トマトとイチゴには手を出さない
我が菜園生活 風来(ふうらい)ではこれまでたくさんの視察を受け入れてきました。農業のススメという趣旨の本を出していることもあり、団体視察はもちろんですが、新規就農希望者の個人視察が多いのも特徴です。この連載も新規就農への壁を少しでも低くできればという思いがあります。
今も状況はそれほど変わっていないようですが、私が農家になろうといろいろな所に相談にいった時も、まさにけんもほろろ。「素人には無理」「資金がかかる」「食べていけるわけがない」と散々言われました。その反動もあり、固定概念を外してそれまでになかったスタイルで起農し、おかげで今もやれています。
それでも多くの失敗をしてきました。その教訓から今は「有機・無農薬・自然栽培(これ以後は大きなくくりで無農薬と表記します)でトマト、イチゴはやめた方がいい」と伝えています。
トマト、ミニトマトは私が就農した22年前も花形野菜でした。最近だとイチゴも同じように感じます。実際、就農相談でどんな農法で何を育てたいかと聞くと「無農薬栽培でトマト、ミニトマト、イチゴ」という答えが多く返ってきます。
確かにそれらは目立つし、話題にもなりやすく、高単価で販売されることもあり、当たれば大きい。でもそれだけに先駆者も多くまさにプロフェッショナルの世界。そこに無農薬栽培となると、他との差別化が図れる特徴などがなければ太刀打ちできません。「トマト、ミニトマト、イチゴを無農薬栽培」さえすれば、成功するというわけではないのです。
それはトマト、ミニトマト、イチゴに求められているものを考えれば分かります。それらの一番の価値は糖度、味のバランス、見た目の良さです。そこに無農薬といった安心が加われば価値が上がりますがそれはあくまでも付属した価値。
青枯れ病、灰カビ病といった病気に弱いそれらを無農薬で育てるのはとても大変です。しかもそれぞれ施設園芸作物でビニールハウスの建設費など初期費用が大きくかかります。苦労とリスクが大きい割に無農薬は一番に求められている要素ではないので、価格や販売数に反映しないのが現状です。
そんな中、無農薬栽培のトマトで成功している農家仲間も何人かいます。ただその人達はトマト農家のもとで研修し慣行栽培トマトの技術を身に付けた上で無農薬栽培に切り替えたか、無農薬栽培でいろいろな野菜を育てて経験を積んだ上でトマト栽培に絞ったなど、実績があってこそです。
つまり、無農薬でトマト、ミニトマト、イチゴをなんとなくで選ぶには無理があるということ。無農薬栽培を選ぶのであれば、まず栽培しやすいものを選び、経験を積んでからチャレンジするべきです。
農家になる敷居を下げたい。でもやるからには継続してもらいたい。そんな思いからこのようなアドバイスをしています。
思考を止めず深堀りする
多くの視察を受け入れていて、慣行栽培で就農しようという人はかなり具体的に考えている傾向があります。借りる畑の場所、面積、何を育ててどこに売るかなどの計画です。
それは農地も機械も技術も持っている、それでも大変という既存農家の現状を知ったうえでやろうという覚悟があるからだと思います。
それに対して無農薬栽培で就農を目指している人はフワッとした人が多い。無農薬栽培は環境に良いし素敵。その無農薬栽培さえうまくいけば高値で売れるし、売り先もあるし理想の暮らしができると……。無農薬で栽培するという時点で満足し、思考をストップさせている。この状態で農業をはじめ、失敗してしまったという報告を受けることも少なくありません。
だからこそ、できるかどうかを確かめたいということで風来に視察に来る。有償で視察を受け入れているこちらとしてはありがたくもあるのですが、今はネットでもいろいろ調べることができるので、もったいないなと感じます。
ひと言で無農薬栽培と言っても、有機 JAS 認証の農薬や肥料を使ってやる方法もあれば、堆肥(たいひ)づくりからやる方法など、使う資材の取捨選択はさまざまです。一時期有名になった農法、資材もあればあまり聞かなくなったものも。無農薬というだけで満足せずにその中でどの農法が自分に合っているのか、できるのか、再現性はあるのかなど、本気で農家になりたいなら最低限そのくらいは調べるべきです。
