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農業経験ゼロからのスタート。バンドマンでも農家になれる?️【雇われ農家の奮闘記#1】

相馬はじめ

ライター:

連載企画:雇われ農家の奮闘記

農業経験ゼロからのスタート。バンドマンでも農家になれる?️【雇われ農家の奮闘記#1】

“雇われ農家”を知っているだろうか。雇われ農家とは、自営せず農業法人へ勤める、いわゆる雇用就農と呼ばれる働き方をしている人のことだ。一部の農業法人はメディアなどで「売り上げ◯千万円の農家!」や「スマート農業を活用した大規模農家」といった、きらびやかな面がフォーカスされることがあるが、その裏では、雇われ農家が身を粉にして働いているのである。この記事は、元バンドマンのボク、相馬はじめが雇われ農家になってからの8年間で体験したことをありのままに書きつづった“奮闘記”である。雇用就農の実態を少しでも知ってもらえたらうれしい限りだ。

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農業法人へ就職したきっかけは“レタス農家”の手伝い

収穫できるまでに成長したレタス
「農業法人で働いてみない?」と言われても、当時のボクにはなんのことかさっぱり分からなかった。
ボクは元バンドマンで、農業とはかけ離れたところで活動していた。バンドマンと並行していた仕事といえば、コンビニのアルバイトや倉庫の軽作業員。そしてバンドマンを続けるなか「このままでは食べていくのすら危うい」と感じるようになった。それから正社員での求人を探したが、ボクが住む茨城県は工場の求人ばかりで、閉鎖的な空間が苦手なボクは仕事探しに行き詰まっていた。
そんな時届いたメッセージを開くと、友人から「知り合いのレタス農家が今、人手不足で困ってる。手伝ってみない?」とのお誘いが。他に仕事のあてもなかったので「やってみたい」と返信すると、その日から1週間足らずで、レタス農家の手伝いが始まった。

農業はまったくの未経験なので、当然レタス農家の仕事は右も左も分からない。そんなボクにはレタスの収穫や梱包作業など、すべてが新鮮だった。家族のみで経営しており規模は大きくないが、規模に関係なく農家の仕事が大変であることを痛感した。
レタスは畑に設置されたビニールトンネルのなかにあり、収穫するにもいちいちしゃがんで腰をかがめなければならない。この体勢がキツい。最初の1カ月間は腰にシップを貼りまくっていた。でも不思議なことに、この仕事が“嫌だな”とはならなかった。

レタスの収穫にも慣れてきて3カ月が経ったころ。作業の合間に休んでいる時、レタス農家の親方から「俺の先輩が経営している農業法人で働いてみない?」と提案された。
話を聞いてみると、農業法人とは会社形態で農家を経営しているところらしい。その農業法人では、社員を募集しているとのこと。待遇などもろもろ、一般企業へ勤めるサラリーマンとあまり変わらない。当時はこれが“雇用就農”であることをみじんも知らなかった。そのころのボクは、先のことについて特に考えていなかったので、レタス農家へ誘われた時と同じように「やってみたい」と返事をした。

唯一提示された条件が“マニュアル運転免許”の取得

ゴールド免許の写真
農業法人からお誘いがあった時、1つだけ条件を提示された。それが“マニュアル運転免許”の取得。お誘いを受けた農業法人では、業務中に軽トラックや2トントラックを運転するので、マニュアル運転免許が必要なのだ。
ボクが持っていたのは“オートマ限定”免許。「今の時代マニュアルなんか乗らない」と学生のころ豪語していた自分を恨んだ。とりあえずマニュアル免許を取らなければ話にならないので、急いで教習所へ行き限定解除を申し込んだ。限定解除にかかった費用はうろ覚えだが、たしか5万円前後ぐらいだったと思う。まだ免許を持っていない人で、少しでも農業の道を目指す可能性があるなら、“マニュアル免許”を取ることを強くすすめたい。

手伝っているレタス農家にはマニュアルの軽トラがあったので、敷地内で練習をさせてもらえた。マニュアル運転の鬼門である“半クラッチ”は、レタス農家でマスターしたといっても過言ではない。そのこともあり、教習所での実技と見極めは、すんなり終えることができた。

農業法人へ勤めるタイミングは、レタス農家の繁忙期を終えてからという約束になっていた。その間レタス農家では、収穫だけでなく種まきや苗を植える定植作業、背負いの噴霧器を使った除草剤の散布など、さまざまな仕事を教えてもらった。そして繁忙期を終え、いよいよ農業法人へ入社する時期を迎えた。

入社してからの3カ月間は研修期間

青空の畑で育った苗
農業法人へ入社したのは6月。茨城は梅雨本番であり気温が高まるタイミングである。
入社初日は朝のミーティングで「今日から手伝うことになった相馬くん」といった感じで紹介された。緊張していたものの、社内に重苦しい雰囲気はなかったので、気負うことなく自然に挨拶できた。ミーティング後は仕事で使う長靴や手袋などをホームセンターへ買いにいき、それから現場に合流した。

