■石川美里(いしかわ・みさと)さんプロフィール
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1990年生まれ。小学校3年生から5年生までの3年間、父親の仕事の都合でインドのニューデリーに居住。生まれた国が違うことで生じる貧富の差にショックを受け、幼いながらも自分の人生を何かの役に立てたいと、社会課題解決を職にすることを志す。学生時代に東日本大震災が発生し、住んでいる場所が違うだけで人の生死が分かれること、そして何もできなかった自分に再び憤りを覚える。そんな時にボーダレス・ジャパンに出会い入社。「ビジネス」で社会課題を解決する方法と、そのインパクト・スピードを実感。さまざまな学びを受け、2017年にみらい畑株式会社を設立。 |
栽培は見よう見まね⁉

宮崎県新富町の風景
それは大変だったでしょうね。それではご自身が失敗したと思われるまでの経緯を教えていただけますか?
地獄だったのは、1年目の春・夏作。前作が思った以上にうまくいったということもあり、新たにハウスも借りて宮崎県在来野菜の佐土原(さどわら)ナスに挑戦しました。佐土原ナスは大きくてやわらかく地元でも高値で取引されていてオイシックスなどでも人気。これだと思って畑の全面に800株定植しました。
暖かくなるにつれてアブラムシ、ヨトウムシでいっぱいに。化学農薬を使わずに牛乳や唐辛子を溶かしこんだ焼酎で対策したのですが効果もなく、ある日畑に行くとナス畑がアブラムシ、ヨトウムシのため枯れてきて一面暗黒世界。そこに大型台風。そうなるとかろうじて生き残っていた実も傷ついて売り物になりません。結局5カ月かけて育てた800株が8月でほぼ全滅。その夏の売上は30万円いきませんでした。

難易度の高いナス栽培
畑も増えて40アールに。栽培自体はうまくいき、無農薬でカラフルということで通常より高く買ってもらえたのですが、従業員を2人雇っていたので組織構成で赤字でした。
補助金、新規就農支援金などはもらっていたのでしょうか?
3年目の秋・冬作はいちるの望みをかけて紅芯大根を1ヘクタール、6万本育てました。普通のダイコンでは高く売れないからということでの選択です。市場とは事前に買い取ってもらえるように話をして許諾してもらったのですが、完全な契約ではなかったため、珍しすぎて売れないということで当初思ってた金額より低い単価になり、引き取り量も減ってしまいました。
宮崎は暖かいのでそうこうしているうちに紅芯大根の芽が上がってきて、良いタイミングで対処できなかったので結果的には畑に2万本ほど放置の状態で終わりました。
いろいろな野菜を育て、販売もいろいろな方法を試した。それでも会社として黒字にならず、解決策が見つからない。社員もこの会社がどこに向かっているか分からないということで離れていく。もうダメだな、無農薬栽培は失敗したと思いました。
あと農業は農地を借りるなど参入も難しいですが、農業をやめる、縮小するのも難しいですよね。農地を返却するのも大変ですし、プライドもある。また野菜は消費されるものなので全く売れないわけではない。でも続ければ続けるほどジリ貧になっていく。ある意味やめる勇気を持つのも難しいですね。
そんな中、失敗したと認識したのはすごいと思います。従業員もいなくなり、一人での再チャレンジとなったわけですが、浮上のきっかけは何だったのでしょう?
まさかの起死回生
ギフトになるような野菜を作りたいと考えました。その時にうちの得意なものにミニ野菜があるなと思って、でもそれだけでは弱い。そんな時にボーダレス・ジャパンのメンバーに相談したら「野菜って体にいいってイメージあるよね」と。そこからぬか床と無農薬栽培のミニ野菜のセットを思いつき販売しました。コロナ禍でおうち時間が増えた時期と重なり、ギフトではなくご自宅用に使う人が一気に増えました。
それから腸活ということで、サブスクでぬか漬け、塩糀漬けに最適なミニ野菜を定期でお届けする商品の開発につながり、それが今の柱になっています。
現在、耕作放棄地を少しでも減らそうとクラウドファンディングに挑戦されてますが、まさにこういったことが根底にあり、心の支えになっていたのだと感じました。
最後にこれから農家を目指す人にひと言お願いします。
無農薬栽培をやりたい人はその先のことを考えていると思います。手段にとらわれずそこを大切にしてほしいです。農業は苦しいけどこんなにチャレンジしがいのあるものはないと思います。その苦しさも仲間と一緒なら乗り越えられます。いい仲間探しもぜひ。

石川さんが挑戦中のクラウドファンディング
石川さんが現在挑戦中のクラウドファンディング(2023年1月11日まで)
環境に優しい農業を続けたい! 宮崎県で無農薬にんじんを育てる農家の挑戦