販売に関してもかなり変わってきました。20年前は無農薬というだけで売れ、虫食いがあっても許される、そんな時代でした。でも今は違います。産直EC もあり全国の生産者とも比べられる時代。無農薬栽培の生産者も農業全体から見ると少ないかもしれませんが、無農薬だからといって高くても買ってくれるという消費者もそんなに多くありません。そういった意味では無農薬栽培もレッドオーシャンといえます。
それでも成功者もいます。それこそ産直ECで調べれば分かります。気になる生産者がいたら取り寄せてみるというのも勉強になります。繰り返しになりますが、無農薬だけで満足せずに先の先を考える。その姿勢がとても大切です。
何を育てるかよりどう売るか
産直ECポケットマルシェを運営する株式会社 雨風太陽の代表 高橋博之(たかはし・ひろゆき)さんはオーガニックを選ぶ理由で、「EUでは環境のため、アメリカでは健康、日本はファッション(流行の意)」とよく言っています。
私も22年間直売農家をやってきて実感としてよく分かります。環境が指針であれば地球に優しいもの、健康が指針であれば安全なものを消費者は求めるのでオーガニック商品の購入につながりますが、ファッションが指針だとその時々で需要が変わります。流行でなんとなくオーガニックを選ぶ人が多い現状では、不況や値上げラッシュが続くと少しでも高いオーガニックのものは売れなくなってしまいます。
また、この20年で変わったのが情報を簡単に手に入れやすくなったことです。無農薬といっても動物性堆肥を入れているか、在来品種なのか、自家採種なのかなど、消費者の方が詳しいくらい。文字にすると簡単ですが、消費者の希望をすべて実現させるのはひとつひとつがとても大変。誰もが100%満足できるものなどありません。趣味ではなく仕事でやるには生産者もどこまでこだわるか線引きが必要です。その線引きの決断は、 早ければ早いほど生産、販売の姿勢が定まりやすくなります。
そんなこともあり、風来では現在、無農薬という文言を使うのをやめました。表示するのが難しくなったというのもありますが、栽培方法を冠にぜず、座布団にしようと思ったからです。栽培方法で売ろうとしたらその中で選択されることになります。そうではなくその農法の上に個人がいる。
私がHPやネット上で「源さん」と名乗っているのもそれが理由です。「源さん」が販売しているものだから安心できる。そう思ってもらえるようにやってきました。そのために情報を出していくことや、畑を開放して誰でも見学できるようにするなどオープンにしてきました。
さて、無農薬栽培について厳しいことも書いてきましたが、それでは無農薬栽培がダメかというとそうではありません。環境問題やSDGsの観点からは重要な農法です。肥料など輸入資材の高騰はこれからも続くと思われます。その時に緑肥や地域資源を堆肥化したものを利用するなど無農薬栽培の可能性は大きく広がっていくでしょう。
ただその中でイチ無農薬栽培農家がどのようにふるまっていくか。やはり必要なのは出口。今の資本主義社会で無農薬栽培を継続していくためには、その価値をいかに収益に変えていくかいくかということを考える必要があります。何をどう育てるかより何が売れるか、どう売るかがとても重要です。安全なものを求めているのはどこか。そんな視点を持つと、例えば、全国にオーガニック給食が広まりつつあるからそこにアプローチしよう、などと具体的に考えることができます。
そして広く考える。農業を農産物販売とすると生産効率が悪い無農薬栽培の経営は難しくなりますが、畑全体を舞台として考えると突破口が見えてきます。無農薬の安心のイメージを活用して体験農場、農産物の加工といった6次産業化への取り組みまで考えてみるとよいでしょう。風来では畑ヨガや菜園教室としても畑を活用しています。農家仲間には堆肥販売や堆肥づくり教室の方が野菜の販売額より多いという人もいます。
また収量がない時に備えてアルバイト先を考えておくといいでしょう。かなり後ろ向きに思えるかもしれませんが、最悪を想定しておくと、いざという時何とかなると行動が楽天的になれます。
無農薬栽培を目指すことは素晴らしいことだと思います。だからこそ無農薬だけで思考停止せずに具体的なビジネスプランを考えるべきです。継続していること自体が後進の勇気になり無農薬栽培が広がるキッカケにもなるのですから。