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栽培のトラブルをどう対処する? 日本一のブドウ名人に聞いた

少年B

ライター:

栽培のトラブルをどう対処する? 日本一のブドウ名人に聞いた

数多くのブドウ農家が「あの人が日本一だよ」と口を揃える、ブドウ名人の飯塚芳幸さん。数々の賞を獲得し、高級百貨店やフルーツ専門店で「飯塚さんのぶどう」コーナーが設けられるほどの実力者です。

そんな飯塚さんのブドウ栽培技術を、ブドウマニアライターの少年Bが3回に渡ってお聞きします。本記事はその第3回目です。

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シャインの開花異常対策とは

──前回は根っこと枝のバランスが悪いから、樹勢のバランスが悪くなっているというお話しでした。ほかにも問題があるんですか?

うん。もう一つの問題はね、ならせすぎなんですよ。実のつけすぎ。翌年の花芽は、今年のうちにできるわけだよね。花芽になる前の「原基」ってものができるんだけど、そのときに、枝の登熟が非常に重要になってくるわけ。

だから、枝はある長さのところで生育を止めて、枝の方は養分をやらなんで、光合成した養分は果実と翌年への貯蓄に回す必要があるんだよね。ところがそれをやらないで、枝ばっかり作っちゃうと、いつまでたっても枝が登熟してこない。花芽の原基も充実してこない。それが最終的には開花異常に繋がってくるってことだよね。

──そもそもマニュアルがちょっと違うんじゃないかと。

逆に農家だって、ちょっと間隔を詰めてたくさん植えた方がお金になるからね。うちみたいな粘土のところは、根っこの張りがあんまりよくないから、割合狭めてもまだいいんだけど。

砂地や砂利、火山灰なんかだとどんどん根が張って、太い枝がガンガン出るから、そういうところほど間隔を広くしなきゃいけない。マニュアル通りだと、土壌を考えたうえでの栽植距離じゃないんだよね。

穂軸は細く、緑か赤くなっているものがいいそう。樹勢が強いと穂軸が太くなり、木化してしまう

──「シャインは年々作りづらくなっている」という声を聞いたことがあるんですが、そういう理由だったんですね。

木のバランスが崩れちゃうから、難しくなるだよ。対処法としては、例えば隣の木の片枝を抜きなさいと。空いたところに枝をまた伸ばしていく。

抜いたほうの木は強剪定になるわけだから、うちの場合は枝から維管束(いかんそく)※をたどって根まで行って、その維管束に繋がる根を切るようにしてるわけ。あるいは、うちはやってないけども、維管束のところでのこぎりで傷を入れて、そこへトタンを挟んで養分が行かないようにするとか、そういった手段が必要になるわけだよね。そうして、地上部と根っこのバランスを保つと。

※維管束
シダ植物と種子植物にそなわっている通道組織。根・茎くき・葉をつらぬいている束状の組織

──根っこを切るっていうのは、ちょっと怖い気がしますが……。そうやっていらっしゃるんですね。

全部の根を切るわけじゃなくて、維管束に繋がってる部分しか切らないから。でもまぁ、難しいと思いますよ。新しく始めた人っていうのは、最初の5、6年はいいだよ。でも、8年過ぎてくると問題が起きてくる。

──「もういっそ改植した方が早いんじゃないの」みたいな話をしている農家さんもいらっしゃいます。

もし仮に、2年間花が咲かないなんてことになったら生活できないもんね。大変だよ。そういう人にはね、こう言ってるの。「もうシャインは辞めろ」と。

──ええっ!? 今シャインを辞めるなんて絶対無理では……!?

うん。「そして、その代わりにマスカ・サーティーンを植えなさい」って。サーティーンは見た目はシャインと同じような品種で、まぁ味や食感は若干違うけどね。外観も素晴らしいし、欠点がない。生産者としてもね、作りやすいブドウですよ。

例えば房尻を使うときに、シャインだったらかなり形が変なのがいっぱいできるじゃない。サーティーンはあれがなくて、非常に素直ないい房ができる。粒も結構大きいし、色も綺麗だし、果皮のかすれも出ない。いいブドウだよね。

──香りもあるし、味もシャインよりもおいしいですよね。果肉はちょっと柔らかいですが。

実の柔らかさは好き嫌いが出るかもね。あと、シャインに比べるとちょっと棚持ちが悪いかな。もうシャインマスカットがさ、作りやすくて、量が取れて、高値で売れて。こんないいブドウねぇ、みたいな風潮があるじゃない。

だから、みんなどんどんシャインを植えてんだけど、必ずぶつかるだよ、障壁に。そういう中で、シャインがうまく作れないっていう人には、サーティーンがおすすめだね。短梢でも自然系でも両方できるしね。

シャインの好適樹勢の見分け方

──飯塚さんは短梢ではなく、長梢でやられているんですか?