農業法人へ入社したものの、このときの扱いは“仮社員(バイト)”であった。ボクが入社した農業法人では、最初の3カ月間は研修および正社員として採用するかを判断する期間でもあった。そのこともあり、勤務する日や休日のタイミングは自由。休日は月8日以内というルールがあったが、特に取得する日を制限されることはなかった。一方で、仮社員期間の給与は時給制。その時の時給はたしか900〜1000円辺りで、労働時間は基本8時間だったので、手取りで月10万円前後もらっていたと思う。また、入社したタイミングは繁忙期であったこともあり、毎日1時間の残業は避けられなかった。ただそれ以上の残業はなかったので、体も心も救われた。

個人農家とは違いすぎる作業規模に絶句……

広大な農地と畦道
今でも忘れないのは、農業法人へ入社してからの1週間だ。ボクが入社したのはキャベツとジャガイモの収穫繁忙期だったのだが、これまでの作業規模との違い、個人農家とは比にならない1日の作業量に腰を抜かした。伝わりやすく言うと、個人農家が1日かけて収穫する量を、農業法人では1時間で済ませてしまう。それを可能にしているのは作業する人数の多さと、効率的な作業の段取りである。

キャベツの収穫では、キャベツを切る人、箱に詰める人、箱をパレットに運ぶ人、機械を運転してパレットを運ぶ人と、役割が細分化されている。この収穫方法は家族経営の農家では難しいだろう。この段取りにより、農業法人は効率的な作業を実現しているのだ。

次にジャガイモの収穫では、“ハーベスター”というジャガイモ専用の収穫機を使って行う。ハーベスターは運転手以外にジャガイモを選別する人を3〜4人後ろに乗せて作業する。収穫したジャガイモは、2トントラックのコンテナに積み込む。そしてコンテナが満タンになったら、集荷場へ運搬するという流れだ。収穫の流れを止めないよう、トラックを2台使ってピストン形式でひたすら運搬するので、気を休める暇もない。

レタス農家での体験とはまったく異なる作業規模に、ボクはついていくのが精一杯だった。農業の皮をかぶった“工業”であるとさえ思えた。

基本業務は実習生から教わる

農業法人で働く外国人実習生
農業法人での基本業務は、シンプルなものが多い。前に手伝っていたレタス農家と同じく、作物の収穫や苗の定植、除草作業などだ。それでも細かなところは違う。たとえば、作物ごとの収穫方法や、収穫物をどこに置くか、段ボールへの詰め方など。そしてそれらの業務を教えてくれたのは外国人の実習生だった。

農業法人を支えるのは、日本人と共に働く外国人実習生だ。なんなら現場は実習生の人数のほうが多いこともザラである。そのため、新入社員は必然的に実習生から業務を教わるようになる。

ボクが勤めた農業法人に居たのは、中国人の実習生だった。実習生とは名ばかりで、実際は出稼ぎに来ている人がほとんどだった。ちなみに、外国人が実習生として来日するのは簡単ではない。さまざまな入国基準を満たしたうえで日本語のテストをパスする必要があるなど、日本で働くまでの間にしっかり勉強しなければならないのだ。
そういう事情もあり、実習生も日本語で最低限の日常会話はできる。「ここはこれで大丈夫?」と聞くと、慣れない日本語とボディーランゲージを駆使しながら、一生懸命伝えてくれる。これは農業法人あるあるかもしれないが、外国人実習生は「ダイジョブ、ダイジョブ」が口グセになっていることがある。なので、正しく教わるには何回も聞くことが大切だ。

話を戻すと、仮社員だった3カ月間に担当したのは実習生との基本業務がほとんどだった。彼らと居る時間が多いことから、国の文化や価値観など日本とは異なる考えに触れる場にもなった。
ここでは実習生と過ごしていることをメインに話をしたが、もちろん親方や日本人社員からも仕事を教えてもらったことを補足しておく。

社員として正規採用。本格的に始まる農業法人での農業

畑で作物の生育を見守る男性農家
6月に入社してから3カ月が経った。キャベツとジャガイモの収穫に追われながらも、ついに正社員として雇われるのかが決まる日が訪れた。8月最後の出社日。午後のお茶の時間に農業法人の親方がそばに来て、「相馬くんがよければウチでこのまま働いてほしい」と言われた。レタス農家も含めると、農業へは半年以上携わっていた。ここから新しい仕事を見つけることも考えていなかったボクは、「よろしくお願いします」と答えた。うれしい反面不安もあり、そのとき飲んでいた缶のブラックコーヒーは、苦みも香りも感じなかったことを今でも覚えている。

元バンドマンがレタス農家を手伝ったのをきっかけに、農業法人に勤めることになるとは、ボク自身まったく想像していなかった。3カ月の仮社員期間を経て、晴れて正社員となったボク。そして雇われ農家としての生活は、まだ始まったばかりに過ぎない。

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