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「植物に誠実に向き合う」「気持ちよく作業する」で高まった作物の品質

吉田 忠則

ライター:

連載企画:農業経営のヒント

「植物に誠実に向き合う」「気持ちよく作業する」で高まった作物の品質

作物の様子を見て、いま何をすべきかが自然とわかるようになる。段取りの改善や経費の削減など営農を左右するポイントはさまざまにあるが、作物にどう向き合うかも大きな要素だろう。埼玉県相模原市で野菜を育てる大塚聖子(おおつか・せいこ)さんを取材した。

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涙がこぼれた放棄地の再生

大塚さんが運営する「つくい マルせい農園」は相模原市の傾斜地にある。栽培面積は1.5ヘクタールで、数十種類の野菜やブルーベリーを農薬や化学肥料を使わずに育てている。

売り上げの柱は個人向けの野菜セット。6~8種類の旬の野菜を入れて、月1回のペースで発送している。ほかに小売店向けの販売もある。無農薬で野菜を育てる個人農家として典型的なパターンだろう。

大塚さんに取材したのは、新規就農者の支援を担当する東京都農業会議の松澤龍人(まつざわ・りゅうと)さんの紹介がきっかけだ。「いい野菜を作ってるよ」。松沢さんは大塚さんの持ち味をシンプルな言葉で表現した。

どうやって品質の高い野菜を作れるようになったのか。その説明に入る前に、いったん大塚さんの歩みを振り返ってみよう。

大塚聖子さんが育てた野菜

大塚さんは非農家出身。中学生のころから農業に興味を持ち、東京農業大学を卒業して群馬の農業法人に就職。そこをやめて都内の果樹園で6年半ほど働いた後、松沢さんの後押しで2019年に独立就農した。

もともと都内での就農を希望していた。東京都農業会議を訪ねたのはそのためだ。だが都内では空いた畑が思うように見つからず、松澤さんが仕事でつながりのある相模原市での就農を勧められた。

最初に借りることができた畑は10アール。雑木や篠竹が生い茂り、布団や電子レンジなどが捨てられてあった。放棄地の再生からスタートするのは、新規就農者ではよくあるケースだ。

チェーンソーで雑木を切って抜根し、雑草を刈り、ゴミを取り除いた。その量は軽トラックで3台分以上。耕運がすみ、きれいに整地された畑を見たとき、思わず涙がこぼれたという。

東京都農業会議の松澤龍人さん

栽培の基本は緑肥による土作り

栽培方法に関しては、農薬や化学肥料を使わないと最初から決めていた。ただし無農薬といってもさまざまな手法がある。就農前に近隣の有名な有機農家の畑を見学したことが、その点でプラスに働いた。

それまで形が整っていなかったり、虫食いあとがあったりする有機野菜をたくさん見てきた。ところがその農家の作る野菜は、見た目も味も優れていた。「自分もこれを目指したい」。大塚さんは心に決めた。

栽培のポイントについて、その農家は快く教えてくれた。大塚さんはそれに加えて「本を読みあさり、独学でやり方を学んだ」。

見た目も大切と思うようになった

栽培の基本となるのは土作り。作物を収穫した後、エンバクやライ麦、ソルゴーなどの緑肥を育てて畑にすき込む。根気よくこれを繰り返すことで、地力を高めていく。もちろん土壌分析も行っている。

地力が十分かどうかは、緑肥の生育具合も見て判定する。うまく育っていないと感じると、作物を植えるときに元肥として油かすを畑に入れる。

油かすがとくに必要になるのは、秋に収穫する野菜の生育に不安があるときだ。相模原は11月から霜が降りるので、タイミングを逃すと収穫できなくなる。それを防ぐため、油かすを使って生育を早める。

緑肥として育っているエンバク

おいしいと言ってもらえることが増えた

緑肥による土作りと油かすによる栄養分の補充。これが大塚さんの栽培の柱だが、他にも何かポイントがあるのではないか。そう思ってたずねると、「ここ2~3年おいしいと言ってもらえることが増えた」という。

理由は「自分の気持ちが変わったから」。どう変化したのか。「植物に対してもっと誠実に、きちんと向き合おうと思うようになった」。その結果、栽培のやり方がどう以前と変わったのだろう。

「以前は『いまこれをしないといけない』って思って、頭でっかちで栽培していた。いまはどこか余裕があって、作業の一つ一つで嫌な気持ちになることがなくなった。自然と調和している感じです」

筆者はここで何度か「具体的には」と促してみた。すると大塚さんは水やりの改善点などを伝えようとしてくれたのだが、聞いているうちに筆者の質問の仕方が違うのではないかと思えてきた。

重要なのは細かい部分ではなく、作物と向き合う姿勢が気づけば変わっていたことなのだろう。「日々気持ちよく作業できるように努めてます」。それが作物の品質の向上という結果となって現れたのだと思う。

大塚さんが育てたブルーベリー

自分らしく幸せに生きる

最後にこれからの目標にも触れておこう。「農園をもっとたくさんの人に活用して、元気になってもらいたい」。大塚さんはそう話す。

観光農園を料金をとって運営するような、かちっとした話ではない。お金をもらって収穫イベントを開くことは否定しない。だがもっと考えているのは収益を目的にせず、自然に触れるために作業抜きで来てもらうことだ。

「農業という仕事を選んだことで、私は自分らしく幸せに生きている。都会で自然に触れる機会のない人が、同じように癒やされる農園にするのが目標」。これが今回の取材で大塚さんが最も訴えたかったことだ。

筆者は日ごろ、起業家的なセンスで事業を躍進させている農業者を取材することが少なくない。だがなぜ農業取材をずっと続けているかと言えば、彼らと話すことで自分が元気をもらっている感覚があるからだ。

その魅力は、経営規模の大小とは関係がない。そう思いながら、「自分は自然のなかで生かされている」という大塚さんの話を聞いていた。忘れてはならない農業の原点がこの言葉に込められていると感じた。

都会の人が自然に触れる機会を提供したい

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