米国産トウモロコシの日本の購入は「ディール」
まずは2019年8月に行われた安倍晋三首相(当時)とトランプ大統領(同)の首脳会談から。会談後の記者会見で、トランプ氏は「米国の余ったトウモロコシをすべて購入することに合意してくれた」と語った。
トランプ氏の説明によると、余ったのは米中貿易摩擦で中国がトウモロコシの輸入を控えたから。その内容が本当かどうか定かではないが、日本が緊急でトウモロコシを買うこと自体は首脳会談のテーマになった。
当時、想定されたトウモロコシの緊急輸入の量は最大275万トンで、日本が必要とする量を明らかに上回っていた。実際にはほとんど輸入されなかったもようだが、この逸話はトランプ氏の外交手法を象徴している。
まるで商談でもするかのようなノリで、自分の要求に同意するよう相手に求める。トランプ氏は首脳会談の後、Twitter(現X)に「大きなディールになった」と書き込んだ。交渉がうまくいったという意味だ。
これから日米間でどんなディールが待っているのだろうか。

トランプ氏は日本によるトウモロコシの購入を「大きなディール」と表現した
円卓に足を乗せて自由化を迫った米高官
トランプ氏の独特の手法が世界中から注目されているが、貿易交渉で米国が強気な姿勢で臨むのは今に始まったことではない。むしろ、強圧的としか言いようがない態度で日米交渉を進めたこともある。
農業に絞って話を進めよう。1988年に決着した牛肉とオレンジの輸入自由化交渉。その最終段階で、米通商代表部(USTR)のスミス次席代表が東京都千代田区にある農林水産省関連の庁舎にやってきた。
スミス氏は野球帽を横向きにかぶり、ノーネクタイという姿。農水省の幹部らの正面に座ると、円卓に両足を乗せてこう言い放ったという。「議論の余地はない。自由化だ」。その場で抗議できた幹部は誰もいなかった。
この協議に同席し、後に筆者の取材に応じた元幹部は「無礼千万」となお憤りを隠せない様子だった。国際交渉の儀礼を考えれば当然だろう。
だがこれが交渉の現実でもあった。そしてこの話には続きがある。

米国産の牛肉
政権を揺さぶった市場開放
2024年12月に外務省が公開した外交文書で、1993年に日本がコメの部分開放を受け入れた関税貿易一般協定(ガット)ウルグアイ・ラウンドの交渉内容の一部が明らかになった。極秘指定になっていた文書だ。
時は93年4月、場所はワシントン。クリントン米大統領(当時)に対し、宮澤喜一首相(同)は「関税化を受け入れるためには、食管法改正を要する。自民党は参議院で少数与党であるので、改正は実現できない」と語った。
関税化は輸入自由化と同義で、食管法は1995年に廃止された食糧管理法を指す。ではなぜ少数与党になったのか。宮澤氏はこう続けた。「牛肉・かんきつの自由化を行ったため、4年前の選挙で大敗したからである」
1989年の参院選で、自民党は結党以来初めて参議院で過半数に届かない大惨敗を喫した。宮澤氏は牛肉・オレンジの輸入自由化が決まり、農村票が野党に流れたことが、その背景の1つにあったと説明したわけだ。
そこでクリントン氏はもうひと押しした。