品種に合わせてだね。例えばナガノパープルなんかは圧倒的に短梢に向く品種だし。

──シャインマスカットはいかがですか?

両方だね。ただ、さっきも言ったように、短梢だと8年ぐらいで色々問題が出てくるから、安定して長く作るには、長梢のほうがいいね。

短梢でも、最初っから栽植距離を60mとかって決めて作ってるならいいと思うよ。28mで主枝4本なんて作り方をしていると、ちょっと厳しい。その点、長梢だと長年、好適樹勢を維持することができる。状況に応じて広げられるわけだから。

──好適樹勢とおっしゃいますが、その目安みたいなものはあるんですか?

目安としては、成り枝の房前後の、節間の太さだね。今、長野県でも好適樹勢をどの辺にしようかと検討中なんだけども、俺としては節間の太さが、だいたい10mm前後。8〜12mmの間ぐらいかな。12mmになっちゃうとちょっと太すぎるかなと思うんだけど、木全体の7割から8割ぐらいがそういう太さになれば一番いいだろうと思ってるね。

節間の距離は太さに比例するから、だいたい手の大きさぐらいになるかな。こんなもんだよ。

ちょうどいい節間の太さ

ところが、みんな成り枝が太くなっちゃうし、下手なやつは20mmぐらいになっちゃう。20mmなんてなったらもうロクなブドウはできねぇから。今度ブドウ園に行ったら見てみるといいよ(笑)。

──この記事を読んでいる農家のみなさんにも、自身の畑の節間の太さを見ていただくとして……。

好適樹勢を維持する、あるいは誘導する技術っていうのがあるわけだから、その辺のところを県や国が普及していかなきゃいけないと思うんだけどね。その辺のところはまだ、試験場の研究者もわからない。いま研究中で、結果は出てないことだから、公的なところは下手なこと言えないからね。

あとこれは樹勢の話とは違うけど、フルメット(液剤)の2回使用はダメだね。あれをすると粒は大きくなるけど、味が来ないから、食べればすぐわかるよ。1回はいいけど、2回使ったらダメ。おいしいブドウにはならねぇだよ。

技術は教えるから、いい風に変わって欲しい

あとは栽培法でいうと、ウチは毎年いろいろ実験をしてますよ。短梢で作れない品種があるかとか。短梢にすることで、房持ちが悪くなっちゃうものがあるかとか。

──日本一のブドウ農家と呼ばれるようになってなお、研究を続けているんですね。自分だったら、もうこれでいいやと守りに入ってしまう気がするんですが……。

植物ってのは生きてるから。その可能性っていうのはね、やっぱり自分で決めちゃいけないと思うんだよ。ブドウの品種によってもいろいろ違いがあるから、シャインにはシャインのいいとこがあるし、もちろん欠点もあるし。その欠点を出さないようにして、いいとこをどうやって表現していくかっていうのがブドウ作りだと思うし。

うちが今一生懸命になって作っている新しいオリジナルの品種。真沙果とか、美夕果とか、ゴールドナイトとかあるけども、そういった品種は欠点もものすごく大きいんですよ。すごくいいブドウなんだけど、作るのが難しい。

飯塚さんが育種した品種のひとつ「ゴールドナイト」

──飯塚さんが難しいという品種……。

真沙果は裂果するし、美夕果は縮果症とサビの問題がある。ゴールドナイトはそこまで大きな欠点はないけど、樹勢が強くて棚持ちが悪いから短梢には向かないかもしれないな、とか。

そういうハードルを越えないと、これらの品種は一人前になれないよね。でも今年、ようやく向こうが見えてきたかなって感じがするかな。

──こんなに色々とお話くださり、ありがとうございます。でも、取材をしておいて何ですが、40年間積み重ねてきたものをこんなに話していただいていいんでしょうか。

俺は全部しゃべっちゃうんだよね。これは技術屋根性ってのもあるんだけれど、全部話しても、言ったとおりのことをすべて実行できる人は100人のうち1人か2人なんだよ。だから俺が40年間積み重ねてきたことを、全く同じように40年間積み重ねていける人間が何人いるか。これはいないと思うんだよね。

だから、やれるもんならぜひやって欲しい。もうノウハウはできあがってるわけだから。素地ができてねぇ園は最初時間がかかるかもしれないけど、ある程度土ができあがれば、それにのっとってやればできるからね。俺が教えたことでうんとよくなっていった人はいっぱいいるし、これを読んだ読者の方も、いい風に変わっていって欲しいよな。

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