さん

ラーメン店と農業の相性を力強く語る大信田さん

企業が農業に新規参入しても、収益が上がらないために撤退するケースは多い。
たしかに収益を上げることは企業として不可欠だが、それだけに目を向けていると、数値には表れない要素が見落とされてしまう。

農業部門を開設してから、柳家は店舗数を急速に増やしている。スタッフにとっての「働きがい」がいい形で循環し、柳家グループを成長させている一要素となっているようだ。
企業が農業に参入することの新しい可能性として、柳家の事例を参考にしたい。

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